第十八話 最後の別れ
花が咲き誇る庭を愛でながら、リベルタ達はお茶会の開かれる庭まで歩く。
前を行くレオンとクオーレの身長差が甚だしいが、その凸凹加減にリベルタは既視感があった。
『あれ?なんか、あの2人に似てる……』
魔王軍の中にプレイヤーから『紅姫』と呼ばれる火魔法の使い手がいた。
常に顔半分を隠して素性は分からないが、執拗に聖女を狙う刺客の一人だ。
そして、彼女を守るように常に傍らにいたのが見上げる程大きな騎士だった。
甲冑を身にまとい、こちらも顔を見ることはできないが、並んだ対比がクオーレとレオンに似ている。
「まさかね……」
リベルタは自分の想像を笑って首を横に振ったが、その予想は当たっていた。
実は、クオーレと義父であるレオンは、乙女ゲームの中では重要なポジションを担っていた。
王太子が聖女と結ばれたことに絶望したクオーレは、
『コレを飲めば人を愛さなくなる』
と唆され、自ら『魔王の残滓』を飲んでしまう。
『治らない病』により余命幾ばくもなかったクオーレ。
魔王軍は、彼女の類稀な火魔法を利用する為に恋心まで踏みにじったのだ。
感情をなくしたはずのクオーレは、何故か聖女に対してだけ異様な執着を見せ、大事な場面で尽く立ちはだかる。
そして、ずっとクオーレの安否を心配していたレオンは、その事実を知り彼女の身を守る為に魔王軍に下った。
王国内でも屈指の武力を持つテリブル侯爵家の離脱は、聖女達に大きな不利益をもたらすこととなる。
フレルトルート一本やりだったリベルタは、王太子ルートの裏設定など覚える気すらなかった。
しかし、リベルタがクオーレのカツラをもぎ取ったことが、巡り巡って違う結果をもたらしていた。
ブラジルの蝶の羽ばたきが、アメリカでタイフーンを起こすバタフライエフェクトのようなものだ。
「クオーレ、こちらのケーキも美味しそうだぞ!」
「お義父様、もう食べられません」
「そうか、そうか、なら帰りに包んでもらおう」
王宮の庭園で行われるお茶会で、カフェ気分で持ち帰りを頼む上官を見たら、軍部の若手はどう思うだろうか?
普段は規律を重んじ、上の命令は絶対だと豪語する男の前には王太后ルーチェが座っている。
無礼千万、不届き者にも程があるが、レオンの屈託のなさは、まるで子供のようだ。
その昔、まだ王宮内が各派閥に分かれて牽制しあっていた頃、ルーチェの悪口を口にする者も少なくなかった。
そんなある日、ルーチェが二階から中庭を見下ろすと、何人もの青年達が集まって熱の入った会話をしていた。
どうやら休息中の文官が『やたらと内政に口を出す女』について話しているらしい。
『女だてらに知識を振り回しても、男には敵わぬくせに』
『子供を産んだなら、その世話だけしてればいいんだ』
内容の酷さに悔しさに唇を噛んだ。
そんなルーチェの耳に、
『その女だてらに、貴方達は勝てるのですか?』
という声が聞こえてきた。
そこに居たのは、まだ学園を卒業したばかりのレオン。
相手は彼の体の大きさに驚き、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
たった一瞬の出来事だったが、ルーチェの心の中に何故か深く残った。
自分を毛嫌いする者ばかりではなく、ちゃんと見てくれている者もいる。
そのことが無性に嬉しかったのだ。
しかし、王家の現状は決して良いと言えない状況に陥ってしまった。
「わたくしが離宮に籠もっている間に、これほど王宮内に綻びが生じていたとは思いもしませんでした」
ルーチェは、素直に反省の言葉を口にして頭を下げた。
それを見たレオンはフンと鼻を鳴らし、
「詫びの品として全てのケーキを十個ずつ持ち帰りさせてもらいましょう」
と言った。
元々豪快な男だけに、クオーレとライトの婚約さえなくなれば特段ルーチェといがみ合うつもりもない。
ただ、一言、
「少々隠居が早すぎたようですな」
とだけ苦言を呈す。
ルーチェの中で、息子を王位に就けることが最終目標になってしまっていたことは否めない。
まさか、これだけ平和な国をヴィッセンが上手く治められないなどと思ってもいなかったのだ。
出来る人間ほど、他者も同じように出来ると思い込む。
夫を陰日向なく支え、影の女帝と呼ばれたルーチェの代わりを、良家育ちの現王妃に全て負わせるのは酷だろう。
「そのくらいの物で許して貰えるなら、百個でも千個でも持って帰ってくれて構いません」
ルーチェが給仕をしている者に目配せをする。
すると主の意思を的確にそれを察した者は、パティシエにケーキの追加を頼みに裏へと消えた。
ルーチェは今回の件を、夫も交え息子夫婦と長い時間話し合った。
まだまだ手助けをして欲しいと訴える彼らを甘えるなと一蹴するのも手だろう。
しかし、息子を育てたのは自分であり、その歪が孫の世代にまで及んでいるのであれば、死ぬ前に正しておかなければならない。
そこで彼の教育をルーチェ達が一手に引き受けることとなった。
息子を上手く導けなかった前例があるだけに、かなりの覚悟がいった。
髪を短く切らせたのも、厳しい環境に身を置くよう諭したのも彼女だ。
受け入れ先の隊にはルーチェの兄の子、シャイネンにとっては戸籍上の兄リヒトが居る。
ナーハフォルガー公爵家は、シャイネンを見ても分かるように一本筋の通った人間が多い。
ルーチェが唯一弱音を吐ける兄にライトの事を相談すると、直ぐにリヒトに預けるように言われた。
