第六話 デレデレヤンデレ
トントントン
「シャイネン先生、いらっしゃいますか?」
わざわざ制服に着替えて学園にあるシャイネンの研究室まで来たリベルタは、トワレの手を握ったまま反対の手でドアを叩いた。
まるで、友達を遊びに誘いに来た小学生の図だ。
いつもなら、
「どうぞ」
という返事と共に扉が開かれるのに、何故か今日に限って、
「なにかな?」
と隙間から目だけを覗かせてこちらの様子を窺っている。
「あの、今度の休暇、お暇ですか?」
「なぜ?」
「えっと……」
普段と違うシャイネンの緊張感のある声に、リベルタは部屋の中に誰かいるのだと感じた。
そして、自分達に知られたくない相手なのかと少し悲しく感じる。
ショボンと肩を落とすリベルタに代わり、トワレはここに来た事情を手短に説明した。
「五十周年記念?」
「はい、出来たら願いを叶えてあげたいなと思いまして」
すぐに返事をしないシャイネンに、トワレまで緊張してくる。
普段温和で気さくなシャイネンが、このような態度を取ることは本当に珍しいことなのだ。
次の句が続かない上に隣に立つリベルタが益々しょぼくれてしまって、こんなことならクルーガーを連れてくれば良かったとトワレは反省した。
彼ならば、きっと、
『何隠してるんですか!』
と言いながら強引に扉を開けただろう。
その辺が気遣いの出来ないところではあるが、打開策としては今欲しい一手だ。
しかし、その救いの手が研究室の中からもたらされる。
「それは、面白そうだね」
バンとドアが開いたかと思うと、中からピンクブロンド頭が出てきたのだ。
「あ、王太子」
「こら、リベルタ、ダメでしょ、称号で呼び捨てにしちゃ!」
慌てて頭を下げて深く礼をするトワレとポカンと口を開けて見上げるリベルタの対比に、ライトの方が笑い出す。
「気にしないで大丈夫だよ。君は、トワレ・シュクセ男爵令嬢だね?会いたかったよ」
手を差し伸べられて、トワレは恐る恐る握手をする。
その横で、リベルタは首を伸ばして部屋の中を覗いていた。
少し薄暗くて見えにくかったが、人影が見える。
良く目を凝らすと、そこには前日より酷いメイクをされたクオーレ・ハート公爵令嬢が座っていた。
髪の毛は、例のカツラ。
目の周りはパンダの様に黒く塗られ、不必要に赤い口紅は、本来の唇よりも大きく輪郭をとって塗られている。
まるで、生肉を食べたばかりの猛獣のようだ。
「まぁ、なんて酷い!」
遅れて気づいたトワレも、その様子に絶句する。
クオーレの傍に走り寄ると、安心させるように、そっと手を包むように握った。
「はじめまして、私の名は、トワレ・シュクセと申します。少しメイクを直させていただいてもよろしいでしょうか?」
昨日のリベルタとは比べものにならない大人な対応だ。
リベルタがカツラを掴んで捨てたと知られたら、後でトワレから大目玉をくらわされることだろう。
自分は知らない人ですよと言わんばかりにリベルタは、
「すーすーすー」
と下手な口笛を吹いて横を向くが、余計それが怪しい。
チラリとリベルタを見たトワレは、眉間にシワを寄せたが、
「えっと……あの……よろしくおねがいいたします」
と重い頭をフラフラさせながらクオーレがお辞儀するするものだから、慌ててそちらに向き直った。
「はい、では、直させていただきますね」
「お手間を取らせてしまって、申し訳ございません」
丁寧にお礼を言うクオーレからはツンは完全に鳴りを潜めており、ヘニャリと力なく笑う姿はデレ一択だった。
多分昨日リベルタに隠していた姿のすべてを暴露されてしまい、もう隠すのを諦めたのだろう。
その姿を見たトワレは、
「え、やだ、可愛い」
思わず本音が漏れてしまった。
しかし、慌てて気を取り直し、
「リベルタ、マジックバック!」
と、まるで手術中のドクターの様に声を掛けた。
なにせ大容量なことを良いことに、リベルタは、ありとあらゆるものを突っ込んでいるのだ。
そして、取り出したい物を想像すると、きちんと手元に出てくる優れもの。
「え~、ちょっとやだな~」
トワレが自分以外の女の子に優しくするのに拗ねる赤ちゃん返り中真っ只中な元二十九歳喪女。
