第十七話 S級通行手形
「今回は、私のせいで皆に迷惑をかけてしまった。本当に申し訳ない。このように髪を切ったのは、一から出直す為に結界石監視隊に志願したからだ」
ライトが皆に頭を下げて謝るのを、クオーレは目を背けることなく見つめている。
その瞳には愛情はなく、未来の王を見定めようとする厳しさがあった。
ライトの言う『結界石監視隊』は、各所に設けられた結界石が機能しているかを調べる為に各地を巡る地味で過酷な巡回部隊のことだ。
つい先日まで王太子として良い物を食べ良い服を着て良いベッドで眠っていた青年には厳しい日々となるだろう。
だからこそ、この決断をしたことをある程度は評価しなくてはならない。
皆の心の中で、ライトという青年の評価がほんの少しだけ上がった。
しかし、話し合いの最後にヴィッセンが、
「今後王家がどのように変わっていくのかを見守って欲しい。そして、ここからは賠償の話をさせて欲しい」
と口にすると、王族以外の人間が全員眉間にシワを寄せた。
シャイネンも知らなかったようで、目を見開き兄を見ている。
公衆の面前では名乗り合えぬ兄弟ではあるが、ずっとヴィッセンを大切に思ってきたシャイネンにとっては、かなりショックだったのだろう。
これは、言葉は悪いが『口封じ』だ。
このままでは王太子が暴走したせいで一般の生徒にまで被害が及んだことが、歴史にも刻まれる失態として残ってしまう。
故に、ライトが率先して皆を引き連れてススロット侯爵家に乗り込んだ事を秘密にし、あくまでも不運に不運が重なった偶発的事件に仕立て上げたいのだ。
『黙っていて欲しい。タダとは言わない』
そんな多重音声が聞こえてきそうな状況に、リベルタですら反吐が出そうになる。
何も知らない者からすれば、身を粉にして民の為に『結界石監視隊』に同行する王太子は、素晴らしい人間に映るだろう。
反省の為の苦行が、名声を得る為の道具にされる。
『王家は、何も分かってない!』
そう怒鳴ろうとしたレオンだが、自分の斜め後ろで手を挙げるお下げ頭の娘に、
「では、S級通行手形を二枚ほど」
と先に言われて言葉が出なくなる。
商売人根性を具現化したようなトワレは、
『貰えるものは、ゴミでも一旦貰う』
を信条とするプロフェッショナルな倹約家だ。
そんな『どケチ』が、こんな好機を逃すはずがない。
相手は、王家。
腹いせとばかりに、吹っ掛けれるだけ吹っ掛けてやろうという魂胆が見えた。
『S級通行手形』は、商売人にとっては一生に一度は手に入れたいチートアイテム。
友好国であればNO審査で通行できる上に、外交官特権にも似た不干渉権も手に入れられる。
何か揉め事に巻き込まれたとしても、その通行手形を見せれば相手は、
「ははーー、恐れ入りました」
と土下座せざるを得ない。
まるで、某時代劇のご隠居様の印籠のようなものだ。
「トワレ、流石にそれは……」
と止めるクルーガーを一瞥し、
「じゃ、一枚で」
と言い直すあたり、クルーガーの分の賠償も勝手に決めていたらしい。
「いやいやいや、待て待て待て」
王家に対してこれだけ強気に出るトワレは、これからも危ない橋を何度も渡るだろう。
そんな彼女と旅をするには、これくらいヤバい道具がなければ首が幾つあっても足りない。
完全に尻に敷かれた腹黒元賢者は、自分も手を挙げて、
「トワレと同じ物を!」
と訴えた。
必死過ぎて見ている方が辛い。
そんな二人にリベルタは、羨ましいなと思いながらも同じ物をとは言わない。
自分は女伯爵になる身。
商売人として世界中を飛び回るトワレ達とは違い、国外に出ることなど数えるくらいしかないだろう。
ふと、リベルタはシャイネンは何を願うのだろうかと思った。
結界師として名を馳せる彼は、名誉も地位も金もある。
興味に勝てず横を見るとシャイネンが手を挙げて、
「それをもう二枚」
と言っていた。
「シャイネン先生?」
「すみません、リベルタさんの分も勝手に頼んでしまいました」
「え?」
「だって、アレがあると国外での移動が楽になりますから」
リベルタは、これ以上ないというくらい目を見開いた。
人に言えぬ身の上のせいで、自分以上に国のしがらみに絡め取られているシャイネン。
しかし彼から感じられる空気は、まるで草原で走る野生馬のように自由だ。
「一緒に旅行してくれるんですか?」
「え?駄目でしたか?」
「ダメじゃないです!凄く嬉しいです!」
心の何処かで、結婚するトワレやクルーガーとは、もう同じ時間を過ごせないと思っていた。
