十一話 黒い影と浄化の光
ススロット侯爵家に来て数日が経った。
リベルタ、トワレ、クルーガーの三人は、与えられた狭い工房の中で作業をしているフリをしながら『ただの小さなバッグ』を作っていた。
いや、『ただの小さな趣味の悪いバッグ』だ。
メンティラの要望を聞くと、生地は赤のベルベット、そこに金糸の刺しゅうを施して真珠を散りばめるようにと言われた。
材料は一応ススロット侯爵家が揃えていたものを使っているが、材質はあまり良くなく明らかに安いものばかり。
見た目の派手さのみを追求した作りをご希望のようだが、三人の創作意欲は全く湧かない。
とりあえず、布を切ってみたり針に糸を通してみたり、それっぽい魔法陣的な絵を描いてみたりしている。
時々材料や図面の一部が消えることから、何かしらマジックバッグの秘密を探ろうとしていることは察せられた。
「あれ~、またなくなってるぅ~」
演技が壊滅的に下手糞なリベルタが何か言う度に、トワレが笑いを堪えて口元に手を当てる。
それが驚いているように見えるのだから、余程トワレの方が助演女優賞ものだ。
嘘の図面に嘘の魔法陣、型など無視して切った布。
それを馬鹿正直に盗んでいく誰か。
その様子は、クルーガーが天井に設置した魔道具によって録画されている。
のちのち証拠の一つに出来るだろうが、裁判となると事情が違う。
リベルタの時と同じで、裁判当事者が撮った映像は証拠能力が低い。
加工されたり、わざと誤解を招くように撮ったりされる可能性があるからだ。
さっさとこんな所からおさらばしたいが、決定的な証拠が手に入らないようでは難しい。
そろそろ鬱憤が溜まり、リベルタが叫びだしそうだ。
そんな気配を読んだわけではないのだろうが、
「皆さん、お疲れ様」
工房にシャイネンがやって来た。
暴走し過ぎるライトのお目付け役として、シャイネンは、なかなか彼の傍を離れることができない。
それでも隙を見つけては、こうしてマジックバッグ研究会のメンバーの顔を見に来る。
いや、主にリベルタを見に来ると言っていい。
何故なら、
「わぁ! シャイネン先生!」
手に持っていた布を放り投げ、いの一番に駆け寄る彼女が可愛いからだ。
「なんだか、とても久しぶりな気がします」
「朝食の時に会いましたが、確かに、久しぶりな気がしますね」
クルーガーに教えられた『オウム返し』を上手く使って会話しながら、シャイネンはリベルタにお土産を渡した。
精神的にかなり疲れたであろう三人を労う為の甘味だ。
「お茶を淹れて、休憩にしましょうか」
シャイネンが持ってきたのは、王都でも有名なパティスリーのケーキ。
「わざわざ買いに行かれたんですか?」
トワレの質問に、シャイネンはベルトにぶら下がっている四角い袋を軽く叩いた。
それはリベルタがシャイネンの為だけに作ったとっておきのお手製マジックバッグ。
貰って以来、ほぼ彼の腰にぶら下がっていることから、本人も相当嬉しかったのだと分かる。
入れたものの時間すら止めてしまう鞄の重要性は日に日に増しているが、この国の王太后が後見人についていると思われているため面と向かって情報を開示しろとは言えない。
それ故に、今回のススロット侯爵家の様に、なりふり構わず技術を盗もうとする輩が出てくるのだろう。
先日晩餐会に集まったメンツを見ても、金に困っていることに間違いはない。
連日工房内の品物が消えているが、何も秘密を暴けない彼らもそろそろ限界が来るだろう。
「クルーガー、アレをお願いできるかしら」
トワレに言われ、クルーガーはスッと防音魔法を周りに掛ける。
流石は『魔法のデパート』だ。
「トワレさん、無くなった物のリストは出来ていますか?」
「はい、日付と時間もちゃんと記録に残してあります」
「クルーガーくん、録画の調子はどうですか?」
「完璧です。必要なら画像の拡大とかもできます。これは、犯人らしき人物達の顔写真ですが、数が多すぎて笑ってしまうくらいです」
バカ面を晒す面々の多くは、先日の晩餐会に来ていた貴族達だ。
自ら動かなければならないほど困窮しているのだろう。
烏合の衆が集まると、ろくなアイディアが生まれないらしい。
こうして証拠をコツコツ積み立て、何か大きな失態でもしてくれたら王都に帰れる。
この時の四人は、少し気が緩んでいたのかもしれない。
ススススススス
部屋の隅を黒くて小さい何かが、殆ど音をさせずに横切った。
Gにも似ているが、伸びたり縮んだり不思議な動きをしている。
タールのような質感は、リベルタ達の部屋が汚部屋状態だった時に壁に付着していた物と似通っていた。
そして、それは床に落ちていた意味のない魔法陣ぽい絵の上を滑るように移動する。
すると通った後が、ただの白紙に戻った。
どうやら、この物体は自分の意志で知識を吸収しようとしているようだ。
スススススススス
同じ動きをするのは、一体だけではない。
屋敷のアチラコチラに同じような物がおり、徐々に大きさを増している。
コレは一体何なのか?
