第十話 初めてのお友達
リベルタ達がススロット侯爵家に到着した日の夜、何故か晩餐会が開かれた。
王都から近いとはいえ、皆馬車に長時間揺られてかなり疲れている。
王太子が自分の家に来たという事実を公に披露したかったのだろうが、リベルタ達にとってはいい迷惑だ。
「トワレ、私寝たい」
「右に同じ」
「もっと小さな声で言いなさい」
リベルタ、クルーガー、トワレの間で、こんなやりとりがずっと続いている。
参加者は侯爵家と縁の深い者ばかりで、パッと見ただけでも一癖ありそうな人物ばかり。
でっぷりと反り出た腹を撫でる口髭の男。
カマキリのような顔で周りを物色している女。
そんなお近づきになりたくない面々に、王太子とシャイネンがフロアの中央で取り囲まれている。
クオーレは、名目が王太子の従者ということなので、少年姿で彼の後ろにピタリと張り付いて直立不動を守っていた。
その両サイドに王太子の護衛が立っていなければ、今頃床に倒されてボコボコに踏みつぶされていたはずだ。
そして放置されたのは、マジックバッグ研究会の三人。
中でもリベルタとクルーガーは、眠気と戦う為に華やかなフロアの片隅で皿に料理を山盛りにして爆食し始めた。
ただ一人、トワレだけが不思議そうに招待客達の顔を見ている。
珍しく眉間にしわを寄せる表情に、クルーガーが声を掛けた。
「トワレ、どうかしたのか?」
「ん~、ここに集まっている人達って……結構家が傾き始めたところばかりね」
最後は聞こえないほどの小声だ。
父の商売柄トワレも金勘定が得意で、そのあたりの事情は常に網を張っている。
貴族といっても、全員が金持ちで湯水のように金を使えるわけではない。
足りなければどこからか金を借りなければならず、その時に担保として貴族達は美術品や宝飾品といった実用的ではない『金目の物』を貸主に渡すのだ。
そして、金を返せない場合は競売に掛けられて現金化されるのだが、匿名とは表向きで何処の家が出したものかなどは直ぐに分かる。
なにせ、彼らは一品ものを好む習性があり、それが市場に出回れば手放した人物が誰かなど言わなくても分かった。
貴金属や美術品には興味のないトワレだが、マジックバッグの販売相手が支払い不能な債務者では後で焦げ付くため注意を怠らない。
ここに集まった貴族を見ていると、商品の販売をお断りした家が多数見受けられた。
「ろくでもない所には、ろくでもない奴が集まるってことだな」
クルーガーの言葉に、二人も深く頷き、間違ってもお近づきにならないように三人並んで壁に向かってデザートを食べ始めた。
この時、リベルタがもう少し注意して周りの者の様子を見ていたら思い出していたかもしれない。
彼らの胸元に付けられた黒いバッジが、ある秘密結社のマークであることを……。
やっと晩餐会が終わり、クオーレを心配してなかなか離れようとしないライトをシャイネンが引っ張っていき、各々やっと部屋に戻ることが出来た。
初対面の時の印象が強すぎて、なかなかリベルタに話しかけられないクオーレ。
一方、いつも通り強引にマイウェイなリベルタは勝手に寝る準備を始めた。
さっさと寝間着に着替え、自分に浄化魔法を掛け『トイレに行かない魔法』も掛けると、クオーレの前に来る。
そして、
「はい、では、いかせていただきます」
と一言掛けて浄化魔法を彼女に向かって放った。
一応いきなりぶっ放さないのは、クオーレのカツラを初対面でもぎ取った事をトワレに二時間以上説教されたからだ。
あんな体験は、もう二度としたくない。
ただ、一声かけたから万事OKかと言えばさにあらず。
まぁまぁな風圧を突然浴びせかけられたクオーレは、
「きゃぁ」
と声を上げて仰け反った。
ブワーーーーーーッ
風が吹いたかと思うと良い香りがして、クオーレは全身がさっぱり綺麗になった気がした。
本来なら、これで終わりだ。
しかし風にそよぐクオーレのフワフワの髪が余程面白いのか、リベルタは両手を彼女の顔の両サイドに置くと右から左へ、左から右へと風を吹かせ始めた。
「ふふふふふ、くすぐったいですわ」
自分の髪が顔や首をくすぐるものだから、クオーレは身をよじって笑い始める。
それが益々小動物感を醸し出し、リベルタも楽しくなってきた。
気分は、ペットと戯れる飼い主だ。
「そ~れ、そ~れ」
どれぐらい二人で遊んでいただろう。
気づくとクオーレが泣いていた。
「ごめんなさい、痛かったでしょうか?」
「違うのです。こんなに楽しいのは本当に久しぶりで」
母が亡くなってから、クオーレにとってハート公爵家は針の筵だった。
使用人たちも彼女には冷たく、まるで監視をしているように何処にでもついてきた。
