第三話 悪役令嬢クオーレ
扇で口元を隠して今にも、
「おーっほっほっほっ」
と笑い出しそうな悪役令嬢の登場に、リベルタは顔を引き攣らせながら後ずさる。
『めっちゃ面倒くさそう』
それが、彼女に対する第一印象だった。
彼女の目的が王太子だけなら、どうぞ持って帰ってくださいと心底思っている。
しかし、そうは問屋が卸さぬようで、縦巻ロール少女はキッと鋭い眼差しをリベルタに向けた。
「そこの貴女、わたくしの婚約者に色目を使わないでいただけないかしら?」
ツン
鼻先が上に向き、
『あぁ、これがマジモンのツンか』
とリベルタは思った。
だが、自分より小さな少女が虚勢を張っても怖くない。
キャンキャン鳴く小型犬みたいなものだ。
「まぁ、無視をされるのですか?思っていることがあれば、言えば良いではないですか!」
綴じた扇をビシッと目の前に突き付けられても首をかしげるばかり。
興味のないことへのリベルタの反応の悪さはナマケモノレベルだ。
「リベルタさん、彼女はハート公爵家長女のクオーレさんです。学年は、貴女の一つ下ですよ」
見かねたシャイネンが説明しても、
「はぁ」
と正に糠に釘、暖簾に腕押しといった反応しか返ってこない。
「シャイネン先生、私、帰っていいですか?」
「んー、それは私が決めることではなさそうだね。それに、今日は私とランチのはずだけど?」
「そうだった!益々、早く行きましょう!」
自分を無視し続けるリベルタに、クオーレのこめかみはピクピクと波打っている。
怒りで真っ赤になる王太子の婚約者(仮)を見ながら、シャイネンは苦笑した。
実はシャイネンは、昔から彼女を良く知っている。
王太子の婚約者候補の一人で、ライトが逃げ回っている人物だ。
兎に角押しが強く話を聞かない。
ライトの周りに女性が近づけば、それが三歳児だろうが老婆だろうが牙を剥く。
幼いころはここまでではなかったと記憶しているが、婚約者候補をなかなか一人に絞らないライトに苛立ちを覚えているのだろう。
今年十七歳のライトと十五歳のクオーレ。
正式に婚約を結ぶのであれば、そろそろ決断しないとクオーレも行き遅れと言われてしまう。
追う、逃げる、追う、逃げるの無限ループは日に日に苛烈さを増していた。
「ライト、申し訳ないけど、こういうことは二人で解決してくれるかな?」
シャイネンの言葉に、ライトは縋るような視線を向ける。
『頼むから、置いていかないでくれ』
といったところだろうか。
そんな緊迫した状況の中で、
ぐぅ~~~~
無情にも、盛大に腹の虫を鳴らした人物がいた。
シャイネンは瞬間的にリベルタを見たが、当の本人は既にマジックバッグからクッキーを出してパクついている。
そこで視線を前に向ければ、恥ずかしさに涙を目に一杯貯めたクオーレがいた。
「今のって」
「ナーハフォルガー先生、何もおっしゃらないでください」
つい指摘してしまいそうになったシャイネンだが、クオーレがポロポロと泣き始めた為口を閉じる。
どうやら空腹に耐えかねていたところに、目の前でリベルタがクッキーを咀嚼し始めてしまい限界を超えたようだ。
止めようとしても止まらぬ腹の虫。
そして、溢れ出してしまう涙。
そのキラリと光る雫が流れ落ちると、目の周りに塗られた黒い縁取りが溶け、真っ白に塗られた肌の上に二本の線を描いていった。
その姿を見たリベルタが突然、
「ストップ!」
と叫び、クオーレの扇を奪い取るとバッと広げて彼女の顔を隠した。
「シャイネン先生、どこか部屋をご用意ください」
「じゃぁ、私の研究室へ」
「ありがとうございます」
テキパキと動くリベルタと彼女の突飛な行動に慣れているシャイネンの連係プレーで、クオーレはあっという間に研究室へと連れ込まれた。
訳が分からずついてきたライトも、手持無沙汰で壁際に突っ立っている。
護衛は廊下で待たされ、何事かとざわついていた。
「な、な、なんなんですか貴女は!」
いきなり入ったこともない部屋に押し込まれ、パニックになりながらも必死に虚勢を張るクオーレ。
そんな健気な少女の頭をリベルタはガシッと掴んで、
