第一章 父フラッシュ・ナーハフォルガー
「緊張します」
「ははは、父も母も子供好きだからリベルタさんを粗略に扱うことはありませんよ」
「私、子供じゃありません。もう、十七歳です」
シャイネンの実家でもあるナーハフォルガー領に向かう馬車の中で、リベルタは子ども扱いしてくる男に睨みを利かす。
それすらも愛らしい彼女に笑みを浮かべるしかないシャイネンは、負けましたと両手を挙げて降参した。
「そうですね。君は、もう子供じゃない」
そう認めつつもシャイネンが笑いを堪える理由は、最近開発した常に一定の温度を保つローブを羽織るリベルタの見た目がコロコロとした雪だるまのようだからだ。
今も成長を続けるメロンカップを頂点として裾に行くほど窄まるシルエット。
そして、首回りや頭も覆うフードを付ければ見事に彼女のボディーラインを隠してしまう。
この構造はシャイネンが考案したものだが、ちょこんと覗く顔とフンワリ丸い形がぬいぐるみのようで、小型化してずっと机の上に飾っていたいとさえ思う。
しかし、あまり彼女を揶揄っていては、本気でへそを曲げられそうだ。
「シャイネン先生も、お父様やお母様に会うのは久しぶりなのですよね?」
「はい。学園で教鞭を執り始めてから領地には帰れていないので」
シャイネンの育ての父フラッシュは、現在でも活躍している結界師だ。
しかし、妻スペランツァの体調が思わしくなく、ここ数週間領地に引きこもっている。
今回は、そのお見舞いと婚約を進めるにあたっての挨拶を兼ねた訪問となっていた。
「私の中では、いつも笑っている両親と兄姉の記憶しかありません。溺愛されていたと言ってもいいのでしょうが、少し構われすぎて疲れてしまうというか……」
シャイネンが王弟である事実を知る者は少ない。
その中でも、彼を家族として受け入れたナーハフォルガー公爵家の人々は、シャイネンが心許せる数少ない人間といっていい。
生まれながらに重荷を背負ってしまった小さな赤子を可愛がらないという選択肢は彼らにはなかったのだ。
フラッシュは、実の妹であるルーチェからシャイネンを託された時に、ハッキリと言った言葉がある。
「もし、返して欲しいと言われても、返すつもりはない。この子は今この時より私の息子だ。例え妹だとしても、徹底抗戦して守らせてもらう」
魔窟とも言える王宮で、確かにルーチェは戦ったとフラッシュも認めてはいる。
それでも、本当にこの方法しかなかったのかと聞きたかった。
まだ目も開ききらぬわが子を、身一つで外に出す。
その決断をさせたのは、連日長子ヴィッセンの命を狙ってちょっかいを出してくる連中の存在だろうことは安易に想像できた。
それでも、一生隠さなければならない「王弟」という呪縛が、シャイネンを苦しめることは間違いない。
フラッシュは、屋敷に帰ると胸に抱いた赤毛の赤子を家族に合わせた。
妻スペランツァは、手を伸ばして小さな手を包み込む。
長女ステラは、自分たちと同じ赤毛を撫でた。
長男ホーレンは、顔を寄せて寝息を聞いた。
双子の次男ヴォルケンと次女アニマは、そっくりな顔を並べて興味深げに赤子を見ている。
三男リヒトは、一緒に遊ぼうと玩具を沢山詰め込んだ袋を引きずり、三女エテレオは、
「わたしが、おねえさまよ」
と、胸を張った。この日から末っ子で無くなった彼女は、当時四歳だった。
突然現れた赤子に、反発するどころかお姉ちゃんとしてお世話をすることを何よりの楽しみとした。
それがいささか過剰だったことは否めないが、愛してくれていたことには間違いはない。
「皆様、とても良い方なんですね」
「あぁ、私には過ぎたる家族だよ」
家族を褒められて嬉しそうに笑うシャイネンは、実家が近づくにつれてソワソワし始めた。
ナーハフォルガー家の末っ子は、よほど彼らが好きらしい。
「私は一人っ子なので、沢山兄姉がいらっしゃるのは、とても羨ましいです」
「私達も、いつか沢山の子供たちに囲まれる家族になりましょう」
シャイネンが面と向かって未来の子供について語るのは初めてだ。
出産する前に行なわなければいけない行為を想像し、リベルタは顔を真っ赤にして頷いた。
自分の失言に気づいたシャイネンも、慌てて顔を逸らして外を見る。
ナーハフォルガー領は広大な領地を治めているにも関わらず、どこも美しく活気にあふれ、領民が笑顔だ。
領主の紋章が入った馬車が市街地を通ると、歩道を歩いていた皆が馬車に顔を向けて手を振る。
それにシャイネンも手を振り返し、窓を開けた。
