十二話 心が軽くなる瞬間
シャイネンがリベルタ達に甘味を持って行ったのと同じ時刻、ススロット侯爵家の中庭ではお茶会が開かれていた。
参加者は、ススロット侯爵家の愛娘と先日の晩餐会に参加していた貴族達の娘。
皆同じような顔でライトには見分けもつかないが、従者として隣に立つクオーレが、
「右から三番目の女性は、〇〇伯爵家の三女△△△です。領地の名産は、小麦です。趣味はピアノ。嫌いなものは、ピーマンです」
などと貴族名鑑以上の個人情報を耳元で囁くため、なんとなく茶会の会話は盛り上がっていた。
ライトは、クオーレの記憶力と的確な会話の話題提供の能力に驚く。
周りの少女達も、何かと王太子が『灰色の髪の少年』を振り返り意見を求める為、初めて見る美麗な少年に興味津々だ。
徐々に発言する者が減っていき、気付けば少女達は王太子と従者の会話に耳を傾けていた。
「トト、この紅茶は何処の物だと思う?」
「少々失礼致します。色味、香りを見るに□□地方の高地で栽培される物によく似ております」
『トト』と呼ばれる少年は、何を聞いても答える知識量の多さを見せつけた。
また、彼の所作は美しく、なんだか王太子と従者二人だけの耽美な世界を見せつけられているような気分になってくる。
「はぁ、素敵」
少女の一人が小さな声で思わず漏らした感想に、心の中で頷いた者が何人いただろうか?
どうやら少女達は、開けてはいけない扉を開いてしまったようだ。
正にリベルタの前世の同僚のように。
こうして、この場は既に、二人を鑑賞する場となりはてていた。
「少しネクタイが歪んでいるよ」
主であるライトが従者の首元に手を伸ばしネクタイの結び目を触った時など、小さからぬ悲鳴が上がった。
しかも恥じらうように従者が身を捩るものだから、数名鼻血を出してテーブルに突っ伏した。
とても楽しんでいるようでなにより。
しかし、そこに折角の楽園を壊す声が響く。
「まぁ!お友達の家を偶々訪れた日に、このような運命的な出会いが訪れるなど思ってもおりませんでしたわ」
茶会に遅れて入ってきたのは、何故かクオーレの腹違いの妹パロラッチャだった。
身分の上の者に対して許可を得ずに話すなど、貴族令嬢としてあるまじき無礼だ。
しかも、わざとらしい笑顔が鼻に付く。
着ている服もクオーレとは違い最新のドレスで、髪形ももちろん縦巻ロールではない。
艶やかなブロンドは、どれだけ金を掛けて手入れしたのかと聞きたいくらい輝いており、完全に王太子がいることを把握したうえでの訪問だと分かった。
「君は……、誰かな?」
必要もないのにクオーレに付いてきて、王太子の周りをウロチョロしていた彼女のことはライトも覚えている。
しかし、わざわざ知っていると教えて図に乗らすような優しい男ではない。
「久しぶりに会ったら私が成長していて分からなかったのも仕方ありませんわ。私は、パロラッチャ・ハートでございます」
どれだけメンタルが強いのか、パロラッチャは嫣然と微笑みながらライトに流し目を送る。
それを白けた顔で見ていたライトは、
「はて、ハート公爵家にそのようなご息女はいたかな?覚えているかい、トト」
と後ろを振り返り、従者として立っているクオーレに声を掛けた。
その時のライトの表情は、異母姉妹の確執を知っていてなお、クオーレがどんな風に怯え、助けを求めてくるのか楽しみにしているように見えた。
所謂、意地の悪い笑顔だ。
その事を不快に感じた自分に、クオーレは驚いた。
今までは、ライトのすることなら全て正しいと盲目的に信じていたのに、この瞬間彼女の中の判断基準が明らかに変わった。
『リベルタさんなら、こんな顔しないわ』
リベルタは、別にクオーレの身の上に同情している訳でもなく、王太子妃候補などと言った不確かな身分に媚びるような人間でもない。
少しペットのような可愛がり方はされている自覚はあるが、クオーレが困っているのを楽しむような悪趣味は持ち合わせていないはずだ。
もし本気でクオーレが怖がれば、リベルタならパロラッチャから直ぐにでも守ってくれるだろう。
『あの子の髪を引っ張ったら、私の時みたいにスポッて取れたりするのかしら?』
パロラッチャの見事すぎる金髪を眺めながら、クオーレは想像してみた。
