第三話 この少年は、腹黒である
地味な見た目で、知力も自分以下と思っているリベルタに、フレルトの気を引く要素など、何一つなかった。
それなのに、今、学園での評価は、完全に逆転してしまっている。
先日、彼が女子寮を襲撃した一件は、あっという間に学園内に広がった。
嫌がるリベルタを、無理矢理連れ去ろうとした横暴は、女子生徒のみならず、男子生徒からも批判の的になっている。
なにせ、最近のリベルタは、高位貴族令嬢とは思えぬ親しみやすさと、魔法陣作成時に見せる真剣な表情のギャップが素敵だとファンを増やしていた。
真剣に授業も受け、分からないところは休み時間を使ってちゃんと質問に来る。
そして、同級生が落ちこぼれないようサポートも怠らないため、教師からの評価も高い。
トワレとの『空間収納は実現できるのか?』という共同研究も、学園側から評価を受ける程に進んでいる。
カバンに魔法陣を刺繍することで、2倍の量を入れられることを証明してからは、商業ギルドから実用化の打診を受けるほどだ。
元々、前世の記憶を取り戻す前から、彼女は、ふと頭に見たこともない公式や知識が浮かぶことがあり、知的レベルは十代を遥かに凌駕していた。
そこに、某国立大院卒の研究者としての記憶が戻れば、鬼に金棒だ。
ファンタジー心をくすぐる魔法という能力を手に入れたリベルタは、もう幼馴染に利用されて捨てられるゴミクズなどではない。
「でも、まさか、本当にリベルタがここに住むことになるなんて、思いもよらなかったわ」
寮の談話室で紅茶を飲みながら、トワレは感慨深げに微笑む。
「私は、もっと早く住めばよかったと後悔したくらいよ」
笑うリベルタは、完全にこの寮に馴染んでいた。
「そんな事言う伯爵令嬢は、貴女くらいね」
出会った頃を思い出し、トワレは、懐かしそうに笑った。
入学式に助けてもらったお礼に、リベルタはトワレを屋敷に招待した。
その時、彼女が国をまたいで魔石を運ぶ商会の娘であることが分かった。
希少価値が高く、盗賊にも遭いやすい品物だけに、運搬には気を使う。
そこで、彼女の父は、重戦車なみの防御力を持たせた運搬車を作り、軍馬顔負けの巨大な馬で引くことで、運搬日数を通常の半分にすることを編み出した。
特殊構造の運搬車の技術は、今のところシュクセ家だけのもの。
その功績で、トワレの父は、一代限りの男爵位を与えられている。
跡取りは、彼女一人。
その為、今後の人脈作りと更なる技術革新を進めるべく、魔法を一から学び直しに学園に来た才女だった。
ベリッシモ伯爵家を訪れる際も、珍しい異国の菓子を手土産に、父親について旅した国々の話もしてくれた。
その話を聞くだけでも、時間を忘れるほど楽しく感じた。
しかも、共に一人っ子のリベルタとトワレは、実は、二人揃って乗馬好きという他の者には言えない趣味があった。
「まぁ、トワレ先輩も?」
「えぇ、草原地帯に行けば、移動手段は専ら馬ですから」
男勝りだと毛嫌いされる女性の乗馬。
しかも、ズボンを履いて跨るとなれば、眉を顰めハレンチなと非難を受けることは間違いない。
しかし、ベリッシモ伯爵家の領地は、名馬の生産地としても有名で、リベルタは、幼い頃から馬の世話にも精通する本物の乗馬好きだった。
「先輩、夏休みには、ぜひ我が領地へお越しくださいませ」
「楽しみにておりますわ」
こうして、思わぬ友を得たリベルタは、ふと、
『女子寮に住めば、フレルトと会う機会をさらに減らせるのでは?』
と思い至った。
「あの……トワレ先輩。私も、寮に入ることは出来るのでしょうか?」
「伯爵令嬢であられる、リベルタ様がですか?」
「無理でしょうか?」
寮が作られた元々の理由は、王都で屋敷を持てない下級貴族や平民の特待生を住まわせるためだ。
大きな屋敷を持ち、有り余る財力で生活に問題のない高位貴族の令嬢が入るとなると、受け入れる側の対応が難しくなる。
リベルタの機嫌を損ねれば、自分達の将来を閉ざされるおそれすらあるのは、何も、生徒だけではない。