「シャイネン坊ちゃま、お帰りなさいませ」
年嵩の男が代表して大きな声を出すと、他の者も一斉に頭を下げた。
この一つをとっても、領地が素晴らしく見事に治められていることが分かる。
「ただいま。皆、いつもありがとう」
露店の主も、散歩中の親子も、ベンチに座る老夫婦も、久しぶりに見るシャイネンに興奮気味だ。
なにせ、ナーハフォルガー家の末っ子は、今では国内屈指の結界師として名を馳せている。
そんな彼を、自分達は幼い頃から知っており、こうやって手を振り合う仲なのだ。
「シャイネン先生が愛されているのは、ご家族だけじゃないんですね」
自分の推しが他の人から推されるのは、気分がいい。
リベルタは、同担拒否しない。
皆で推して、もっとシャイネンを喜ばせるのだ。
「でも、一番愛してほしいのは君ですよ」
外を向いたまま、シャイネンはさらっとこんなことを言う。
面と向かっては、恥ずかしくて言葉が出てこないからだ。
リベルタは、両手で顔を覆って、
「破壊力半端ねぇ」
と、呟いた。
屋敷の前に馬車が停まると、
「屋敷内の人間が全て出てきているのではないか?」
と思わせるような大人数が待ち構えていた。
「お帰り、シャイネン」
ルーチェ譲りだと思っていた赤毛は、どうやらナーハフォルガー家の血筋らしい。
当主フラッシュ・ナーハフォルガーも、シャイネンに負けず劣らす素晴らしい赤毛だった。
しかも顎髭付き。前世オジサマ好きだったリベルタのハートもがっちりとゲットする。
しかし、その横に妻スペランツァの姿がない。
聞いていたよりも体調が思わしくないのかもしれない。
シャイネンは慌ててリベルタに手を貸して馬車から降ろすと、二人並んでフラッシュの前に立った。
「父上、ただいま帰りました。そして、彼女が、リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢です」
「初めまして、リベルタ・ベリッシモと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げて挨拶をした二人の顔には心配の二文字が貼り付いていた。
しかし、リベルタの格好が格好だけに、動く雪だるまがお辞儀をしているようにしか見えない。
初対面で笑っては失礼と思ったフラッシュは、頬をピクピクとさせながらも、
「リベルタさん、シャイネン、先ずは、中に入ろう」
と言って、応接室へ通してくれた。
室内では流石に失礼と思いリベルタがローブを脱ぐと、
「おぉ……」
メイドの数名が思わず感嘆の声を上げてしまい、メイド長に殴られていた。
しかし、年若い少女たちが声を上げるのも仕方ない。
リベルタの今日の装いは、胸下からスカートが始まるエンパイアドレスだ。
折れそうなほど細い腰と発育の良い胸とお尻のグラマラスさを隠そうと、なるべくシルエットが出にくいものを選ぶとこうなってしまった。
しかし、たわわに実ったメロンカップは隠しようもなく、そしてウエストまでストンと落ち、お尻のあたりでふわりと広がるスカートは、ドレス製作者が本来望む最高の形を生み出している。
メイドだけではなく、男性の使用人たちの目にもそれは止まったが、シャイネンから発せられる殺気のようなものを察して我先にと逃げていく。
この家の末っ子は、普段温和なくせに怒らせると怖いということを、身を以て知っているのだろう。
「少し前に眠ってしまってね。目が覚めたら知らせるよう伝えてあるから、お茶でも飲みながら気長に待っていよう。お菓子は売るほど用意してあるから」
フラッシュが言うように、テーブルの上には、甘いものが好きと噂のリベルタのために多種多様な甘味が並んでいた。
どうやら、シャイネンだけでなく、その妻となるリベルタも甘やかすつもり満々らしい。
「父上、やりすぎです」
「なにを? 当主に逆らうのか?」
フラッシュのセリフには驚いたが、その目が真面目一辺倒だった末っ子を揶揄おうというお茶目なやる気に満ち溢れているため、リベルタは心の中で、
――尊い。もっとやれ。
と思っていた。
第四部開始。毎日投稿は無理だと思いますが、コツコツ頑張りますので温かく見守っていただけると嬉しいです。今回は、基本楽しいお話になると思うので安心して読んでいただけたらと思います。
7月3日より、「薬屋たぬきの恩返し」というお話を投稿しております。
こちらの毎日更新が出来ないので、もしよろしければそちらも楽しんでいただけたらと思います。
可愛いたぬきのお話です。




