第四話 子リスとスコティシュフォールド
『マジックバッグは、正に奇術だな』
とシャイネンは変な感心をする。
それほど多くの物を次から次に取り出しては、リベルタはクオーレを変身させていく。
自作の化粧落としシートを使いクオーレの厚塗りメイクを全て落とし切った後、化粧水をはたき乳液を塗り込み下地を整える。
そして、素肌を生かし薄付きファンデで肌に輝きを足し、アイメイクも控えめに引く。
眉は、緩やかなカーブを描き柔らかな印象にした。
可愛いおちょぼ口には、逆に目立ち過ぎないようにベージュピンクを乗せる。
クシャクシャになっていた髪にはスチームを当てて適度に伸ばし、最後はヘアクリームを塗ってボリュームを抑えた。
そして出来上がったのは、黒目の多いつぶらな瞳をパチパチと瞬きさせる子リス。
ちょっと大き目な前歯が、更に愛らしさをプラスしていた。
「そんな……」
今まで逃げまくっていたライトは、ちゃんと彼女を見ていなかったことに申し訳なさと後悔が湧いてくる。
初めて会った日、緊張した面持ちで挨拶をするクオーレに感じの良さを感じていた。
しかし、会うたびに変わっていってしまう彼女に勝手に幻滅し、勝手に諦めてしまっていた。
「私は、何を見ていたんだ」
王太子という立場ばかりがクローズアップされ、人が内面を見てくれないと不満に思っていた自分が、同じことをクオーレにしていたのだ。
攻略対象であるライトが、乙女ゲームの中では聖女が気づかせてくれた事を、己の思考回路で導き出せたことは偉いと褒めてやってもいい。
しかし、彼の台詞にリベルタは、
『それって、何も見てなかったってことですよ』
と突っ込みたくて仕方なかった。
だが、相手は王太子。
口をムニュムニュ動かして黙るしかない。
一方で、手鏡で自分の姿を確認させてもらったクオーレは、その変貌ぶりに目を限界まで見開いていた。
嫌いだった焦げ茶の髪が、しっとりとした触り心地で丁度よいウェーブを描いている。
頭を左右に振ると、少し遅れて毛先が揺れた。
頭痛を我慢して被っていたカツラよりも、ずっとずっと好きになれた。
なんとなく良い雰囲気が流れ出した研究室だったが、
「じゃ、そういうことで」
テキパキと片づけを終えたリベルタは、その後のことは興味なしとばかりに別れの挨拶をする。
このままここに居ては、厄介事に巻き込まれると本能が知らせているからだ。
「いや、ちょっと待て」
王太子の呼びかけにも、
「待ちません。シャイネン先生、行きますよ~」
とドアを開けて外に飛び出していった。
「悪いな、ライト。そういうことだ。後は自分でどうにかしろ」
結局置いて行かれてしまったライトとクオーレ。
独身の男女二人が一つの部屋にこもっていては、要らぬ噂を広めることになる。
「クオーレ嬢、教室まで送ろう」
今はまだ昼。
授業は午後からもあるのだ。
「はい」
嵐のようなリベルタが去りやっと平常心を取り戻したクオーレは、慌ててお淑やかさを装って椅子から立ち上がる。
しかし、
グゥ~~~~
そこに響く無情な音。
クオーレはお腹を押さえて再び座り込んだ。
「申し訳ございません」
「い……いや、そんなことは…ははっ……悪い。笑うつもりでは」
恥ずかしさで丸まってしまった彼女は、益々子リスに見える。
今までの全てをなかったことにすることは無理だが、これから少しは歩み寄れるのではないかとライトは思った。
「では、教室の前に、食堂へ行こう」
「え?」
「先ずは、お腹いっぱい食べよう。腹が減っては戦はできぬからな」
一体何と戦うのだ?と突っ込む者はここには居ない。
ライトは、生まれて初めて行く食堂へと足を向ける。
学食は、階級に分けた区分けがされており、上位貴族と下位貴族が同席することはないが、王族が自らそこへ行くことはなく、別室に運ばれるのが常だ。
「クオーレ嬢は、食堂で食べたことはあるのかな?」
「わたくしは、お友達と行きます」
「へぇ。意外だ」
もっと高飛車だと思っていた。
それが、友と気さくに食堂で食事をするという。
「もっと色々と話を聞かせてくれるかい?」
「わ、わたくしでよろしければ」
強すぎた押しも相手が逃げるからであって、相手から押されると途端に弱腰になる。
ツンデレ令嬢あるあるだ。
そんなクオーレの姿に、ライトは、愛らしさを感じた。
「あぁ、私は、とても時間を無駄にした気がするよ」
そう言いながら、彼女に偽の情報を掴ませ長い間あのようなカツラを被せ続けた人物を考える。
