第十四話 光の矢
リベルタとクオーレが襲われる数時間前、ライトは自分の部屋のソファーに座り頭を抱えて呻いた。
「何故、こんな事に……」
今日の茶会でのクオーレは、今まで学んだ知識を余す所なく貴族令嬢達に見せつけた。
仮の姿『トト』としてだが、向けられる羨望の眼差しは嘘偽りない。
所作の美しさも他者を圧倒しており、ライトも鼻高々だった。
しかし、パロラッチャが現れてから様子がおかしくなった。
『はて、ハート公爵家にそのようなご息女はいたかな?覚えているかい、トト』
そんな言葉を投げかけてクオーレを振り返った時、彼女は初めて『恋する乙女』とは違う視線を向けてきた。
『あれは……侮蔑だ』
明らかに彼女から自分に向けられる嫌悪感を感じた。
そして、失望が薄っすらと滲んでいた。
ライトは、己がクオーレに対して失態を犯してしまったのだと気付いた。
彼にとって、今日お茶会でクオーレの腹違いの妹が乱入してくるのは想定内のことだった。
ススロット侯爵家はハート公爵家の庇護を受けており、ズブズブの関係と言っていい。
社交界ではどの派閥に付くかは、その後の繁栄にも大きく関わるため皆慎重を極めている。
ハート公爵家は当主であったクオーレの母が亡くなってから、昔の隆盛は影を潜め後妻が家に入り込んでからは益々敬遠され始めていた。
そんな所に群がるのは、自分も傾いている家ばかりだ。
先日の晩餐会でも、落ち目と言われる家ばかりが顔を出していた。
他者から忌避される者達の間では、過剰な依存と歪な絆が生まれる。
ライトは王太子として、王家から『梟』と呼ばれる自分だけの諜報部員を授けられていた。
彼らの調査では、ハート公爵家は良いように持ち上げられているだけで実際に様々な悪事を扇動しているのはススロット侯爵だと報告が上がっていた。
用もないのに足繁く他の貴族がススロット侯爵家を訪れ、何やら怪しげな儀式を行なっているらしい。
黒魔術と言われる類のもので、その実態は呪≪まじな≫い程度の効果すらない眉唾物の見世物だ。
だが、それを行うための大金を、金回りの悪いはずの彼らが用意している。
その経路を叩けば、埃が出るのは火を見るより明らかだった。
そして、丁度時を同じくして長年クオーレが、ススロット侯爵夫人であるメンティラから虐待まがいの行為を受けていたと知った。
当初ライトは、自分がススロット侯爵家を完膚なきまでに叩き潰すことで、クオーレに安心感を与え信頼を得たいと思っていた。
クオーレを伴ったのは、傍にいないと守れないから。
かっこいい所を見せて、更に惚れさせたいという下心もあった。
しかし今日、不用意に投げかけた言葉は、確実にクオーレを不快にしていた。
その理由が分からず頭を抱えている時点で、人間的には『ざんねんで賞』を贈られるレベルだ。
誰も、人を小馬鹿にするような笑みや相手を下に見る事をいけないことだと彼に教えてこなかった。
国の運営に忙しい両親の代わりに付けられたお付の者は、全てライトのYESマンだ。
唯一シャイネンだけが根気よく人の気持ちを考えるよう諭してきたが、ライトにとって彼は兄のような存在であると共にライバルでもある。
素直に従う気持ちになれないのは、思春期男子としてありがちなことなのかもしれない。
そして今日、初めてライトに面と向かってNOを突きつけたのがクオーレだ。
茶会後も特に何かを言ってくるわけではないが、明らかに目の中にあったライトへの恋慕の気持ちが薄らいでいた。
ライトが話す内容に耳を傾け考えを巡らせている様は、今まで無条件に頷いていた彼女とは全く違う。
「ライト……一度自分を見つめ直した方が良い」
横から正解を教えてくれるシャイネン。
ただ、耳を押さえて下を向いているライトには聞こえない。
これでは、ただの駄々っ子だ。
いや、コレが本当のライトなのだろう。
格好つける術を失った剥き出しの彼は、五歳児にも劣る。
人生経験を経て大人になっていかなければならない大切な時期に、一度鼻っ柱を折られてちょうど良かったのかもしれない。
今は何を言っても無駄と理解したシャイネンは、シャワーを浴びようと浴室に足を向ける。
そこに、
トントン
ライトの護衛がドアを叩く音が聞こえた。
「何かな?」
「今、このような書状が届きまして」
それは、軍部がシャイネンに宛てた緊急要請。
