第七話 水飲み鳥ともう一つのマジックバッグ
「シャイネン兄上、そして女性のお二人、では後日よろしくお願いします」
言いたい放題やりたい放題のライトは、満足げな表情を浮かべて研究室を出ていった。
その後ろに、申し訳なさでペコペコと頭を下げるクオーレが続く。
その姿は、永遠に頭を上げ下げする水飲み鳥の玩具のようだ。
カツラを取ったことで頭が軽くなり、首も辛くないらしい。
外で待機していた護衛は、高位貴族とは生半可なことでは頭を下げないと思っていただけに非常に驚いた顔をしていた。
そして、王太子の『やらかし』を自分の謝罪でどうにか許してもらおうとするクオーレの献身に心打たれていた。
「ハート公爵令嬢、足元にお気をつけください」
王太子を守るべき彼らが、自ら進んでクオーレのサポートをする。
そんな彼らにクオーレも、
「ありがとうございます」
と柔らかなほほ笑みとともに声を掛ける。
優れた思考力を持つくせに人の心の機微に疎いライトには、クオーレのように全てを包み込む優しさが必要なのかもしれない。
何故なら、やや傲慢なきらいのあるライトですら、後ろを振り返りクオーレが自分の元まで来るのを待っているのだから。
過ぎたる独占欲は、相手の身も自分の身も滅ぼすだろう。
攻略に失敗した時の彼が、乙女ゲームの中でどのようなヤンデレになったのかリベルタは知らない。
しかし、彼を信頼して身を委ねる子リスを握りつぶすような残虐さは、今のライトにはなさそうだ。
それは、突然積極的に攻めてきたライトにやや怯えながらも、クオーレ自身がその事を受け入れ、喜びを見出しているからだろう。
「クオーレ嬢、お手を」
エスコートするために差し出したライトの手に、自分の手をそっとのせるクオーレ。
リベルタの目には、子犬が飼い主に褒めて欲しくて『お手』をしているようにも見えた。
互いの思いのベクトルが同じ重さで向かい合っているからこそ成り立つ絶妙なバランスがそこに存在した。
『ハート公爵令嬢に、拍手』
リベルタは、心の中で勝手にクオーレへスタンディングオベーションをした。
ヤンデレは、病まなければ『ヤン』にはならないのだ。
『ハート公爵令嬢、グッジョブ』
リベルタは、拍手に続いて親指も立てて前に突き出した。
勿論、心の中だけで。
一人で『ハート公爵令嬢賞賛の儀』を終えたリベルタは、満足げに頷いていた。
その肩に、ポンとトワレが手を置く。
「ところでリベルタ、貴女、ハート公爵令嬢と会うのは初めてではないわね?」
目ざといトワレは、気づいていた。
クオーレが一瞬リベルタに怯えた視線を向けて、慌ててそっぽを向いたことを。
「ワタシ ナンノコトカ ワカラナイ」
「分からない人間は、そんな受け答えはしないものよ」
「ふぇっ」
トワレに嘘はつけない。
正直に全てを話し、前世日本人らしくジャンピング土下座をする。
「すんませんでした!」
「謝る相手は、私じゃないでしょ!」
正論でバッサリ斜め切りされたリベルタは、エーンと嘘泣きをする。
それが更にトワレを怒らせ、
「今度会った時に、ちゃんと謝るように!」
と怒られた。
「ひぃ~、はい!はい!はい!」
「はいは、一回!」
「はい!」
男爵令嬢にガチギレされて謝る伯爵令嬢。
トワレが居なければリベルタは、きっとロクな人間に育っていなかっただろう。
褒めて育てる実母フローラとビシッと締める第二の母トワレがいたからこそのリベルタなのだ。
ひとしきり反省するリベルタを見た後で大きく溜息をついたトワレは、
「じゃ、帰ろうか」
とリベルタに手を伸ばした。
「トワレしゃん、マジ、神」
理由のわからない賛辞を贈りながら、リベルタはトワレの手に飛び付いた。
先程のクオーレ以上に犬くさい。
その背後から、
「悪いのだけれども少し時間を貰ってもいいだろうか?」
シャイネンが二人に声をかけた。
未だにここは、シャイネンの研究室なのだ。
そして、その呼びかけに振り返ったのは、リベルタだけ。
トワレは微笑みながら、
「辻馬車を拾って先に帰っているわね」
と言って手を離した。
そして、リベルタにウィンクをすると、その手を振って部屋を出ていく。
「あ、トワレ!」
リベルタが止めるよりも早く、目の前でドアは閉まった。
研究室に二人きりになってしまう状況に、
「流石に、この状況は予想していなかったな」
とシャイネンも困惑を見せる。
トワレも残るものだとばかり思っていたのは、リベルタだけではなかったらしい。
シャイネンは、人差し指で顔をポリポリ掻きながら、
「じゃあ、少し外で話そうか」
と優しく微笑んだ。
それだけで腰砕けになりそうな魅力が溢れている彼に、リベルタは、
「五秒クダサイ」
と言って、垂れた鼻血をハンカチで拭った。
「ライトの事を、許してやって欲しい」
シャイネンの一言目は、それだった。
二人が来たのは、学園内にあるカフェテリア。
二階のベランダから見る庭園の景色は素晴らしく、そして教師と生徒が利用しても変に思われることもない。