寮を守る職員たちの身分は、上から下まで様々。
わざわざ生徒達に公表はされないが、伯爵家より下の者も少なく、リベルタが相手だと、規律を守らせる前に保身に走らざるを得ない者もいる。
「私、良い子にしますわ」
両手を胸元で組み、懇願するリベルタは、まるで捨てられた子犬のように不安げな顔だ。
ベリッシモ伯爵は鴛鴦夫婦と噂されるほど仲がよく、家庭に問題があるとも思えない。
それでも、ここまで願うからには、何かしらの理由があるのだろう。
「私の一存では、どうにもなりませんが、部屋に空きがあるのは確かです。一度、ご両親とお話になってみてはいかがですか?」
やんわりとお手伝いはできないと伝えたつもりなのだが、リベルタは、興奮気味にトワレの両手を握った。
「ありがとうございます、トワレ先輩。私、貴女に会えて、本当に良かった」
ふと、ブンブン尻尾を振る犬の幻覚が見えたトワレは、ハッと意識を取り戻すと、必死に笑いを堪えた。
「いえ………お、お役に立てて……プププッ」
トワレは、突然妹が出来たような気分になった。
そして、リベルタとの寮生活は、きっと楽しいものになるだろうと思った。
「あれから、もう、三ヶ月も経つのね」
トワレは、感慨深げにリベルタを見る。
最初は身分を気にして敬語を使っていたが、寮住まいを始めた途端、伯爵令嬢とは思えぬ粗忽さと常識の無さを見せたリベルタに、
「そうじゃないから!」
とツッコミを入れて世話をしていく内に、丁寧な物言いなどできなくなっていた。
「まさか、この世に『フロキャン』なんて言葉があるなんて、私知らなかったわ……」
遠い目をするトワレに、リベルタは、一応申し訳なさそうな顔をする。
反省は、全くしていない。
知人の方が良いだろうと、ミスローザの心遣いで同室になったのだが、疲れたからと何日もお風呂に入ろうとしないリベルタは、どんどん臭くなっていった。
「疲れたら、『風呂キャン』してもいいんですー」
と独自の理論を繰り広げる伯爵令嬢を目の当たりにし、『貴族は霞を食べて生きている』などと夢見たことを言っている父親に突き出してやりたいと本気で思った。
ただ、リベルタは、ある意味天才であるということも認めざるを得なかった。
何故なら、風呂に入るのが嫌だという理由で、特性がなければ不可能と言われた浄化魔法を身に着けたからだ。
「もう、臭くないでしょ?」
「えぇ、お風呂には入っていないけどね」
湯船に浸かるのが大好きなトワレからは、理解不能なリベルタの合理主義。
傷を治すためには、治癒魔法。
体を綺麗にするためには、浄化魔法。
朝のトーストは、ほんのりきつね色に仕上げる火魔法。
そして、労働力を作り出す為に、魔法道具まで作り上げた。
今、寮の庭を掃除しているのは、リベルタが開発した自動掃除機。
グルグルと回る円盤には空間魔法が仕込まれており、そこに彼らを吸い込んでいく。
一定量溜まれば、自身でゴミ捨て場へと行って吐き出す。
まだ、試験段階だが、女子寮の皆には箝口令がしかれていた。
下手にしられれば、拉致されてその類まれな発想力と開発力を悪用されかねない。
風呂に入らずとも臭くならない女は、それだけ貴重な人材なのだ。
「食べなくても、お腹が空かなくなる魔法とかないかな」
「食べる喜びは、どうするのよ」
「味覚だけ感じる魔法があれば、良くない?」
「よくありません。なんでそう、なんでもなくそうとするの!」
リベルタの突拍子もないアイディアに、トワレは時々頭が痛くなる。
しかし、これから、ここへ来る人物は、もっと苦手だった。
トントントン
ドアを叩く音と扉が開いたのは、同時だった。
「クルーガー様。女性の部屋に入る際は、こちらが入って良いと言うまで待つものです」
トワレが苦言を呈しても、当の本人は全く気にしていない。
スタスタとリベルタの傍まで行くと、
「君が、リベルタ・ベリッシモ伯爵令嬢?」
と聞いてきた。