リベルタが異母妹の髪を剥ぎ取り、クルクルと回している姿を。
「プッ」
思わず笑いが込み上げた。
そして、パロラッチャに怯える自分が馬鹿馬鹿しく感じられた。
更に言うなら、人のトラウマを見世物のように楽しむ男を好きとは思えなかった。
『もし、リベルタさんなら、どうするかしら?』
クオーレは勇気を振り絞って背筋を伸ばした。
そして、リベルタを真似て太々しい笑みを浮かべた。
「いえ、存じ上げません。不勉強で申し訳ございません」
クオーレの言葉に驚いたのは、パロラッチャだけではない。
彼女を気弱で守られるべき存在と信じていたライトは、別人を見るような驚きで息を呑んでいる。
クオーレはライトを出し抜き、小さな報復が叶ったような気がして、すこぶる気分が上がった。
一方、まさか目の前の少年が自分の異母姉とは思いもよらないパロラッチャは、
「なんて失礼な従者なのかしら!」
と声を荒立て、存在を否定された腹いせに持っていた扇をクオーレに投げつけた。
それを空中でパシリと受け取ったクオーレは、
「あぁ、今思い出しました。この扇を投げられる姿は、茶会で何度かお見かけしたことがあります。ハート公爵次女、パロラッチャ・ハート公爵令嬢でしたね」
と答えながら扇をパロラッチャの目の前に差し出した。
まさか受け止められると思っていなかったパロラッチャは、扇をじっと見つめ、そして手を振り上げると叩き落とした。
「貴方が触れた物など、いりません!」
恥をかかされたことで頭に血が上り、『トト』という存在が王太子の従者であることを忘れていた。
「私の大事な従者に何をしている。お前の方こそ身の程を弁えろ」
ライトは唸るような声で叱責すると、パロラッチャの腕をひねり上げた。
「貴様、余程死にたいようだな」
「い、痛い!殿下、お止めください」
パロラッチャは痛みに顔を歪めて、地獄から響いてくるような恐ろしい声に泣き出している。
微笑みの王子等と女子生徒から憧れの視線を向けられている理想の王子様の姿はそこにはない。
獰猛な一匹の獅子が不届き者を殺さんばかりの勢いで牙を剥いている。
「ひぃ」
パロラッチャは、恐怖のあまり足に力が入らなくなった。
ライトが手を離すと後ろへ倒れて、尻もちをつく。
「そ、そんなつもりでは……申し訳ございません」
地面に額をつけんばかりの勢いで頭を下げる異母妹を見て、クオーレは驚いた。
ハート公爵家では、パロラッチャは一番優先され、どんな我儘も聞いてもらえる存在だった。
母親の遺品も全て奪われ、泣いても縋っても返してもらえず、クオーレはいつも後回し。
逆らえば扇で叩かれ、ケガをしても手当すらしてもらえない。
クオーレにとっては、憧れのライトと会える時間だけが唯一の救いだった。
それなのに、今地面に座り込むパロラッチャのなんと小さいことか。
『わたくしは、何故、こんな子に怯えていたのかしら?』
年齢も半年違いの為、身長も変わらず体格的に優劣はない。
いざとなれば魔法を使って対抗することもできたはずだ。
なにせ、クオーレは戦場で活躍する伯父と同じ強力な攻撃魔法の資質を持っているのだから。
ただ、傷つけられ続けた彼女は、人を傷つけることを極端に怖がる性格になっていた。
その為、能力の十分の一も発揮できていないのが実情だ。
『貴女は、出来損ないだから』
メンティラや義母、異母妹から繰り返し投げ付けられた暴言を、クオーレ自身が信じ込んでしまう状態は洗脳とも言えた。
しかし、落ち着いて考えてみれば、十分の一の攻撃力でもパロラッチャの髪の毛をチリチリに焦がす位のことは出来たのだ。
クオーレは、そっと手を握り込んだ。
魔力を通すとポッと熱が生まれる。
拳を開くと、手のひらの上で小さな炎が揺らめいていた。
「ふふふ」
緊張していた体から力が抜け、自然と口元が緩んだ。
「お許しを!お許しを!」
王太子に不敬を働いたとして、護衛によって茶会から引き摺り出される異母妹のことも、もう気にならない。
クオーレは、スーッと心が軽くなって、やっと前を向くことが出来た。
クオーレちゃん、頑張れ!
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