第二話 王太子ライト
登校途中、馬車に揺られる時間は格別なものだった。
前を見れば、シャイネン。
横を見れば、朝日に照らされる街並み。
「はぁ、ステキ」
ため息をつけば、
「リベルタさんもステキですよ」
と甘い声が聞こえる。
『コレが、子宮にキュンと来る声か!』
変に納得しながら再び外を見ると、晴れ渡った空の下で朝早くから店を開ける八百屋や魚屋が店先をきれいに掃除しているのが見えた。
まるで少し前に起きた『公爵令息による伯爵令嬢襲撃事件』など、無かったかのような爽やかさだ。
事件当初は街中に号外が撒かれ、一介の伯爵令嬢の『白い審判』に王太后が立会人として自ら名乗りを上げたことに驚きの声を上げていた。
しかし今では、王都の人々も、リベルタ自身も、ポルポ公爵家の事など綺麗さっぱり忘れ去っている。
それよりも、週に一回といえども無料治療を失った平民達の方が、大きなダメージとなったようだ。
教会に恩を売る為、ボニートのことは一切公表されていない。
ただ、突然無くなった無料治療日に集まった人々が、いつまで経っても去らなかった為、教会側も、
『聖女は神聖魔法が使えなくなり、ご自身の意志で平民に戻られました』
と声明を出すしかなかった。
『一般人に戻った彼女を静かに見守って頂きたい』
そう一言添えられていたが、心配せずとも国民の誰も二度と彼女の姿を見ることはないだろう。
そして、平民を黙らせる為に、教会は通常の治療料をグッと引き下げた。
民衆に少しでも聖女から目を逸らして欲しかったのだろう。
しかし、それが功を奏したのか、文句を言っていた人々が一気に黙った。
彼らは適正な金額で、いつでも診察してもらえる事のほうが重要だったのだ。
教会前で抗議運動をしていた人々は、蜘蛛の子を散らすように居なくなった。
こうして街が平常に戻ると、徐々にボニートの名前もフレルト同様忘れられ始める。
今回教会側にとって唯一良かったことは、ボニートを失った代わりに教会内部の風通しが良くなったことだろう。
聖女の後見人を自負していたフィアット神父も、王都へ戻ってきた教皇の手により弾劾され身分をはく奪された。
素行の悪い勢力が殆ど居なくなり、真摯に神に祈りを捧げる神父達が、民と共に生きる元来の姿を取り戻してくれた。
まぁ、その全てが、リベルタにとっては本当にどうでもいいことだった。
そんなことよりも、思ったよりも早い時間で学園に着いてしまったことがショックだった。
あからさまにションボリと肩を落としていると、
「では、また、お昼には」
とシャイネンが声を掛けてくれた。
彼のたった一言で、簡単に天にも昇る気持ちになった。
安い女である。
午前中、リベルタは学園長に会い論文に対しての質疑応答を受けた。
豊かな白髭を蓄えた彼は、常にローブを羽織っており『ザ・魔法使い』といった雰囲気の老人だ。
老医師のネロと同級生らしいが、余程こちらが年寄りに見える。
「では、お預かりしますね。また、次回を楽しみにしています」
学園長は、リベルタの事を学生というより研究者として扱ってくれる。
魔法をより良い方向に進めるためならば、彼女が学園に通わなくても全く問題ない。
それよりも、協力を得られなくなる方が問題なのだ。
「では、失礼します」
堅苦しい空間から解放されたリベルタは、シャイネンの待つ中庭へとスキップしていった。
しかし、その数分後、何故か彼女は彼のスーツに鼻を付け、クンクン匂いを嗅ぐという怪しい状況に陥るのだった。
論文提出を無事に終えた彼女は、密かにスーパーハッピータイムを過ごしている。
右には、シャイネン。
そして左側には、何故かこの国の王太子ライトが立っている。
「シャイネン兄上、何故このご令嬢をご紹介いただけないのですか?」
年の近い叔従父のシャイネンを、昔からライトは兄と慕っていた。
「ライト、外では、その呼び方はやめなさい。それと、彼女は君には関係ない人だからだよ」
穏やかな口調だが、目が笑っているのに笑っていないように見えるのは何故だろう?
