第五話 序列第三位
シャイネンとの幸せランチを終えて帰ってきたはずのリベルタが、
「ん~、なんか喉の奥に魚の小骨が引っかかている気分」
と独り言を言った。
トワレと一緒に住む店舗の二階で寛ぐ彼女は、今日会った王太子と元ザ・悪役令嬢(子リス)を思い出してウンウン唸っている。
彼女自身、シャイネンとの関係に進展があったことで天にも昇る気持ちになっているのは間違いない。
しかし、前世の記憶で何かを忘れているような気がした。
フレイルルート周回廃ゲーマーは、他の攻略対象関連情報は最初から覚える気がなかった。
それでも記憶の片隅にこびりついている『何か』は、多分とても大切なことなのだろう。
「ま、いっか」
考えても解決しないのなら、忘れるに限る。
リベルタは、結婚式の用意をするトワレの邪魔をすることにした。
「トワレ、お腹空いた」
「さっき、夕食食べたでしょ?」
「おやつちょうだい」
「缶の中にクッキーがあるから、勝手に食べなさい」
どこの親子の話だと突っ込まれそうだが、これが二人の日常だ。
一生懸命招待状の宛名を書いているトワレの背後に寄ると、
「かまって~」
とリベルタが抱き着く。
卒業後の結婚を終えると、トワレは、トワレ・シュクセとなる。
そう、何を隠そう、名前は変わらない。
何故なら、クルーガーが婿入りすることが決まったからだ。
一代限りといわれた男爵位だったが、マジックバッグの功績によりトワレとクルーガーの代も男爵を名乗って良いことになった。
本人達は、
『別にいらないんだけど』
『まぁ、そう言うなよ。お義父さんも喜んでいるんだから』
とやや後ろ向きに捉えている。
領地があるわけでもなく、名誉だけが与えられ逆に国外への逃亡を阻止される足枷。
それでも、リベルタがこの国にいるうちは離れるつもりもない。
だから、あってもなくても同じなのだが、大人たちの思惑に左右されているようでちょっと癪なのだ。
「はいはい、分かった、分かった」
トワレは、首元にグリグリと顔を押し付けてくるリベルタを右手で押し返しながら立ち上がった。
そしてクッキーをお皿に載せて、
「はい、どうぞ」
とリベルタの前に置く。
その眼差しは優しく、正しくママと言っても間違いはない。
トワレに大切にされていることをもっと味わいたいリベルタは、
「ミルクも欲しい」
とニヘラと嬉しそうに脱力した笑みを浮かべた。
何かをやれば次に何かをおねだりする。
これも又、ママ大好きっ子と同じ行動パターンだ。
「もぉ、これが最後だからね」
と言い聞かせながら、赤ちゃん返りをしてしまったリベルタの為にミルクを取りに行った。
あと少しで離れて暮らすようになることを寂しいと思っているのは、リベルタだけではないのだろう。
「最後とかって言わないでよぉ」
リベルタは、言葉尻を取って眉を下げながら情けない声を出す。
二人のここでの生活は、そろそろ終わりを迎えようとしていた。
リベルタがニ階に居座っていることに、唯一不満を持つ男。
それは、クルーガー・オンブラだ。
彼も徐々に荷物も持ち込んでおきたいところだったが、番犬リベルタが鼻をきかせている為入室すらさせてもらえない。
『お前、いい加減にしろよ』
と毎日リベルタに嫌味を言うのも仕方ない。
百年越しに手に入れた未来の花嫁と、少しくらい甘い時間を過ごしたいと思うのは過ぎた望みではないはずだ。
なにせ前世賢者だった記憶があると言っても、今のクルーガーは間違いなく思春期男子。
指先を絡めたり、見つめ合ったりするだけでは摂取できないトワレ成分が欲しかった。
そこで、クルーガーは元賢者らしく頭を使うことにした。
前回の論文提出の件だけでなく、少しでもリベルタとシャイネンを二人きりにしようと躍起になっている。
そうすれば、自分もトワレと二人きりになれるからだ。
シャイネンをサポートし、さっさとリベルタとくっつけて、トワレを戻してもらう。