そこには正式な印が押され、偽物では無いことが見て取れた。
「誠に申し訳ないのですが、今直ぐご同行願えますか?」
護衛の背後から現れたのは、何度か共に仕事をしたことのある軍人だった。
彼は、国境沿いの結界石に不具合が出たため確認をして欲しいと強く訴えてくる。
しかし、時間は午後九時を回っていた。
暗闇の中を駆けても効率は悪く、メリットよりもデメリットが多い。
「本当に、今直ぐ行かなければなりませんか?」
「私も同じように上に進言したのですが……」
彼も夕方に突然命令を下され、ここまで単騎で駆けてきたと言う。
それほど切迫した事態なのかと思い直し、準備を始めた。
「悪いが、厩舎から馬を回しておいてくれ」
ライトの護衛の一人に頼んだ後、未だに頭を抱えるライトの両腕を掴み耳から外させてた。
「ライト!私の目を見なさい!」
「あ……シャイネン兄上」
「私は少し出かける。明日には帰れると思うが、決して無理はしないように」
余計な説教をしている時間はない。
ただ、シャイネンの言葉の強さにライトは激しく瞬きをした。
まるで叱責された子供のような表情。
怒られなれてない彼の動揺を見て、シャイネンは大きくため息をつく。
『これは、私達大人の責任でもあるな』
ずっと気づいていたのに、正しく導いてやれなかった後悔が胸をよぎる。
「帰ったら、一度ちゃんと話をしよう」
「あ……はい」
オドオドとした返事をするライトを置いて、シャイネンは自分を待つ軍人の元へ走る。
既に馬は準備され、真っ暗な街道を照らすための魔道具が地面を照らしていた。
「本当に申し訳ございません。では、よろしくお願いいたします」
軍人の先導で馬を走らせ始めたシャイネンだが、どうにも胸騒ぎが収まらない。
何か見落としているようで、馬上から後ろを振り返った。
ただでさえ月の出ていない夜。
その中でススロット侯爵邸の周りが更に濃い黒で塗りつぶされているように見える。
シャイネンが手綱を引くと、馬が徐々にスピードを落としていった。
「ナーハフォルガー公爵令息、どうされましたか?」
軍人も慌てて引き返してシャイネンの横につける。
「悪いが、私は戻らせてもらう」
「え……しかし、結界石の件は」
「何か問題が生じた場合は、その責任は全て私が負う。申し訳ないが、一緒に戻ってもらえるだろうか?」
軍人は暫く考えた後、小さく頷いた。
結界師は、防衛本能が高く第六感が鋭い者が多い。
その中でも傑物として有名なシャイネンが言うのだ。
それは勘などという曖昧な言葉で片づけてはならない『予言』と言える。
「急ぎましょう」
軍人はシャイネンを先導してススロット侯爵家へと急行する。
すると門を通り抜けた瞬間、
ドドドドドドドドド
銃を乱射するような音が聞こえた。
それがクオーレの放った火魔法と知るよしはなかったが、戦闘が行われているのだとすぐに分かった。
シャイネンは馬に乗ったまま、リベルタ達の部屋がある方へ駆ける。
結界で強固に堅めたはずの窓が割られ、次々と男達が窓枠に登っていこうとしているのが見えた。
シャイネンは、怒りで我を忘れそうになる自分を必死に律しながら、腰に付けたマジックバッグに手を伸ばした。
取り出したのは、弓矢。
手綱を手放して両足で馬体をしっかりと挟み込むと、矢じりに結界石が付けられた矢を弓に番える。
ダイヤモンドよりも硬く、どんな魔法も無効化して撃ち抜く結界師だけが使うことの出来る武器。
一度ロックオンした獲物を、追尾機能で射抜くまで追い続ける様は猟犬のようだ。
シャイネンはピタリと照準を定めると躊躇なく弦から指を外した。
ヒュン
矢が闇夜を切り裂くように銀色に輝きながら一直線に飛んでいく。
それが間髪入れず幾つも流れていく様は、まるで流れ星。
シャイネンは、愛しい女の安否が不安で思わず叫んだ。
「リベルタ!」
『さん』などと付けている余裕などない。
一言でも言いから、返事が欲しい。
そんな彼の切実な思いに応えるように、
「シャイネン先生、助けて」
と叫ぶリベルタの声が聞こえた。
その声に力を貰ったシャイネンは、矢を二本取ると同時に弓に番えた。
総合評価6万超えました!!
全ては、リベルタを見つけて下さった皆様のお陰です。
本当に、ありがとうございます。
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