他の生徒が授業中ということもあり、客はシャイネンとリベルタだけ。
テーブルにケーキと紅茶を運んだ後、給仕を終えたスタッフはキッチンへと姿を消している。
それでもシャイネンが抑え気味の声でリベルタに話しかけるのは、公に話すのが憚られる内容だからだ。
「先王の時代、側妃を受け入れざるを得ない状況だったのは知っているね?」
「はい」
若くして王となった先王は政治的バランスをとるために、各派閥が推す女性を後宮に受け入れ、そして多くの王子が生まれた。
現在の王がヴィッセンに決まるまでの壮絶な後継者争いは、未だにあちらこちらにしこりを残している状態だ。
だからこそ、ヴィッセンは王妃しか娶らなかった。
子供が、ライトだけしか生まれなかった後も、その決意は変わっていない。
唯一の王子にして、唯一の跡継ぎ。
表面上スペアのない彼は、王になることを生まれながらに決められた子供だった。
しかし、本当にスペアが居ないわけではない。
先王の血を引く王子は、後宮が解体された際に生母の家に引き取られ、そこで虎視眈々と王の座を狙っている。
年齢は、ヴィッセンとライトの間位が一番多い。
既に子を成している者もいて、我が子を王位にと夢見る者もいるようだ。
それ故に、幼い頃から命を狙われ続けてきたライトが、他人に対して必要以上に攻撃的になる下地は生まれる前から整っていた。
どうにもならない状況で、彼の捻くれた性格が形成されたのも致し方ない結果なのかもしれない。
「うわー、エグいですね」
同情してもおかしくない状況を、リベルタはその言葉で一蹴した。
正直彼女には関係ないし、シャイネンの親戚でなければ闇夜で二三発魔法を撃ち込んで逃げたいくらいには嫌いだ。
ただ、シャイネンが許して欲しいと言うのなら、許さないという選択肢はリベルタにはない。
「許しましょう。女に二言はありません!」
何様かと思われる程尊大な笑みを浮かべて頷くリベルタに、シャイネンは優しく目を細める。
「ありがとう」
「え?あっと……はい、では、頂きます」
シャイネンの声音の甘さに気付いたリベルタは、急に湧き起こった羞恥心を隠すようにケーキに手を伸ばした。
しかしお貴族様仕様のミニケーキでは、大口のリベルタでは二口で終わってしまう。
その後温くなった紅茶を一気飲みすると、
「結構なお点前で」
と抹茶を飲んだ人のような感想を述べて両手を合わせた。
そして、次の句を考えハエのように両手をスリスリしていたのだが、ふと何かを思い出したようだ。
「シャイネン先生にお渡ししたいものがあったのです!」
リベルタが自分のマジックバッグから取り出したのは、渋い茶色をした革製のウエストポーチ。
ベルトに四角い単行本くらいの大きさのカバンがぶら下がっている。
見るからに収納力は無さそうなのだが、
「これも、マジックバッグですか?」
「はい!」
満面の笑みで頷くリベルタに、シャイネンはこめかみを抑えた。
軍事利用をさせないために、マジックバッグの用途は今まで貴族女性が持つ小さなバッグだけに限定されてきた。
しかし、このカバンの登場で、軍部が黙らなくなる可能性がある。
「リベルタさん、このカバンは……」
「私特製、先生だけのカバンです!ほら、ロゴも!」
カバンに付いている小さな金のプレートには、
『S&L』
と入っている。
シャイネン・アンド・リベルタ。
どこのバカップルだと突っ込まれそうな品だ。
更に、
「ここに付けてあるダイアルを回すと、普通のカバンになります」
と実践してみせた。
この機能は、リベルタなりに考えてのことだった。
折角シャイネンが兄であるヴィッセンに口添えしてくれてマジックバッグ製作を政治利用しないようにしてくれているのだ。
下手に別の商品を出す危険性くらいわきまえている。
「それは……凄いですね」
シャイネンは、リベルタから鞄を受け取ると、自分の手でも色々と試してみて感嘆のため息をついた。
「しかし、貰えません」
そっと押し返してくるシャイネンにリベルタは、
「これは、正当な報酬です!」
とずっと温めてきたセリフを吐く。
「シャイネン先生は、裁判の時に無償で私の弁護人になってくださいました。だから、これは、その報酬です!」
フンフンと鼻息荒く力説するリベルタに、鞄を持って帰るという考えはない。
受け取ってくれなければ、今ここで破壊するぞと脅しをかける勢いだ。
「それは……困った」
下手をしたら国宝級の鞄だ。
しかも、大切に思う女性からのプレゼント。
「では……今回は、報酬ということで受け取りましょう」
「よっしゃ!」
ガッツポーズを取るリベルタに、シャイネンは胸の中がポカポカとしてくる。
自分が人を好きになることも、誰かを特別に思うこともないと思っていた。
こんな感情が自分の中に眠っていたことに驚き、そして嬉しく思う。
「ありがとうございます。リベルタさん」
それは、バッグに対してだけでなく、彼女がこの世に存在すること自体への感謝の言葉だった。