なんと良い計画だろうと自画自賛している。
腹黒さを前面に押し出したやり方で、実に姑息だ。
その一環としてシャイネンを唆し、リベルタを昼食に誘うように仕向けた。
まさか、彼が子供の参観日を見に来た父親のような恰好をして、プロポーズをするような高級店を予約するとは思っていなかったが、本人たちが楽しそうだったので良しとした。
ある時、
「本当に、じれったい」
ポツリと呟いたクルーガーに対して、トワレが、
「そう急かさないで」
と言ったことがあった。
そして、
「私達、リベルタのお蔭でお互いの気持ちに気づけたんだもの。今度は、見守る番だと思うわ」
と言葉を続けた。
その一言で、クルーガーは、トワレ自身も四年共に暮らしたリベルタと離れるのが寂しいのだと察する。
「ん~、これは困ったな」
彼は頭をガシガシ掻きながら、もっと別の攻め方をしなければと思考を巡らせる。
何故なら、当のトワレがリベルタと離れることに消極的なことが分かり、作戦変更を余儀なくさせられたからだ。
いくら彼女と居たいと言っても、悲しい顔をさせたら本末転倒。
何か良い案が無いかと探っていると、トワレの父から打開策となりうる一報が入った。
ある貴族がマジックバックを特注で作って欲しいと言っているらしい。
妻の要望を全て取り入れた世界で一つだけのバッグ。
結婚五十周年を迎える記念に贈るプレゼントということだった。
そこで、開発者である三人を招待し、彼の領地内で商品を完成して欲しいと要望があった。
この仕事を受けるかどうか、三人は伯爵家の研究室で話し合うことにした。
テーブルの上には、山盛りのお菓子。
リベルタは、しゃべるよりもモグモグ口を動かすのに忙しい。
そんな彼女の前で、
「五十周年に特別な物を贈りたいだなんて、ロマンチックね、クルーガー」
「俺達の五十周年は、もっとすごいものを贈るよ」
いちゃつく二人は、注文主の思いに応えてやりたいと俄然やる気を見せる。
しかし、申し訳ないがリベルタは全く興味がない。
「なんで、わざわざ現場まで行かなきゃいけないわけ?」
確かに、材料も道具も王都の方が揃っている。
「世界に一つだけだから、全部手縫いでしろって?無理よ!」
プリプリ怒るリベルタの耳元に、クルーガーが、
「保護者として、シャイネン先生について行ってもらうのはどうだ?ちょうど休暇も近いし」
と囁いた。
「なんですって?」
「途中で観光もできるし、美味しい地元の料理とかも食べれるかもな」
「乗ったわ」
今日も安定のチョロさで腹黒に乗せられるリベルタを、トワレは心配そうに見つめる。
「なんか、その辺の石ころを高値で買わされそう」
そうでなくても、やや金銭感覚が壊れているリベルタは、放置すると恐ろしく高価なものを平気でプレゼントしようとする。
この前も、婚約祝いにと自分の背丈くらいある西の国特産の花瓶を背負って伯爵家から帰ってきた。
トワレに、
「返してきなさい!」
と捨て猫を拾った子供の様に怒られていたのは記憶に新しい。
「リベルタ、先ずは、シャイネン先生に確認を取った方が良いと思うけど?」
「いいことに気が付いたわね!じゃぁ、行きましょう!」
ガシッとトワレの手を掴むと、リベルタはズンズンと歩き研究所の外へ出ていく。
しかし、テーブルの上は食べ終わったお菓子の包装紙や飲みかけの紅茶が載ったままだ。
「おいおい、片付けがまだだろ!」
クルーガーが呼べど叫べど振り返らないリベルタと、
「ごめんなさい、片づけておいて~」
と手を振るトワレと、
「ふざけんなよ」
といいながらゴミを袋に突っ込みだすクルーガー。
彼が序列第三位だと、見事に反映された一幕だった。
今日は、もう一話投稿します。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