『アイツは、人を育てるのが上手い』
厳格な父親にそこまで言わせる息子は、
『あ、良いっすよ』
と簡単に受け入れてくれた。
喋り方がなんとも軽く目上の者に対する話し方ではない。
ただ、彼の隊には平民から他国から亡命してきた貴族まで多種多様な人材が集まっている。
その全員が、リヒトだから付いていくと異口同音で言うのだから、きっと本物なのだろう。
『やはり、私の育て方がいけなかったのですね』
表面的に上手くやっているように見えたヴィッセンだが、今回も最後の最後に『賠償』などという愚劣な手を使ってきた。
あれでは良いように相手に付け込まれ、気付けば取り返しのつかないことになる。
既に得難い人材達に嫌悪感を抱かせた上に、逃げる手立てまで与えてしまった。
今までの自分の不出来を見せつけられているようで、ルーチェはかなり苦い思いをしている。
「今日は、ライトに最後の別れをする機会を与えてくださり感謝します。では、ライト、手短に」
ルーチェの横に座るライトは、大きな体を小さく縮こまらせてコクリと頷いた。
学園で光り輝くようだった王太子の姿はない。
それを哀れと取るか、自業自得と取るかは見る人によるだろうが、クオーレは表情を変えずに柔らかく微笑んでいる。
正に淑女の仮面だ。
どのような場合においても相手に心を察せられぬよう微笑を湛えて背筋を伸ばす。
彼女が王妃となれば、もしかしたらルーチェのような素晴らしい業績を残したかもしれない。
「先ずは、クオーレ嬢にお詫びを……」
泣きそうな顔で言葉を紡ぐライトの頭の中には、復縁出来る可能性が一万分の一でもあるのではないかという甘い期待があった。
しかし、それをグシャリと潰すようにクオーレの、
「必要ございません」
という言葉が被る。
本来、王太子の言葉を遮るなど許されることではない。
しかも、ここは詫びたいと願う男が最後に手にした別れの場だ。
ショックを受けて顔を上げたライトの目に映ったのは、聖女のようなほほ笑みを浮かべるクオーレだった。
「殿下、わたくし、あの件があったからこそ自由になれた気がします。ですから謝罪など不要。それよりも……素敵な王になってくださいませ」
かつては、ライトさえいれば何も要らないと思っていたクオーレ。
しかし今は、最高のお友達と愛してくれる新しい家族がいる。
後はクオーレが望むまま生きて、そして欲しいものは、己の手で掴み取れば良いだけなのだ。
「さようなら。わたくしが愛したライト殿下」
クオーレが殿下ではなく『ライト殿下』と呼んだのは、これが最初で最後だった。
ライトはそのことを忘れることはなく、この後、長い人生のなかで道を踏み外しそうになる度にクオーレの顔を思い出すことになる。
「ありがとう、クオーレ嬢。私の初恋は、貴女だったようだ」
気付くのが遅すぎたと後悔するよりも、どんなに苦しくても前に進む方が良い。
顔を上げたライトの表情は、ほんの少しだけ明るく、その目には生気が戻っていた。
「私達、居る必要あった?」
重苦しい空気に耐えられず、リベルタが隣にいるトワレに囁いた。
「居る必要はないけど、終わった後にクオーレ様が帰りやすくはなるんじゃないかしら?」
リベルタ同様『クオーレのお友達枠』に入れられたトワレは、元平民の男爵令嬢だけに、
「お願いですから、『様』だけは付けて呼ばせて下さい」
と頼み込んだ。
今も話は終わったとばかりにこちらに笑顔を向けてくるクオーレに、引きつった笑顔を見せている。
「帰りましょう!皆様。面倒なことは終わりましてよ!」
いや、そんなに明るく言わないであげてと、思わずリベルタとトワレは両手を前に出して振った。
それをハイタッチと勘違いしたクオーレが、
パン
パン
と二人の掌と自分の掌を合せてピヨンピヨンとジャンプする。
空気を読まないモンスターリベルタをも圧倒する超ド天然。
この光景に眼を見張るのは、ルーチェ、シャイネン、レオン、そして今フラれたばかりのライトだ。
8個の瞳を前にリベルタですら、背中に冷や汗がしてガクガクブルブルと震える。
「イヤー、お願い巻き込まないで」
思わず叫んだリベルタはハッと我に返り、
「オホホホ、皆様、それでは失礼いたします」
とおちょぼ口で囁いてクルリと出口に体を向けてマッハで走り出した。
「あ!裏切り者!」
後をトワレが追うと、
「置いていくなよ!」
とクルーガーも走る。
「お義父様、わたくし、何かしましたかしら?」
正直な気持ちを述べただけのクオーレは、不思議そうに首を傾げた。
その愛らしくも素っ頓狂な物言いに、レオンは苦笑するしかない。
何せ、五十が近い彼にとって十五歳のクオーレは孫のようなもの。
愛しいだけで、怒る気すら失せる。
「いいや、お前は何もしていないよ。さぁ、ケーキを持って我が家に帰ろう」
手を繋いで立ち去る姿は、乙女ゲームの紅姫と甲冑の騎士とは程遠い幸せに満ちていた。
残されたシャイネンは、
「後は、自分の頭でちゃんと考えて、自分の足で歩いて生きていきなさい」
と仙人のような教えをライトに説き、
「それでは失礼いたします」
と真顔でルーチェに頭を下げて帰っていった。
『やはり、怒っているのですね』
ルーチェは、息子に失望されたことを理解した。
そして、もう二度はないと言われているような気がした。
第三部も、残り数話。
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