『ちょっとやそっとのことでは、許せそうにないな』
乙女ゲームの攻略対象の中でも、最も地位が高く、最も気品があり、最も復讐心の強いのがライト。
人を手駒にするのは得意だが、人に駒扱いされるのは嫌いだ。
「クオーレ嬢、まずは、犯人探しからしようか」
酷薄に唇を上げるライトの顔は、次期国王に相応しい冷徹さが見て取れた。
「シャイネン先生、これ、本当においしいです!」
喜ぶリベルタを前に、シャイネンは食事の味がしない。
それを人は、緊張と呼ぶ。
今まで軽く受け流せたことも、自分の気持ちを意識し始めると途端に過剰反応になった。
このレストランも、もっと気さくな食堂でも良かったのに、力が入り過ぎてなかなか予約が取れない高級店を選んでしまった。
今日この場でプロポーズでもするのかと聞きたいほどの張り切りぶりだ。
リベルタもリベルタで、二人きりなどというシチュエーションがなかったため、美味しい美味しいと連呼するしかない。
要するに、上辺だけの会話しかしていないのだ。
今までなら、軽く言えた「大好きです」が、この場では「愛しています」くらいの重さに感じられて口にできない。
何故なら、今シャイネンがこちらを見る目が、鏡で見る自分の目に良く似ているからだ。
好きで好きでたまらない人を、一瞬たりとも見逃したくないという欲望が溢れている瞳。
嫌いな人に向けられたら虫唾が走るが、好きな人に向けられたら心臓が口から出そうになる。
「えっと……さ、さっきの人達、大丈夫ですかね?」
取ってつけたような会話だが、今は、それくらいしか思いつかない。
「ライトとクオーレさんのことかな?」
「はい」
「まぁ、ライトは、追われるより追う方が好きそうだから大丈夫だと思うよ」
クスクス笑うシャイネンは、完全にクオーレを獲物(子リス)扱いしている。
ライトは、表面上は爽やかさを前面に出した理想的な王子だが、内なる闘争心は並々ならぬものがある。
十七歳にして騎士にも劣らない筋肉をつけているのも、シャイネンに対する対抗意識から鍛錬を続けた結果だ。
七歳差の父の従兄弟は、常に彼の前を歩き続ける目標でありライバルだった。
同じ結界魔法の能力を持つだけに、比べられることも多い。
負けず嫌いな彼にとって、年齢を理由に負けを受け入れるのは納得がいかなかったのかもしれない。
そんな狼のようなライトに追いかけられて、子リスがどこまで逃げきれるものなのか。
「クオーレさんも、わざわざ厄介な奴に捕まりに行ってしまったものだよ」
不思議と他人の話をしていると、自分達のことが気にならなくなるものらしい。
いつものように軽い心持で話していると、リベルタが安堵したように息を吐いた。
「良かった」
それは、ライトとクオーレの話ではなく、自分とシャイネンのぎくしゃくとした雰囲気が和らいだことに対する安堵の言葉。
ちょっと垂れ目な瞳をウルウルとさせ、フンワリとほほ笑むリベルタは、猫で例えるならまるで幼いスコティシュフォールドのようだった。
それを見たシャイネンは、つい手を伸ばして毛並みの良い猫を撫でるようにリベルタの髪を撫でてしまった。
「ひぇ」
リベルタは、驚きで変な声が出た。
しかし慌てて手で口を押えて、上目遣いでシャイネンを見上げる。
あちらも真っ赤だが、こちらも真っ赤だろう。
そして、横で給仕をしていたウェイトレスも真っ赤だった。
「あの……リベルタさん、少し話を聞いてもらえるだろうか?」
「は、はい」
「急にこんなことを言っても信じてもらえるか分からないが、私は、君を大切に思っている」
真剣な声音に、リベルタは、
「そ、それは、なんとなく、はい」
と、ハンカチで顔を半分隠しながら答えた。
「それで、少しずつでいいんだ。話をする時間を私にもらえないだろうか?」
シャイネンが自分に向ける眼差しの熱さに、リベルタは気を失いそうなほど狼狽えている。
人間は、感情の許容範囲を超えると、まともに声が出なくなるらしい。
「ひは……へ……へへへへへ」
笑ってごまかせる状態でないのは重々承知なのだが、口から『へ』しか出ないのだ。
こんなことでは嫌われてしまうと焦った、リベルタは思わずテーブルの上にあるシャイネンの手をガッシッと掴んでしまう。
そして、頭を上下にヘッドバンキングのように振り、必死に『YES』を伝えた。
「あぁ……良かった」
シャイネンの安堵の声を聴いて、
『あぁ、良かった』
とウエイトレスも心の中で祝福した。