血が繋がっているからか、どことなく見た目も性格も似ている二人。
ライトにも結界魔法の資質が色濃く出ており、一年の時からシャイネンの授業を受けている。
ただ、赤髪のシャイネンと違い、ライトはピンクブロンド。
現王である父ヴィッセンの髪は、淡い赤。
そこに母の鮮やかな金髪の遺伝子が加わり、このような髪色になったと思われる。
身長は二十四歳のシャイネンの方が握りこぶし一つ分ほど高いが、二の腕の太さなどはあまり変わらない。
よほどの鍛錬を重ねているのだろう。
魔法も相当使えるらしいが、どちらかというと騎士といった雰囲気がある。
「では、ナーハフォルガー先生。貴方がマジックバッグの製作者に会わせてくださらないのがいけないのです」
「ライトはいつから女の子になったんだい?あれは、社交界の華達の武器であって、子供の玩具ではないんだよ」
両サイドからギューギューと押されるリベルタは、敢えてシャイネンの方に顔を向け、
『やだ、なんのご褒美?それとも、天国へ召される前の妄想?』
とスーツ越しに微かに香る彼の匂いを嗅いでいた。
若干汗ばむ季節なのに、とっても良い香りがした。
騒がしい三人が今居るのは、学園の中庭だ。
滅多にない二人だけの時間で距離を縮めようと張り切っていたシャイネンは、甥っ子の登場に思い切り出鼻を挫かれてしまう。
「ライト、君は私をつけてきたのかい?」
「えぇ、授業中随分と上の空だったので何があるかと尾行しました」
王太子の護衛もいる所を見ると、それに気付かないほどシャイネンは前しか向いていなかったらしい。
前々からマジックバッグに関して興味津々だった彼だが、変な聖女が学園内を徘徊していた為しばらくの間、某国の第三王子と避暑地に行かざるを得なくなった。
やっと帰ってきたと思えば、ついこの前まで気軽に会わせてくれると言っていた叔父が、手のひら返しで頑なにリベルタへの面会を拒否する。
そして今日は、シャイネンのキメまくった服装を見てピンときた。
しかも、朝からソワソワして授業中も落ち着かない様子を見せていた為、必ず何かあると付いてきたのだ。
ライトは、真ん中で半分潰れそうになっているリベルタに向かって、常人なら気絶レベルのロイヤルスマイルを見せる。
「初めまして、リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢。私は……」
「王太子殿下でいらっしゃいますね?初めまして。では、さようなら」
リベルタは、ライトの言葉に被せるように挨拶を終わらせると、シャイネンのジャケットの端を掴んでスタスタと歩き始めた。
ボンクラ王子なら不敬罪だと騒ぎ立てそうな失礼度合いだ。
本当はシャイネンと手を繋ぎたいところだが、付き合ってもいない上に淑女としてあるまじき行為であることは理解している。
誰かに見られて彼に変な噂が付きまとうのも嫌だ。
一方のシャイネンは、学園一の優良物件を無視して自分を引っ張るリベルタにご満悦だった。
外では滅多に見せない笑顔を無駄に振りまき歩くさまは、この少女をどれだけ大切に思っているのかを喧伝しているようなものである。
「待ってください、シャイネン兄上!」
咄嗟に反応できなかったライトは、結局慣れた名前を叫びながら慌てて二人の後をついていく。
その後ろに、護衛も渋々付いていくしかない。
なにせ十六歳の少女が先頭だ。
さして速度も速くない。
益々成長するメロンカップが上下に揺れ、足元すらよく見えない状態で走るのはかなり辛いのだ。
大して走ってもいないのに徐々にスピードが落ち、
「はぁはぁはぁ、もう無理」
と立ち止まった。
その距離50mほどだ。
研究室にこもりきりで、運動不足だったのも良くなかったようだ。
長い脚で歩いただけで追いついたライトは、
「ははははは、これじゃ、捕まえたい放題だ」
と楽しげに笑う。
そんな彼の前に、突然一つの影が現れた。
「まぁ、わたくしの前ではそのようなお顔、お見せになったことなど一度もありませんのに、今日はとてもご機嫌ですのね?」
刺々しい口調で王太子を非難するのは、金髪縦ロールのド定番悪役令嬢だった。




