第二十話 新たな商品
晴れ渡った青空の下、ベリッシモ伯爵家の庭を借りてトワレとクルーガーの結婚式が行われた。
『お友達価格でタダ』という好待遇にトワレが飛び乗った形だ。
使用人達総出で作ったバージンロードを、トワレとトワレパパが腕を組んで歩いている。
遠方から親戚が集まり、平民も貴族も関係なくお祝いムードに盛り上がっていた。
フラワーガールを任されたリベルタとクオーレは、色とりどりの花びらを撒きながらトワレ達を先導する。
新しく家族となったクオーレの晴れ姿を見ようと、何故かレオンや義理の兄達までが参列者席に座っている。
屈強な男達が、まるで彼女の結婚式の様に号泣しているのは御愛嬌だ。
クオーレが結婚する相手は、彼らの承諾を得るだけでも大変だろうなとリベルタは笑う。
こんな風にテリブル侯爵家やベリッシモ伯爵家までが関わってしまった為、トワレ達は当初の用意よりも数段結婚式の格式を上げざるを得なくなった。
だが、銭勘定に厳しいトワレは、それを逆手に取って結婚ビジネスを立ち上げる。
二人が着たドレスと燕尾服は、今後結婚式場に貸し出しされることが決まっていた。
『ハッピーウェディング。大貴族達にも祝福された二人にあやかって、貴女も輝いてみませんか?』
なんだかとっても胡散臭いフレーズだが、既に予約も殺到している。
女性の体形に合わせやすいよう、ウエストなどが調節可能な作りになっているのも貸すことが前提だったからだ。
「末恐ろしい娘だ」
トワレの父親ですら、彼女の辣腕に戦慄したという。
多分、フラワーガールの衣装も一緒に貸し出されることだろう。
リベルタは、花びらを撒き散らせながら、幸せな気持ちに浸った。
ルーチェと『白い審判』で言葉を交わしたあの日と同じように、この瞬間もまた、夢に見るのだろう。
「トワレ、幸せになってね」
「リベルタ、貴女こそ」
神父の前で言葉を交わした二人は、しっかりと抱きしめあった後離れた。
「花嫁が泣いちゃ化粧が取れるわよ」
「フラワーガールだって泣いちゃダメなのよ」
流れ出る涙は、幸せだから。
周りの人間までもらい泣きするのも、二人が無二の友で離れがたい気持ちを十分理解しているから。
一緒に過ごした日々は、永遠の宝物。
これから離れて暮らすことになったとしても、二人は永遠に親友なのだ。
「お前、また来てるのか?」
「なに?自分の店に来ちゃいけないっていうの?」
『リベトワ』の実店舗は、トワレとクルーガーの新居の下だ。
しかも、ほんの数カ月までリベルタが住んでいた場所なのだ。
新しく立ち上げた商会が忙しく、なかなか伯爵家の研究室に顔を出してくれない二人を見に、結局リベルタは毎日ここに来る。
「次の開発は、どうなってんだよ」
「アイディアくらい、ここでも考えられるわよ」
新妻を独り占めしたい男は、彼女の親友であり我が子同然のリベルタがいると二人きりになれないと不満がたまっている。
しかも、トワレがリベルタの訪問を喜んでいるものだから、無碍に追い返すこともできない。
現在マジックバックの著作権は、リベルタ、トワレ、クルーガーの三人で持つこととなり、利益も三等分しているが、製造はお針子を雇い大部分を人手に渡した状態になっていた。
機密の多い商品だけに、雇い入れている人間はトワレの親戚筋の者ばかりで秘密厳守の魔法契約も結んでいる。
別途料金も払い、作業場にはシャイネンに結界も張ってもらっていた。
用意周到を形にしたらトワレになるのだとリベルタは常々思っている。
「ふあぁぁ、ちょっと退屈」
リベルタは、大きくあくびをして天井を見上げた。
『リベトワ』に関しては、ほぼ完成品ばかりで、多少季節に合わせた色合いの商品展開はあってもリベルタが掛かりきりで研究するほどのものでもない。
だから、今度は新たな商品を考えているのだが、一人では寂しくてそれどころではないのだ。
ブツブツ文句を言うクルーガーは放置して、茶菓子を用意してくれているトワレの元へ行く。
「トワレ、寂しい」
「はいはい、私も寂しいよ」
腰に抱き着かれ、トワレは苦笑しながら紅茶をカップにそそぐ。
結婚式の日に、永遠の別れのような気がして二人で大泣きしたのが懐かしい。
「そういえは、シャイネン先生とはどうなっているの?」
「今、先生、結界直しに行ってる」
ススロット侯爵家の一件で有耶無耶になっていた結界石だが、実際に確認してみると大きな破損はないが多少のメンテナンスは必要だった。
今回は、国境沿いの結界石にひび割れが見つかり、その修復に一週間ほど不在になっている。
明日には帰ってくるが、その寂しさもあってリベルタはここに入り浸っていた。
「婚約の方は、どうなっているの?」
「まだ、準備中」
