第四話 高速馬車の旅
「お義母さま、辛くはないですか?」
ベッドで横になるスペランツァの手を握りながらリベルタが聞くと、以前に比べ随分と顔色の良くなった彼女は、ほほ笑みながらうなずいた。
「こんなに至れり尽くせりの状況で、文句を言ったら罰が当たるわ」
現在爆走中の黒い馬車は、一路隣国に向かって突き進んでいる。一応街道とはいえ、後ろに土埃を舞い上げている時点で、舗装されていないガタガタ道なのは間違いがない。
しかし、前世持ちの元賢者と元喪女が持ちうる技術と能力を集めて開発した馬車は、移動するワンルームマンションのようなチート機能を備えていた。
先ず、車軸につけられたスプリングが、上下左右の動きを緩和させて衝撃を受け止めている。
また、マジックバッグで培った空間魔法により、室内は見た目の数倍以上のスペースを確保していた。小さなキッチンにシャワー室もあり、スペランツァが横になっているベッドは、通常はトワレ達が買い付けなどで長期の移動を余儀なくされる時に使うものだ。
既にこの馬車で数度国外を旅したトワレ達にすれば、隣国へ行くくらい朝飯前。途中通った町で美味しそうなご当地料理等も手に入れて、皆でシェアーして舌鼓を打った。ヴォルケンのことがなければ、ただの楽しい修学旅行のようだ。
しかし、ギルド長が送ってきた手紙を再度読み込むと、色々と大変なことが分かってきた。
ヴォルケンが殴ったのは、クグロフという領主の息子だった。常々問題が多いと有名な人物で、女癖が悪い。
今回も、ギルドの受付嬢を無理やり自分の屋敷に連れ帰ろうとしたところを、たまたまその場にいたヴォルケンが、何も言わずに殴ったらしい。
しかも、何故そんなことをしたと聞いてきた憲兵に、腕を胸元で組んで怒鳴りつけた。
「それを俺に聞くのか?なら、お前らは、何故アレを放置する?」
床に転がるクグロフを指さし、反省の色を見せないヴォルケンは、有無を言わさぬ強引さで牢屋に連れていかれてしまった。弁解するわけでもなく、謝るわけでもない彼を、ギルド長も庇いきれない。身分をひけらかすのを嫌うヴォルケンが、自分からナーハフォルガー公爵家に連絡を入れるわけもないと、一存で手紙を書いてくれたらしい。
「まったく、あの頑固さは、誰に似たんだ」
フラッシュが息子のことを嘆くと、
――それって、大体特大ブーメランってやつですよね?
とリベルタは突っ込みを入れたくて仕方なくなった。
――シャイネン先生も、大概頑固ですもの。
大人なお姉さんぶって溜息をついていると、横でスペランツァも同じような顔をしていた。
「本当に、男性って自分のことが分かっていないのね」
独り言のようなスペランツァの呟きに、リベルタは、赤べこの様に頭を上下に振った。
「まぁ、リベルタさんも分かってくださるの?」
「えぇ、勿論です!」
自分のことを一番わかっていない少女は、自信満々に頷いた。
そして、同じく自分のことを分かっていないスペランツァも、鷹揚に頷いた。
赤茶の髪の毛と瞳を持つメロンカップナイスバディのリベルタ。
片や、細身で鮮やかなオレンジの髪を結いあげている青い瞳のスペランツァ。
見た目は両極端な二人だが、中身の残念具合は似ているかもしれない。
若かりし頃は、社交界でも一二を争う美貌として多くの男性陣から熱い視線を向けられたスペランツァだったが、彼女の目に映るのはフラッシュのみ。無視したつもりはないのだが、他の男性に話しかけられても彼女の耳が彼らの声を拾い上げることはなかった。
当時キラキラと目を輝かせながらカルガモの様にフラッシュの後ろを付いて歩いていたスペランツァと、今ギラギラとした目でシャイネンを捉えて離さないリベルタと、何が違うというのだろうか?
妙に意気投合した義母と嫁(仮)は、熱く握手を交わした。
それを楽しげに見つめる男性陣もまた、とても似ているのだろう。
傍観者として立っていたクルーガーは、圧が強すぎる女性陣を見て「俺なら、無理」と心の中で溜息をついた。彼は、追われるより追うほうが好きなのだ。
「後で交代するから、今は寝ていて」
今も御者台に座っていたいのに、トワレに指示を出されて渋々馬車の中に戻っていた。
結局、どの男性も女の尻に敷かれているのかもしれなかった。
■
「そろそろ、城壁が見えてきました」
トワレが発した言葉は、魔道具を通して馬車の中にも鮮明に聞こえてきた。ナーハフォルガー公爵家の領地を出て十五時間後のことだった。
これも、昼夜問わずトワレとクルーガーが馬車を走り続けさせてくれたおかげ。馬車の中では驚きと喚声が上がる。
「凄いなこれは……」
長年結界師として国中を巡ってきたフラッシュだが、結界石の制作よりも移動の苦労のほうが多かった。そして宿すらない僻地での滞在は、テントを立てての野宿ばかり。
それが、この馬車なら宿泊から移動までが一台で済む。今後、シュクセ男爵家からの馬車の貸し出し、または特許権利用の支払いを視野に入れて交渉を行いたいと思いを巡らせた。
「ここからは、私の出番だな」
フラッシュはフリーデン王国の公爵として、国境を越える為の許可を取ろうと立ち上がった。
しかし、それをシャイネンが止める。
「父上、その必要はありません」
「なに?しかし、通行手形を見せる必要があるだろう」
フラッシュは、手に持つ貴族階級に与えられた特別な手形を息子に見せた。これなら、申請書に名前などを記載すれば同乗者は全て審査なしで入ることができる。
「まぁ、見ていてください」
スピードを落とさず激走する黒馬車を見て、関所近くにいた人々が道を空ける。手綱を握るのはトワレ。その横でクルーガーが、S級通行手形を掲げる。
「通ります。退いてください」
黒馬車がここを通過するのは一度や二度ではない。トワレ達は頻繁に他国を行き来し、商人たちの間では既に有名人になっていた。
門番たちも訳知り顔で手を振り、笑顔で見送ってくれる。以前手土産として酒を渡してあったことが、こういう時に効いてくるのだ。
「私もリベルタさんも、同じ通行手形を持っています。母上は、父上の手形で大丈夫でしょう。何も心配いりません」
「お前たちは、どれだけ私を驚かすんだ」
しばらく見なかった息子が、想像以上に凄い存在になっていたことに、フラッシュは父として嬉しくもあり、負けたくないとも思うのであった。
今日から、以前書いていた「灰色の天使、金の魔法使いを婿に取る」を投稿しようと思います。別サイトにも掲載していましたが、現在引き上げているので、読めるのはこちらだけになります。
全五十話+別エピソード一話の計五十一話。
毎日一話投稿しますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
こちらのお話も、コツコツ投稿いたしますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。




