第四話 彼は、神の作り給うた奇跡である
リベルタ、トワレ、そこにクルーガーが加わったことで、マジックバッグの開発は一気に進んだ。
現在、女性が舞踏会に装飾用として持つ小さなバッグに、馬車1台分ほどの荷物が入る。
「何故、わざわざこのカバンを選んだ?」
折角量産出来ても、自分では使い道のない選択に、クルーガーは文句を言う。
「普段は、重いものなどは従者に持たせるから必要ないでしょ?だけど、社交界は戦場よ。ワインを掛けられドレスを汚されることだってあるの。そんな時、このカバンから颯爽と着替えを取り出して、ババーンと!」
「そんな機会、ほとんどないだろ。小説の読み過ぎだぞ」
バカバカしくなってきたクルーガーは、材料代の試算に忙しいトワレの方に顔を向けた。
「お前は、コイツと同室で疲れないのか?」
「慣れました」
「凄いな」
「それほどでも」
クルーガーは、破天荒なリベルタには慣れないが、素っ気なく答えるトワレには慣れてきた。
数年前、ブームのように告白されまくったクルーガーだが、その相手のことは一切記憶にない。
だから、時々トワレから害虫を見るような視線を向けられる意味を未だに理解できていなかった。
ただ、クルーガーは、これでもトワレの事は、一目置いていた。
彼女の作成した採算表を見ながら、
『流石商売人の娘』
と舌を巻く。
世にない商品だけに高値をつけても買う者が続出するだろうが、トワレは、掛ける経費を極力落とすことを忘れない。
その点、面白いものには幾らでも金をかけてしまうリベルタやクルーガーは、開発者には向いていても生産者には不向き。
完成品ができる前に破産してしまうだろう。
トワレの代替可能な素材を見つけてくる目利きは、父譲りか?
しかも、商会の力を借りて既に材料を押さえているという。
「それで、この研究会の顧問は決まったのか?」
クルーガーの質問に、トワレは、渋い顔をする。
どうも、当初担当を申し出ていた教師が、突然体調不良で休職願を出したらしい。
その後も、他の先生に当たったが、色よい返事はもらえていない。
その原因は、スパイトロフ副学長にあった。
彼の母親は、臣下に降嫁した元王族。
側妃腹だが、気位の高い人物で、息子であるスパイトロフも、その気質を強く受け継いでいた。
事ある毎に、
「私は、王家の血を引く者。全て私に任せなさい」
と声を掛けてくるのは、マジックバッグが生み出すであろう利権を握りたいからだろう。
魂胆は見え見えだが、下手に身分が高い為、学長も強く止めることができない。
歯がゆさばかりが先に立ち、解決策を見いだせないトワレは、悔しそうに唇を噛んだ。
研究さえさせてもらえるなら、金などどうでも良いリベルタやクルーガー。
彼らに相談するべきなのか、トワレは悩んでいた。
「誰か、権力に負けない正義感にあふれる先生とか居ないかな……」
独り言のように呟いたトワレの言葉が、マジックバッグにお菓子を詰め込んでいたリベルタの耳に届く。
「それなら…………ほら、あれ、あれ。シャイネン・ナーハフォルガーだっけ?」
突然ある教師の名を呼び捨てにしたリベルタに、トワレは、ギョッとする。
「リベルタ、ここには私達しか居ないけど、人の名前を呼び捨てにするのは止めなさい」
「あ、ごめんなさい」
シュンと目に見えて落ち込むだリベルタだが、
「意外と悪くないかもな」
とクルーガーが呟いた。
シャイネンが担当するのは、魔法科でも異質な結界魔法だ。
王都や国境沿いの関所など重要拠点には、結界が張られている。
ただ、誰でも張れるものではなく、最初に結界師と呼ばれる者が作成した結界石の設置が必要となる。
そこに魔力を補充することで、常に結界は作動するが、壊されてしまえば、その効果も消えてしまう。
だからこそ、結界師の育成は手厚く保護をされており、教員であるシャイネンもまた、学園のルール外で動ける珍しいタイプの教師だった。
「ナーハフォルガー先生なら、副学長も無理は言えないだろうな」
クルーガーは、一人納得顔で頷いているが、リベルタが彼の名を名指ししたのには別の意味がある。
シャイネンは、現王の実弟。
歳がかなり離れており、今年二十歳のシャイネンと三十八の王様では、下手をしたら親子でも通用する。
彼らの母親が、王を産んだのは十六歳だった。
それから十八年後。
三十四歳でシャイネンを産んだ時、今後の激しい後継者争いに赤子を巻き込みたくないという思いで、公表することを控えた経緯がある。
それは、リベルタに前世の記憶があるから知っていることで、単純に、
『リアル王族に、敵う奴なんて居ないだろうなぁ』
と思って口にしたことだった。
「私が、担当教員で良いのかい?」
二十歳にして結界師として名を馳せ、学校の先生になったシャイネン・ナーハフォルガーは、突然の申し出に驚いていた。
『空間魔法の研究』をする3人の生徒の話は聞いていた。
そして、その担任をめぐって副学長が裏工作をしていることも。
しかし、兄である現王の手前、身分を明かすこともできず間に入ることを躊躇っていた。