行儀作法の先生であるはずのメンティラ侯爵夫人には嘘を教えられ、八歳から重いカツラを被るよう強要されて、自分の髪は汚いのだと洗脳されてきた。
それが、たった数日で全ての嫌な記憶を塗りつぶすように楽しいことが起きている。
今ではこのフワフワの髪が大好きだし、無理に強い女ぶらなくていいことに心底ホッとしている。
『オーッホッホッ』
などという笑い方なんて嫌いだった。
嫌なことを嫌だと言っていいのだと、初めて知った。
このきっかけを作ってくれたのは、間違いなく目の前にいるリベルタだ。
「ありがとうございます」
「お礼を言われるようなことは何もしていないと思うのですが」
頭からカツラを引っこ抜き、化粧を乱暴にぬぐい取る。
その行為の何処に、感謝される要素があったのかリベルタは首をかしげる。
しかし、それだけのことをしなければ抜け出せないほどの深い闇に囚われていた彼女を、力業で光の下へ引きずり出したのはリベルタなのだ。
乙女ゲームの中では、リベルタ同様誰にも苦悩を知られぬまま朽ち果てるしか無かったクオーレ。
ハート公爵家から抜け出したい。
好きな人に振り返って欲しい。
そんな思いが空回りして、ライトに嫌われる道を一人転がり落ちて行った悲劇の人。
クオーレが乙女ゲームの存在を知ることは一生ないが、彼女にとっての大きな分岐点がリベルタだったことは間違いない。
「その……ベリッシモ伯爵令嬢」
「なんでしょうか、ハート公爵令嬢」
「わたくしも、ファーストネームでお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「え?リベルタと呼ぶということでしょうか?」
「はい」
クオーレは、トワレやクルーガーがリベルタと気さくに話しているのが羨ましくて仕方なかった。
身分など関係なく、本当の親友なのだと互いを見つめる目を見れば分かる。
クオーレの周りにも、幼いころから続く友はいる。
メンティラに見た目を酷く変えられても、離れずについてきてくれた彼女達。
しかし、その一方で苦境に立たされるクオーレを助けてくれようともしなかった。
多分、親から次期王太子妃になるかもしれない令嬢の一人としてお近づきになっておくようにと指示が出ていたのだろう。
一人でもリベルタのような友達がいたら、自分のこれからの人生は楽しくなるかもしれない。
そう感じるクオーレは、間違いではないが、間違いでもある。
楽しくはなるだろうが、巻き込まれて大惨事になる覚悟も必要なのだ。
「ん~、私は構いませんが、それでは、私は何と呼べばよろしいのですか?」
「クオーレと」
「え?呼び捨てですか?」
「はい」
「それは……困ったことになりました」
そんなことをすればヤンデレライトが、目で殺せるほどの殺意を自分に向けてくだろう。
なにせ、彼もまだ『クオーレ嬢』としか呼べていないのだ。
先に呼び捨てにしたら、何をされるか分からない。
「では、シャイネン先生に倣ってクオーレさんでどうでしょうか?」
「さんですか?」
「はい、貴女も私をリベルタさんと呼んでいただければ嬉しいです」
ちょっと物足りないクオーレだが、確かにいきなり呼び捨ては失礼だと思い従うことにする。
「えっと、では、リベルタさん」
「何でしょうか、クオーレさん」
「お友達になっていただけないでしょうか?」
「ん?」
質問の意味が分からず、リベルタは首をかしげる。
それを見て不安になったクオーレは、下を向いてしまった。
「ダメでしょうか?」
「いや、ダメじゃないですけど、現時点でお友達なのではないでしょうか?」
リベルタは、前世二十九歳喪女の時、同僚で歴女兼BL主従マニアのオタクくらいしか会話する相手がいなかった。
しかも、互いに自分の趣味の話を聞いてもらうだけの関係だ。
しかし、この世界に来てからはトワレの育て方が良かったのか『ちゃんと会話が出来る人=お友達』という謎理論が出来上がっている。
全世界の母が初めて学校に入学する子供に願う『友達百人出来るかな』を忠実に全うする子供ともいえた。
「わたくし……お友達でしたの?」
「え?違いましたの?」
「いえ、ちがいませんことよ」
「おほほほほほ、このしゃべり方、とっても疲れますことよ。もう、むり~」
ヤンデレライトが怖くて必要以上にクオーレに丁寧に喋っていたリベルタは、この夜を境に慣れないことをするのを止めた。
何年も小説家になろう様に在籍して昨日初めて知ったのですが(オイッ!)
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