第十五話 残念な男
リベルタの助けを求める声を聴いたシャイネンは、一度に二本の矢を番えて放つと直ぐに次の矢を構えた。
ヒューーーン
ヒューーーン
ヒューーーン
その連続攻撃は流星群のように敵に降り注ぎ、敵は逃げ場を失ってしまう。
しかし、地面に倒れて動かくなっていたはずの数名が、突然フラフラと起き上がり窓から中に入るのが見えた。
「そんな!」
思わぬ事態に焦ったシャイネンだが、次の瞬間部屋の中から太陽のように眩しい光の束が外に向かって放出され、その荘厳な美しさに声を失う。
「あれは……女神の癒し?」
聖女と呼ばれる人間が、過去に成したと言われる奇跡の御業だ。
唯の浄化とは違う、身も心も全てを癒し治す力を持つ究極の神聖魔法。
しかし、それを使えるのは選ばれし聖女だけであり、一般女性であるリベルタが使えるはずがない。
全く別の性質のものなのかもしれないが、今はそれよりもリベルタとクオーレの安否確認の方が大切だ。
窓際まで来て部屋を覗き込むと、床に倒れるクオーレを庇うようにリベルタが両手を広げて立っていた。
敵と思われる男達は、白目を剥いて気を失っている。
シャイネンは馬上から窓枠へ飛び移ると、
「リベルタさん!」
愛しい女の元へ駆け寄った。
そして、フラフラと覚束ない足取りでこちらに向かってくるリベルタを受け止める。
「良かった」
安堵で泣きそうになるのを堪えて言葉を絞り出すと、
「遅いです、シャイネン先生」
と怒られた。
全く以て弁解の余地はないのだが、説明するには話が長くなりすぎる。
「すなまい。説明は後でするから、今は抱きしめさせて欲しい」
腕に力を込めて震えるリベルタを抱きしめると、生きていてくれた奇跡に心が震えた。
リベルタとクオーレ、シャイネンの活躍により襲撃事件が未然に防がれた。
一夜明けた現在ススロット侯爵家は、襲撃に参加した人間はもとより、侯爵家の人間全てが捕縛されていた。
シャイネンを呼びに来ていた軍人立会のもと、何が起きたかを記す詳細な報告書が作成されている。
もう、ススロット侯爵が逃げる術はないだろう。
こうして一応の解決が見られたのだが、朝食を摂るため集まった食堂で、
「どうして助けに来てくれなかったの!」
とリベルタがクルーガー達にむくれるのはどうしようもないことだろう。
「えっと……それが……」
トワレをチラチラ見ながらしどろもどろになりつつクルーガーが説明するところによると、
『クルーガーが防音魔法を掛けてしまった部屋にいたトワレは、何も気づかず楽しく本を読んでいた』
とのこと。
真っ赤な顔でトワレが、
「変なことしてたんじゃないから!」
と言えば言う程怪しくなるからやめた方が良いよとリベルタは思う。
婚約中で、しかも日々リベルタに邪魔され続けられた二人が同じ部屋なのだから、致し方なかったことなのだ。
それよりも、一番やばい顔になっているのはライトだった。
絶望と虚無と悲壮を足してグルグル混ぜたら、こんな感じなのか?という風貌になっている。
両手には包帯が巻かれ、体中あちこち痣も出来ていた。
全部の指が骨折していると聞いて、リベルタはドン引きしている。
『ご飯も食べられないじゃない』
そんな心配をしているのはリベルタくらいなものだろう。
彼をこんな状態にしてしまった責任は、ススロット侯爵家が取ることになる。
部屋を提供し、安全に過ごさせなければならなかった屋敷内で、これだけの騒動が起こるのを未然に防げなかったからだ。
理不尽な理由にも聞こえるが、そこを突破口に屋敷内をくまなく捜査すると、地下室に怪しげな黒魔術の祭壇が見つかった。
その周りには沢山の血痕が残っていて、生贄として捧げられた羊の血だと言うが、その真偽は今後の調査で明らかになるだろう。
これで一応、ライトの当初の目的である『ススロット侯爵家の排除』は出来たと言える。
ただ、その成果を上げたのはライトではない。
まるで戦場で戦った戦士のように全身ボロボロになっているが、彼は何もしていないのだ。
彼は、あの騒動の最初から気づいていた。
しかし、外に出られなかった。
その時のことを思い出したのか、ライトの顔は、益々残念なことになっていった。
ライトが最初に気づいたのは、窓を叩く音だった。
下から聞こえる音は、上ではかなり響く。
何事かと廊下から外に出ようとすると、ドアの向こう側から争う声が聞こえた。
「私は、殿下に呼ばれてここに来たのです!」