今後商会を立ち上げて忙しくなる彼女達は、学生であるリベルタとは違う世界で戦わなければならないのだ。
しかし、時々でいい、彼らの旅に同行して青空の下で食べ歩きをしたり、美しい景色を見たりしたい。
その横にシャイネンが居てくれたら、どんなに良いだろう。
夢想するリベルタの笑顔が余程素敵に見えたのか、
「あ、あの!わたくしも、できましたら同じ物を……」
とクオーレまで手を挙げた。
「クオーレ、そんなものがなくてもお義父様が何処にでも連れて行ってあげるよ」
レオンが慌ててクオーレに提案するも、
「わたくし、お友達と一度旅をしてみたいのですわ」
と満面の笑みで拒否されてしまった。
「それに、わたくし、とーっても強いのです。そうでしょ?お義父様」
テリブル侯爵家の一員となってから、クオーレは自分の中に流れる魔力が彼らとソックリなことに気づいた。
特に火魔法に関しては、歴代当主にも匹敵する力を発揮した。
自信に満ち溢れた顔のクオーレは、
「わたくしが、護衛となって皆様をお守りいたします」
と言って胸に手を当てた。
その男前な態度に、彼女が何かから解き放たれたのだとリベルタは感じた。
それが物語の強制力からなのか、彼女自身のトラウマなのかは分からない。
ただ、今のクオーレなら、きっと大騒ぎな旅でも楽しんで付いてきてくれそうだと感じた。
結局、全員が『S級通行手形』を希望するという結末に至ってしまったことに、内心ヴィッセンは、
『一番痛い所を突かれたな』
と思っていた。
もし仮に、彼ら全員が国を見捨てて国外逃亡する際に、これほど便利で最強の切り札はない。
あっという間に幾つもの国を通り抜け、手の届かない所へ行ってしまうだろう。
『だからこそ、ここからもう一度腹を括って、やり直さなければならない』
ヴィッセンは、長く息を吐いた後、
「分かった。用意させよう」
と言った。
その横で、ライトが切なげな視線をクオーレに向けている。
もしかしたら、今日を最後に彼女と会うことはないかもしれない。
クオーレの未練を何も感じさせない表情を見れば、自分は彼女にとって無価値な人間になってしまったのだと納得せざるを得なかった。
「父上……このようなことを私が願い出るのは間違っていると分かってはいるのですが……クオーレ嬢と最後のお別れをさせて頂けないでしょうか?」
新たな道を歩む前に、ライトも全てに区切りをつけなければならない。
そうしなければ、いつまでも後ろ髪を引かれクオーレに迷惑をかけてしまうからだ。
「私が同席するのを許可していただけるのであれば」
ここぞとばかりにレオンは、クオーレを守りに入る。
優しいクオーレの心情に訴え、同情心を煽ろうとするのを阻止するためだ。
「では、私が見届人となりましょう」
そこで初めて、今まで何も話さなかったルーチェが言葉を発した。
自分の息子と孫の失態に、彼女も思うところがあったのだろう。
「ここでは息も詰まるでしょう。庭に席を設けます。気軽な茶会と思って参加してもらえれば嬉しいです」
ルーチェの言葉で、リベルタ達までが半強制的にお茶会に参加することが決まった。
『帰りたかった』
言葉にせずとも、リベルタの顔面から思いが伝わる。
身内の度重なる失態にシャイネンは、
「後で一つだけお願い事を聞きますから。今は我慢してください」
と、まるでご褒美で釣る母親のようなセリフを耳元で囁いた。
すると途端にやる気に満ちた目で、
「それは、何でもオッケーですか?」
と前のめりにとリベルタが聞いてくる。
その勢い押され少し体を後ろに引いたシャイネンは、
「まぁ、私に出来ることならば」
と答えざるを得なかった。
「ヨッシャ」
拳を握るリベルタが何を求めるのかは分からない。
しかし、鼻の下を伸ばしてニヘラと笑う締まりの無い顔は、きっと人に言えない事を想像しているのだろう。
「リベルタ、顔の締まりがなさすぎるわ」
トワレの的確な指摘も、
「仕方ないのよ、だって『何でもオッケー』なんだもの」
とリベルタに反省の色は見えない。
リベルタのアホ面のお陰で場の空気が一気に緩んだが、これから行われるお茶会が、正真正銘、クオーレとライトの最後の場となることに変わりはなかった。
いつも読んで下さる皆様へ
皆様の応援が実を結んだ結果をご報告できることとなりました。
宜しければ、活動報告を読んでいただけると嬉しいです。
これからもコツコツ頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。




