第三話 最強の助っ人
「いきなり元気になって走り回っては、周りの人に説明ができません。母上、しばしの間我慢してくださいね」
メニエール病と白内障をリベルタによって治癒されたスペランツァは、ちょっと不服そうな顔をしながらも頷いた。
彼女も分かっているのだ。リベルタが使うヒールは、教会で行われるものとは明らかに違う。 即効性も、効果も絶大だ。
以前、偽聖女事件で痛い目にあったことでかなり体制が改善されたとはいえ、どこにでも手に負えないクズはいる。そんな連中に息子の可愛い婚約者を取られたとあっては末代までの恥。
「私、頑張って病人を続けるわ」
右手を力強く握り鼻から息を吐くスペランツァは、ちょっと間違った方向に息巻いている。
「お義母様、お部屋の中では普通に過ごしていただいて大丈夫です。そうだ、私、面白い物を持っているんです。一緒に遊びましょう」
リベルタがマジックバッグから取り出したのは、ボードゲームだ。一つや二つではない。次から次へと取り出した総数は、軽く十を超える。
「それに、運動も大切です。ほら、こんなものも」
リベルタが小さなバッグから引きずり出したのは、バランスボール。普段なかなか馬に乗れない彼女は、この上に中腰で乗って馬上の体勢を維持するのを日課としている。
しかし、以前このボールの上に立ってフラダンスを踊っていると、トワレに、化け物を見るような視線を向けられた。
「そんなこと出来るのは、貴女くらい」
やってみなければ分からないと思っているリベルタは、スペランツァにもお勧めしようと思っている。先ずは見てもらおうと実演すると、その場にいた全員が驚き、そして腹を抱えて笑った。
「あらあら、リベルタさんは、遊びの天才なのね」
鬱々としていた気持ちが嘘のように晴れ、スペランツァは、目じりの涙を拭った。
室内の笑い声はドア越しにでも外に伝わたらしく、あちらこちらで安堵の溜息が聞こえた。
使用人達は皆、女主人の体調不良を心配し、屋敷全体を暗いものにしていた。それが、たった一日で変わったことに驚きながらも、シャイネンに婚約者が出来たことが生きる活力を与えるほど嬉しかったのだと涙を流す。
「ありがとうございます。ベリッシモ伯爵令嬢」
その日以来何故か使用人達が、リベルタを見ると両手を組んで拝むようになった。ちょっと居心地の悪いリベルタだった。
■
それからの毎日は、スペランツァにとっては夢のようだった。リベルタとシャイネンがずっとそばにいてくれて、遊び相手を買って出てくれる。まだ十代の少女が考案したというボードゲームも、見たことのないものばかりでワクワクした。
特に人生自体を遊んで学べるものは、資金運用をしたり、領地を増やしたり、時々破産したりと、領地経営で経験する波乱が詰め込まれている。これなら、幼いうちから行われる後継者の育成にも役に立ちそうだと思った。
「リベルタさんは、天才ね」
子供のように手をたたいて喜ぶスペランツァに、前世の記憶の使いまわしですとは言えない。
微妙な笑みを浮かべて称賛を受け流すリベルタを、シャイネンは笑いを堪えて見守っている。
「スペランツァ、これなら王都へも行けるんじゃないか?」
療養を兼ねて領地へ戻っていたが、現役の結界師であるフラッシュは、基本王都勤めだ。妻を一人置いておけないと領地に戻っていたが、そろそろ仕事も溜まってきている。
「ホーレンからも、いつ帰ってくるんだと手紙が届いていてね」
長男の怒りの手紙は、十枚にも及ぶ長文だった。その中には、フラッシュでなければ対応できない案件も含まれており、お怒りはごもっともと頭を下げるしかない。
それでも母親の体調を心配しているからこそ、ホーレンも我慢していたのだ。快方に向かっているならば、一日も早く帰ってきて欲しいというのが本音だろう。
「そうね。あの子には、苦労をかけっぱなしだから……」
大家族の長男は、何かと気苦労の多いポジションらしい。
リベルタ達もそろそろお暇しようと考えていた時期でもあり、一緒に王都まで帰る予定を立てることとなった。
王都へ持っていく荷物のリストを作り、どのルートを通ってどの町で休息をとるのか等詳細を話し合うだけで数日が経つ。
楽しさのあまりついついオーバーワークになる母をシャイネンは心配した。
「徐々に快方に向かっていることをアピールするためにも庭を散歩してはどうですか?」
「私、花が見たいわ」
休息を促すと、スペランツァが頬をほんのり赤く染めて庭に出たいと言い出した。
すると愛妻の願いに、夫はすぐさま動く。
「誰か、車椅子を」
当主の一声で、あっと言う間に寝室に車椅子が運び込まれた。
「では、行こう」
スペランツァは椅子に乗った状態で、大きなつば付き帽子を被って庭に出ると、自分を待っていたかのように花が咲き誇っていることに驚いた。
押してくれるのはシャイネン。横には、笑顔のリベルタ。
フラッシュに至っては、鼻歌交じりで後ろからついてくる。
「貴方、そろそろお仕事に戻られては……」
「なにを言う。私の可愛い妻は、こんな楽しい気分を独り占めしようっていうのかい?」