「これ、重いでしょ!」
と力強く引っ張った。
ズホッ
なんとも間抜けな音を立て、髪全体が取り外されてしまう。
クオーレのクルクル縦巻ロールは、地毛ではなくカツラだった。
こんな髪型、普通に維持できるはずがないのだ。
カツラ職人が、人毛を仕入れて熱を掛けることで人工的にカールを作り、糊で固めたりしてあの盛り盛り頭を作り上げている。
正直小柄な十五歳の少女の首には負担が大き過ぎるだろう。
しかも、顔にはベッタリと白粉が塗られ、
「白壁か!」
とリベルタが突っ込みを入れたくなるほど厚塗りになっていた。
化粧なしでも輝くような肌を有する十代の少女に、こんなものは必要ない。
「はへ?」
突然頭が軽くなって、クオーレは思わず変な声を出した。
そんなことではリベルタが止まるはずもなく、彼女のカツラをポイっと捨てる。
空中を飛んでいく縦巻ロール。
床に落ちて、コロコロとライトの足元へと転がっていく。
裸を見られるくらい恥ずかしい状況に、クオーレは混乱を通り越して思考回路が停止した。
一方、ライトは背中と両手を壁に付けてカツラから必死に距離を取ろうとしている。
それはそうだろう。
一見頭がもげたように見え、ちょっとしたスプラッター状態だ。
カツラを取られてしまったクオーレの頭は黒いネットに覆われている。
全く地毛が見えない為、一見坊主のようにも見えた。
余りにも情報量が多すぎて、秀才と言われる王太子でも理解不能らしい。
「はい、座る!」
リベルタに肩を押されて椅子に座ったクオーレは、顔を何かでグリグリ拭かれて顔まで軽くなった気がした。
スッピンになった彼女の顔は、よく言えば素朴。
悪く言えば、全体的にパーツが小ぶり。
でも、バランスは悪くなく、化粧映えする顔ではある。
ただ、その方向性が間違ったため、妖怪ぬりかべになってしまっていた。
素顔のクオーレを見たライトは、昔見た幼いながらに一生懸命礼儀作法を学んでちょこんと頭を下げた少女を思い出した。
自分よりも二つ年下で、それなのに遜色ない立ち居振る舞いをするようになるのに、どれぐらいの苦労を重ねたのだろうと感心したのだ。
しかし年月が経つと、あの押しの強さに辟易とし、逃げることしか考えられなくなっていた。
申し訳なさと心苦しさで、そっと胸を押さえる。
そんな青少年の自戒など知ったこっちゃないリベルタは、今度はクオーレの頭のネットを剥いだ。
「いやっ、止めて」
そこで、初めてクオーレが抵抗を見せる。
しかし一瞬遅く、パサッと地毛が零れ落ちた。
「あっ……」
思わず声が出てしまったのは、ライト。
輝くばかりの金髪で作られたカツラを被っていたクオーレの地毛は、濃い茶色だった。
かなりクセが強く、フワフワとした髪は爆発したように広がってしまう。
「見ないでください」
彼女が初めて婚約者候補として登城したのが、八歳の時。
既にその時点でカツラを被っていたのだ。
「どうして……」
ライトの母は、確かに目が覚めるような美しい金髪の持ち主だ。
しかし、だからと言って王家は同じ髪を持つ者を次期王妃として求めているわけではない。
「行儀作法の先生に教えて頂いたのです。ライト様は王妃様が大好きだから、同じように金髪でなければならないと。それに……私の髪の毛は、汚いですから」
少しでも見られないように髪の毛を手で隠すクオーレの表情は、ライトからは見えない。
それでも、彼女の震える声でその心情を少しは読み取ることが出来る。
「誰がそんなウソを」
「え?嘘なのですか?」
思わず顔を上げてしまったクオーレは、目を真っ赤にしていた。
その姿がまるで小動物のようで、ライトは困ったように微笑む。
彼は、ちっちゃいものがとても好きなのだ。
やっと、まともに話が出来そうな二人の間を、
「はいはいはい。話は後にしてください。私も、あまり時間がないもので」
とリベルタが手を叩きながら横切る。
せっかくシャイネンがランチを一緒にと言ってくれたのに、こんな無駄なことで時間をつぶしたくない。
リベルタは、他人にはそんなに優しくない女だった。