もしリベルタが見ていれば、今直ぐススロット侯爵家から逃げようと言ったはずだ。
『魔王の残滓』
それは、魔王復活の予兆であり、封印しきれず地上に残った魔王の欠片。
乙女ゲームの中では、ネロの撒いた病原菌のせいで世界は負のオーラに満ちていた。
そこで活性化した残滓は、自己を持って人々を操ろうとしだす。
『治らない病』は、聖女の神聖魔法しか治療方法がなかった。
しかし、もう一つだけ生き残る道があったのだ。
それは、魔王に心を売ること。
人間は魔王と契約を結ぶと、人ならざるものへと姿を変える。
そして、永遠の命を得るのだ。
あの黒い影を飲み込むと、死することも老いることも、そして人を愛することもなくなる。
こうして魔王は、自由に操れる兵隊を手に入れた。
しかし、今はそこまでの力はない。
リベルタが当て馬令嬢から逃げ出し己の道を切り開いたことで、ネロが犯行を思いとどまったからだ。
大きな病気が流行ることもなく、平民も教会で治療を受けられるようになったことで負のエネルギーも魔王を目覚めさすまでには至っていない。
だからこそ、残滓は選んだのだ。
馬鹿な人間の傍で力を溜め、波乱を起こすのをしぶとく待つ道を。
その点、ススロット侯爵家は、負のオーラを多く溜め込んでいた。
ここに集まる人々は、元々不老不死を求めて黒魔術のような儀式を繰り返していた。
乙女ゲームの中では、その者達が永遠の美を求め自ら魔王の欠片を飲み込む様子が描かれていた。
そして魔王討伐隊の邪魔をする最大勢力でもあった。
胸に付ける黒いバッチには、秘密結社の名前でもある『INFINITY』に因んで∞が刻まれている。
無限の命と無限の富の象徴。
前世でリベルタは、
『安直~』
と笑っていたが、今は笑い事ではない。
魔王の残滓が弱体化している間に、何かしらの手立てを打つべきなのだ。
しかし、弱過ぎる故に影のように潜み魔力を殆ど発しない為、誰も気付いていない。
「それでは、皆、あまり無理をしないように」
小さな茶会が終わり、シャイネンが席を立つ。
それに釣られるように立ったリベルタは、彼を見送りに工房のドアまでの短い距離を小走りで移動する。
タタンタタンタタン
嬉しさのあまりスキップすると、足元にフワリフワリと金の粉が舞った。
それはリベルタの体から溢れ出る魔力の粒子なのだが、それに含まれる浄化成分を恐れた残滓が右へ左へと逃げ始める。
しかし幸か不幸かその一つが、
ペシャッ
とリベルタの足に踏み潰された。
その瞬間、完全に魔王の欠片はこの世から消滅した。
たった一つ。
されど一つ消えたことは確か。
リベルタの魔力に、聖女にも匹敵する浄化の作用があることの表れだ。
未来に一縷の望みが生まれたことに歓喜するべきだろうが、そんなこととは気付かず、
「シャイネン先生、又来てくださいね!」
とリベルタは彼の服の裾を持つ。
朝食も昼食も夕食も一緒に摂るのに、まだ一緒に居たいと強請る彼女の頭をシャイネンは、大きな掌で撫でた。
「はい、時間が出来たらなるべく来ます」
指切りしそうな勢いの二人を、クルーガーとトワレは呆れた顔で見つめるが、その目はとても温かい。
シャイネンが去った後、今度はトボトボ帰ってくるリベルタをトワレが抱きしめてやった。
「帰っちゃった」
「いや、同じ屋敷内だろ」
落ち込むリベルタにツッコミを入れるクルーガーの声は、彼女の耳には届かなかった。
昨日の厚顔無恥なお願いに快く応えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
グッドマークが、『よし、任せろ!』と親指を立てる勇者に見えました。
私は前世で世界を救ったのでしょうか?
ここ最近ラッキー&幸せな事が多すぎて怖いです。