愛妻家で知られるフラッシュが、妻の不調を少しでも良くしようと心を砕いていたのは皆知っている。この庭の花も、いつスペランツァが見てもよいように準備させていたのも彼だ。
「仕事を頑張る為のエネルギーを得るためにも、私には君の笑顔が必要なんだよ」
次々と歯の浮くような言葉を吐く夫に、スペランツァは少女の様に恥ずかしげに笑う。
「あぁ、私は貴方と結婚して正解だったわ」
富める時も、病める時も、常に傍に寄り添ってくれたフラッシュ。これ以上の幸せはないとスペランツァは出会わせてくれた神に感謝する。
しかし、そこに残念な一報が届く。
「ご主人様! ヴォルケン様が投獄されました」
執事長が持ってきた手紙には、隣国の憲兵につかまったナーハフォルガー公爵家次男ヴォルケンが、問答無用で牢獄に入れられたと書かれていた。助けを求めてきたのは、冒険者ギルド長。
どうやら、貴族に絡まれた冒険者を、ヴォルケンが守ろうとして逆に過剰防衛をしてしまったようだ。
「あの、バカ……」
学園を優秀な成績で卒業したヴォルケンは、本人さえ望めば、王宮内でもかなりの好待遇で迎え入れられる人物だった。
しかし、自由を好み、争いを嫌い、青空の下を歩きたいという単純な目的のために世界を放浪している。こんな風に騒ぎを起こして捕まったのも一度や二度ではない。
しかし、今回ギルド長がここまで慌てて連絡をしてきたのには、何かわけがあるのだろう。
「今すぐ迎えに行くべきだとは思うが……」
隣国と雖も、かなりの距離がある。単騎で駆けても数日はかかる。
無論、回復したばかりのスペランツァを伴うことなど不可能であり、何の対策もないまま乗り込んでは、返り討ちに合うこともあり得るだろう。
「どうしたものか……」
悩ましい表情のフラッシュを見つめながら、リベルタは、
――イケオジの憂い顔って、素敵。
などと馬鹿なことを考えていたが、シャイネンの義兄であり、フラッシュの息子であるヴォルケンをこのままにはしておけない。
「あの、お義父さま……」
スペランツァをお義母様と呼んでしまったことで、フラッシュもお義父様と呼んで欲しいと言い出した。まだまだ言いなれないが、リベルタは小学生の様に右手を挙げて発言の許可を待つ。
「なにかな? リベルタさん」
「滅茶苦茶早く移動出来て、それでいて振動もなく、まるでお部屋にいるみたいに移動できれば問題ありませんか?」
明らかにフラッシュの顔が、
――この子は、何を言っているんだ?
と残念な子を見る表情になっている。
それでもリベルタは自信満々に、胸を張って宣言した。
「あと少ししたら、到着すると思いますので、暫くお待ちください」
その言葉に嘘はなく、遠くから、ドドド、ドドドッという物凄いギャロップの音が聞こえた。
慌てて門の前まで来てみると、巨大な馬六頭に牽かれた漆黒の馬車が停まっている。
御者台には、三つ編み姿の年若い女性と白髪の美麗な青年が座っていた。
「リベルタ、来たわよ」
それは、スペランツァを王都まで安全に運ぶためにリベルタが呼んだ最強の助っ人、トワレとクルーガーだった。しかも、シュクセ男爵家特注の超高速馬車付きだ。
相談を受けたトワレが、普段は自分たちが使う居住スペースに重きを置いたキャンピングカー仕様の馬車を使ってはどうかと提案してくれていた。
中には横になれるベッドも完備され、車輪に組み込んだスプリングで上下左右の揺れも軽減されている。
しかも、馬の名産地であるベリッシモ伯爵家でも優秀な馬ばかりを集めてある念の入れようだ。
流石は、乙女ゲームのお助けキャラ。全ての要望に応えられるだけのスペックを持っている。
「本当は、お義母様を王都にお連れするために来てもらったのですが、これなら、隣国まで一日もあれば駆け抜けられるかと」
褒めて欲しそうな顔で見上げてくる息子の婚約者に、フラッシュは、手で口を覆った。
そうしなければ、大笑いしそうで、折角手助けに来てくれた若き商人にも失礼と思ったのだろう。
「本当に、リベルタさんには、いつも驚かされますね」
言葉とは裏腹に驚いている様子もない息子。フラッシュは、これが彼らの日常なのだと知った。
「本当に助かる。今回は、甘えさせてもらおう」
頼もしい若人達に白い歯を見せて笑うと、それ以上に嬉しそうな顔でリベルタが笑った。
その魅力的な表情に、人たらしとは、こういう娘のことを言うのだとフラッシュは思った。
現在一部から三部までを本になった時に読み易いようにお直しをしています。15万文字超をどうお本に収めるのか?読み応えのある物になるよう頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。
更新も、毎日は無理ですが少しでも新しいリベルタを見てもらえるよう頑張りますね。
感想へのお返事が滞って申し訳ございません。もちろん、ちゃんと読んでおります!
いつもありがとうございます。アクションボタン、お星さま、全てやる気の素です。