かなり、痛い。
しかし、トワレに逆らうこともできず、
「先ずは、化粧品一式と櫛!」
と命令された物をマジックバックから渋々取り出す。
マジックバッグには、最初に登録した者だけしか使用できないよう制限魔法が掛けられているからだ。
そこからは、昨日の突貫工事とは比べ物にならない丁寧な手さばきで、クオーレは、再び子リスちゃんへと生まれ変わった。
「ふぅ。可愛く出来たわ」
自分の仕事に満足げなトワレに、
「え~、私の方が可愛いと思うけど」
とリベルタは、意味不明な対抗心を燃やす。
「はいはい、リベルタが一番ですよ。それで、シャイネン先生、一体何が?」
慣れたトワレは、落ち着かせるようにリベルタを軽く抱きしめた後、シャイネンに向き直った。
「それは、私から話そう」
人の会話に勝手に入り込んできて怒られないだけの地位がある男は、自然と主導権を握るのが上手いようだ。
ライトは、他の誰もが口出しできない状況を作り出し、勝手に話を始める。
「彼女は、ずっと嘘を教え込まれていてね。私の好みが母と同じ金髪だとか、化粧は派手な方が好きだとか、強い女性が好きだとか……、まぁ、ほとんど反対なんだけれどもね」
どうやら、彼女の周りにいる人物達が、そうとう曲者らしいということは分かった。
「特に、彼女の教育係として長年勤めている、メンティラ・ススロット侯爵夫人なんだが」
「「え?」」
ライトの言葉にリベルタとトワレが反応したのには訳がある。
何故なら、
「シャイネン先生……さっきお話しした五十周年の記念マジックバックをご希望されていらっしゃるのが、実はススロット侯爵なんです」
とトワレが説明した。
ということは、贈られる相手は、クオーレの教育係であるメンティラ侯爵夫人。
「え~、やだな~、そんな人のバッグ作るの」
めちゃくちゃやる気を失ったリベルタは、既に帰りたい気持ちになっている。
しかし、ライトは逆にやる気を漲らせているようだ。
「それはいい。内部から調べる為にも、ぜひその仕事に同行しようじゃないか」
勝手に話を進めようとするライトを、
「王太子が、勝手に王都を離れていいのかい?」
とシャイネンが諭す。
「シャイネン兄上がご一緒なら、問題ないでしょう?」
どうやら、無駄に頭脳明晰な王太子は、父ヴィッセンの信頼が厚いシャイネンまで巻き込む気満々のようだ。
そこに、
「あの……」
当事者なのに完全に置いてけぼりだったクオーレが、決死の思いで声を上げる。
「殿下。私のようなものの為に、御身を危険にさらすことはなりません。どうかお止めください」
プルプル震えながら言う子リスのなんと可愛いことか。
あのリベルタまでが、一瞬時を忘れて『動物園の小動物ふれあいコーナー』にいる気分を味わう。
「私は『なんて』って言葉が嫌いなんだ。君は、私の婚約者なのだろう?」
グイっとクオーレに近づき上から彼女を見下ろすライトの目が、スーッと細められる。
「いえ、まだ『候補』です」
「でも、なりたいんだろう?私の未来の伴侶に?」
グイグイと迫られ身を縮めるクオーレは、既に涙目だ。
そして、そんな彼女の姿を見て、益々ライトは楽し気に近づいていく。
「あ、ヤンデレ」
リベルタはポンと手を叩き、喉の奥の魚の小骨のような違和感が晴れたのを喜んだ。
前世のゲーム廃人専用スレに書かれていた、『闇落ちしたら恐ろしい攻略対象堂々一位』の男。
それが、王太子であるライト。
ゲーム本編での接触が殆どなかったため、すっかり忘れていた。
なにやら板情報によると、攻略を失敗すると閉じ込められて一生外に出られないようにされるルートがあるらしい。
恐ろしくて、その夜はトイレに行けなかったのを思い出した。
「何か言ったかい?リベルタ嬢」
「ワタシ ナニモ イッテナイ」
急にたどたどしいしゃべり方になるリベルタに向かい、片方の眉だけクイッと上げるという離れ業を行うライト。
もう、ちびりそうで、帰りたくて仕方ない。
「いや~、楽しい旅になりそうだ」
こうして、ヤンデレ、もとい監禁魔の手に陥ったマジックバック研究会の面々は、見たこともないススロット侯爵領へ向かうことが決定づけられた。