その本人達が3人揃ってお願いに来たのだ。
驚かないほうが、不思議だろう。
「先ずは、お話だけでも聞いていただけないでしょうか?」
断られると他にアテのないトワレは、必死に懇願する。
思案顔で顎を擦る彼の手は、ゴツゴツとふしくれだっており、魔法系とは思えない逞しい体つきをしていた。
結界には興味ゼロで授業を取っていないリベルタは、今日が初顔合わせ。
そんな彼女は、攻略本に隠しキャラの簡易的な情報しか載せなかった運営を呪った。
『こんなにタイプなんて、聞いてない』
シルエットのみで顔面のビジュアルが公開されていなかった彼は、実は、リベルタの大好きなメガネ男子だった。
しかも、フレルトの黒縁とは違い、銀色に輝くメタルフレーム。
一見温和で人当たり良さそうに見えるが、今も自分自身の周りに薄い結界膜を張り、自分のテリトリーを完璧に守っている。
それは、半径2メートル。
立ち話をするには、微妙に遠い。
そこで教師が生徒との面談に使う相談室へ行き、テーブルを挟んで話をすることになった。
「ほぉ、これは、凄いですね」
試作品のマジックバッグを手に取り、感嘆のため息を吐くシャイネンに、リベルタも感嘆のため息をつく。
『彼は、神の作り給うた奇跡である』
攻略本に一行しか載っていなかった彼のビジュアル説明だが、確かに嘘偽りはないとリベルタはゴクリとツバを飲んだ。
髪の色は、燃えるような赤。
勿論、二重の大きな瞳を縁取る睫毛も、赤。
形の良い唇は艷やかで、発する言葉は子宮を直撃するような低音ボイス。
二の腕はシャツ越しにも分かるほど逞しく、ボタンを二つ開けた開襟部分から覗く厚い胸板に頬を埋めたいと思った。
細マッチョが理想だと思っていたが、さにあらず。
本当の意味で均整の取れた筋肉美を知らなかっただけだった。
そして、彼の真剣にバッグを見定める視線には、一片の侮りもなかった。
どうせ学生が作ったものだからなどと、上から目線でないところに好感が持てた。
現在十二歳のリベルタの周りには、前世ではお目にかからなかったオコチャマしかいない。
最近交流のあるクルーガーですら、まだ、十四歳。
前世を足すと百を超えると言われても、見た目は子供。
ゲーム内や観賞用になら良いが、恋愛対象となると犯罪臭がして本気にはなれない。
しかし、シャイネンは、一応前世の常識と合わせても成人枠だ。
しかも、穏やかそうな雰囲気は、憧れていた研究所の所長にも似ている。
御歳七十を超えていたが、ロマンスグレーのナイスガイだった。
ゲーム廃人の上にオジ専というあり得ない二面性を持つ彼女に、リアル彼氏が出来なかったのも頷けるだろう。
「先生、好きです」
思ったことが口から出るのは、リベルタの良さであり悪さ。
馬鹿正直な友に、トワレは、苦笑するしかない。
笑い飛ばされるか、はぐらかされるか。
トワレもクルーガーも、この後、なんとリベルタを慰めたら良いかと考えていたが、
「ありがとう。光栄だけど、六年後に学園を卒業して、それでも好きだったら言ってくれるかな?そうしたら、ちゃんと考えて返事をさせてもらうよ」
シャイネンは、いたって真摯に返事をしてくれた。
子供の恋心など、3日も経てば忘れてしまうかもしれない。
しかし、冷たくあしらわれた記憶は、一生消えないだろう。
ただ、ここで特筆すべきは、
『ちゃんと考えて返事をさせてもらう』
と明言したところだ。
今まで数え切れないほどの告白を受けたが、他の生徒には、言っていない。
この時点で、シャイネンは、この類まれな才能を秘めた少女に興味を抱いていたと言っていい。
「担当教員の件は、少し待ってもらえるかな?学園長とも相談してから返事をさせてもらうよ」
この学園で前世の記憶のあるリベルタ以外で、彼の身分を知るのは学園長だけだ。
スパイトロフ副学長を抑えるためにも、調整を図ってくれるのだろう。
「「「よろしくお願いいたします」」」
3人仲良く頭を下げ、相談室を出たあと、そのまま自分達が研究室として与えられた部室まで帰ることにした。
「全く、お前は、もうちょっと考えてから喋れ。会ったその日に告白とか、全然誠意が感じられない」
告白され過ぎてウンザリした経験があるクルーガーは、リベルタの軽いノリに眉を顰めた。
しかし、前世でも、推しのために全精力を注いだ彼女は、何事も一点集中だ。
シャイネンへの告白も本気だし、この後、推す為に何が出来るかばかり考えている。
「先生、お金好きかな」
「嫌いな人間はいないと思うけど、生徒からお金を巻き上げたら、それ犯罪だから」
「じゃあ、差し入れは?その下に、お金を……」
「うん。1回お金から離れようか」
馬鹿な後輩ほど可愛いとは言わないが、夢中になると何をしでかすかわからないリベルタを放っておけないトワレ。
そんなトワレを、根気があって優しくて懸命な姿は美しいなと思うクルーガーは、自分が百年間で初めての恋に落ちていることに気づいていない。
三者三様。
思考回路も趣味趣向も違うメンバーだが、その後、学園で長く語られる天才達だということは間違いなかった。