シャイネンがプロポーズをしてリベルタが受け入れた後、その日のうちに二人でリベルタの両親の元へ赴き許しを貰っていた。
しかし、彼が王弟であることやナーハフォルガー公爵の面々との顔合わせがまだなこともあり、なかなか話が進まないのが現実だ。
「私がまだ五年生になったばかりだから、そんなに急がなくてもいいってお父様が言うの」
いくら入り婿といえども、一人娘を取られるとあって父親のカバロがごねているらしい。
「愛されちゃって大変ね」
自分の父親はクルーガーとさっさと結婚しないと逃げられるぞと会うたびに口うるさかったが、どうやら世の父親とは色々種類があるらしいとトワレは初めて知ることになる。
「卒業までダメって言われたら、あと二年近くあるじゃない」
「それよ!もぉ、本当にお父様ったら!」
ぷんぷん怒りながら文句を言うリベルタだが、久しぶりの親子三人での会話も嫌いではないらしい。
しかし、そこにシャイネンが入れてもらうには、まだ少しかかりそうだった。
「シャイネン先生、お帰りなさい!」
シャイネンが昔王都の正門前で待ってくれていたように、リベルタも彼を待っていた。
しかし、ブンブンと両手を左右に振るとリベルタの胸も大きく揺れて周りの男たちの視線を一身に集めている。
それに気づいたシャイネンは、慌てて馬を飛び降り彼女の元へと駆け寄った。
「リベルタさん、ただいま」
引っ張ってこられたお馬さんは、目の前の美味しそうな匂いをさせる少女に鼻を近づけてくる。
どうやら彼女がここに来る前に食べていたクッキーが原因のようだ。
馬は、にんじん、りんご、更には角砂糖も好物。
我慢できずに涎まで垂らしている。
普通の貴族令嬢なら驚いて逃げてしまう状況だが、馬好きのリベルタは自分から顔を寄せて挨拶をした。
「こんにちは、シャイネン先生を乗せてきてくれてありがとう」
首筋を撫でてやると、甘えるように顔をリベルタの上に載せてくる。
「重いってぇ。もぉ、可愛いんだから」
涎も付くし、匂いも付くのだが、慣れた彼女は気にする気配もない。
ますますくっついて体を撫でてやると、馬の方も喜びに耳を立てた。
そんな風に戯れる少女と馬の横で、
「仲がいいのは良いけれど、私も構ってもらわないと」
愛しい少女に会う為に限界まで仕事のスピードを速めて戻ってきた男は、わざとらしく拗ねるという技を覚えたようだ。
彼女の乱れた髪を直してやり、そっと額に唇を寄せれば、リベルタは借りてきた猫のように大人しくなる。
チュッ
小さな音がしてシャイネンの体が離れると、そこには真っ赤になったリベルタが限界まで目を開けて棒立ちになっていた。
「せ、せ、せんせい、ここ、そと」
「分かっていますが、やはり周りに牽制しておかないとと思いまして」
行き交う人々は街道のど真ん中で微笑ましいやり取りをする若い二人を優しい眼差しで見守っている。
リベルタの魅惑ボディーに目を釘付けにしていた若者達も、流石にシャイネンを見て敵わないとその場を去っていく。
「いつも私が傍にいるわけにもいきませんし、どうしたものでしょう」
何か悩まし気に眉間にしわを寄せるシャイネンに、リベルタのほうも不安になってくる。
「シャイネン先生、どうかされましたか?」
益々女性としての美しさに磨きがかかってくるリベルタを、どうすれば男の目に晒さずにすむのか?
ふと、リベルタが新しい研究対象に悩んでいたことを思い出したシャイネンは、
「リベルタさん、今度の新商品は一年中快適に過ごせるローブとかどうでしょう?」
といきなり言い出した。
「ローブですか?学園長が着ているマントのような?
「はい。それがあれば、一々着替えをしなくても外に出られます」
キャンセル界隈女子であるリベルタの省略魂をくすぐる画期的アイディアだ。
「じゃぁ、寝間着の上に羽織れば」
「そのまま外に出られます」
「年中同じ温度を保てれば」
「汗もかきません」
「なんて素敵」
これが、リベルタの魅惑ボディを包み込んで外から見られないようにしようとする心の狭い男のやり口である。
「シャイネン先生も協力してくれますか?」
「もちろん」
「決まりですね」
なんとも言えない微妙な思惑で次回の商品が決まってしまったが、まさか、これが空前の大ヒットを飛ばすとはシャイネンすら思っていなかった。
皆、暑い夏も寒い冬も一枚羽織れば快適という悪魔のようなローブに魂を売るのだ。
一応、ラインナップもあり、外出用の豪華なものから普段使い用のふわもこまである。
まだ、婚約すらままならない二人の結婚までの道のりは遠そうだが、商売に関しては天才的なようだった。
第三部 完
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