大声で騒いでいるのは、クオーレの腹違いの妹パロラッチャだ。
後で分かったことだが、ススロット侯爵家のメイドに金を掴ませ、ライトの眠るベッドサイドに置いてある水差しに眠り薬を入れていたらしい。
夜這いをして、眠るライトの横で翌朝目覚め既成事実があったようにしようと画策していたという。
こうなると、シャイネンが誰かに呼び出されることも想定済みだったのではないかと思われるが、問題はそこではない。
パロラッチャが部屋にこっそりと侵入するのに、開錠が出来るという怪しげな魔道具をドアの前で使っていたらしい。
直ぐに護衛に見つかり事なきを得たが、無理やりこじ開けようとしたことで部屋に掛けられた結界が作動した。
ライトだけの結界なら、自分一人でも問題なく解除できたかもしれない。
しかし、今回はシャイネンの手も加えられ複雑な形で構築されていた。
すると、逆に中からも開かないという不測の事態が生じた。
「ったく、こんな大事な時に!」
ライトは、今度は窓を開けようとしたが、どれだけ押しても引っ張ってもびくともしない。
その内に下の騒動はどんどんと勢いを増していき、只事ではないことはすぐに分かった。
「なんで、開かないんだ……」
大切な者が危機に瀕するなら、結界内に閉じ込めて守ればよいと思っていた。
しかし、出られないということが、これほどまでに恐怖を与えるものだとは思っていなかった。
何度窓を殴ろうが、椅子を投げつけようが、体当たりしようが、全く動かない窓。
このままクオーレを失うのか?
自分が軽々しく守れるなどと過信したことで、一番危ない場所に彼女を連れてきてしまったことへの後悔が次から次へと湧いてくる。
「出してくれ!頼む!出せと言っているだろう!!!」
願っても、命令しても何も変わらない。
ライトの手は、窓を殴りすぎたせいで皮がめくれ血がしたたり落ちていた。
その手のひらを窓に当て、ライトは魔力が枯渇するまで全ての魔力を一点に注ぎ込む。
魔力の過剰供給による破壊を目論んでのことだ。
たった一点に莫大な量の力を集中させることで、
パリン
やっと窓にひびが入った。
ライトは、カーテンを破って手に巻くと、痛みを考えずに思い切りひびの上を殴る。
バキッ
指が折れた音がした。
それでも、ライトは止めない。
ドッドッドッドッ
何度も、何度も、自分の無能さを後悔しながら腕を振り下ろした。
そしてやっと窓ガラスが人の通れる大きさまで崩壊した時には、既に階下の戦闘は終わっていた。
気の急いたライトは、四階から飛び降りる。
風魔法で一瞬体を浮かせて地面との衝突は避けたが、ゴロゴロゴロと土煙を上げながら地面を転がった。
窓からクオーレのいる部屋を覗くと、床に倒れている彼女が見える。
青白い顔とやや紫がかった唇が死人のようだ。
「ク……クオーレ?」
ライトの中で、今までの自信も傲慢も全てが崩れ落ちた。
『そこまで愛してくれるなら、愛してやらないこともない』
そんな思いでクオーレをからかい始めたライト。
会うたびに自分の方が惹かれているのに、それにすら気付かない馬鹿な青年だった。
そして茶会の件でクオーレから特大ハンマーを振り下ろされたような気分を味わっていたのに、今度は比べ物にならないほどの悲劇を目の当たりにしている。
「おい……嘘だろ……」
最も大切にしたいと願っていたものが、いともあっさりと手の中から零れていく。
倒れそうになる体を必死に支え、ライトはクオーレの傍へ少しでも近づこうと動いた。
それが例え虫のように床を這う行為であったとしても今は関係ない。
一秒でも早く彼女の元にたどり着き、この腕に抱きしめたいと願った。
「クオーレ……」
やっとのことで彼女を抱きしめた時、ヒュッと息を吸い込む音が聞こえた。
そして、
「いやっ!」
という声と共にクオーレがライトを突き放した。
目覚めたばかりの彼女は、なぜライトに抱きしめられているのか理解できなかったのだ。
こうしてライトは、人間として成長するには余りある絶望を体験することになったのだった。
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お礼の小話?を活動報告で書きました。
(そこは、そんな事をする場所じゃないと思いますbyトワレ)
今後も、色んな嬉しいことがあったら小話を書きたいと思います。
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