リベルタは、彼の顔に、見覚えがあった。
『この少年は、腹黒である』
脳裏に前世の記憶が流れた。
フレルトルートを進む上で最難関が、彼、クルーガーだ。
賢者としての前世を持つ彼は、よく言えば感情に左右されない大人。
悪く言えば、成果の為には手段を選ばない腹黒である。
女性と間違われるほどの美貌と珍しい白銀の髪が特徴的な彼は、トワレと同じ年の十四歳。
乙女ゲームでは、聖女の教育係として補佐に就く先輩ポジションだ。
表面上は、誰にでも平等な人柄だが、裏を返せば、誰にも興味がない。
何を隠そう、入学当初彼に初恋をして無残に散ったのがトワレだ。
他にも多くの女子生徒が告白したが、『お友達からなら』という返事に踊らされ、『ただの知人』のまま終わっていった。
全員の名前など、覚えてもいないだろう。
ただ、親しげに微笑みかけてくる女性には、それ相応の微笑みをオートマチックに返していただけだ。
そのクルーガーが、聖女という興味しかわかない対象とであったことで、他の人間にも関わりを持ち始め本当の意味での大人に成長していくストーリー。
聖女の教育係としての立場を利用し、フレルトとの逢瀬を邪魔する彼を、何度抹殺してやろうと思ったことか。
しかし、クルーガーに真っ直ぐに見つめられたリベルタは、彼の瞳の中に輝く星を見つけ目が離せなくなる。
それは、彼が興味を持った人間を観察する時に使う『鑑定眼』だったからだ。
「おかしい……こんな事は、今まで一度もなかった……」
リベルタから何も読み取れないことに、クルーガーは、首を傾げる。
それに習うように、リベルタも首を傾げた。
合わせ鏡のような動きに、横で見ているトワレが笑いをこらえる。
クルーガーが誰かの手玉に取られるのを、今まで見たことがない。
しかし、超変人リベルタを前に、彼の思考はすでに乱され始めいる。
「クルーガー様、今日は、マジックバックの件で話でこられたのでは?」
侯爵家の三男であるクルーガーに、トワレも一応礼儀をわきまえ敬語で話す。
本当なら、さっさと座れと怒鳴りたいくらいだ。
不満げな顔のトワレを一瞥し、クルーガーは、渋々リベルタの横に座った。
「例の物を見せてもらおう」
「こちらです」
対面で一人座ることになったトワレは、口を尖らせながら、試作品のマジックバックを机の上に置いた。
まだ、何が起こったか分かっていないリベルタは、クルーガーの横顔を凝視し、百面相のように表情を変えている。
意外と男前?
でも、目が笑ってない?
もしかして、『鑑定眼』で何かバレた?
どーでもいいけど、バック、乱暴に扱わないで!
あ、私、伯爵令嬢。
この人、侯爵子息。
若干だけど、私、格下だった!
最後に驚いたように口に手を当てるリベルタに、トワレは、腹筋を総動員して笑いを我慢する。
「君、全部声に出てるよ」
呆れ顔のクルーガーだが、心の窓全開で嘘がつけそうにないリベルタに、何故か不快感はなかった。
前世を含めると、百年の記憶がある彼にとって、人間とは、うつろいやすく脆い存在だった。
少し揺さぶりをかければ、直ぐに手のひらを返し、すり寄ってくる。
先程鑑定眼を使った時も、クルーガーは、精神操作を使い、彼女のことを虜にしようとした。
その方が利用しやすいからだ。
しかし、この子猫のような瞳を持つ少女は、小さな爪を出してシャーシャー鳴くような抵抗を見せる。
一捻り出来そうで、できないのは、その愛らしさを傷つけることに、罪悪感を抱くからだ。
「私の名は、クルーガー・オンブラ。君達の研究に加えて欲しい」
クルーガーは、初めて名乗り、ここに来た理由を述べた。
現在、マジックバックの容量は、実質量の二倍が限度。
それも、リベルタの緻密に描かれた魔法陣がなければ実現できなかった。
しかし、実用化するには、更に数倍の効果を持たさなければマジックバックとしての意味がない。
そこで、様々な魔法に精通するクルーガーの登場だ。
彼自身、前世の記憶があることは公表していない。
しかし、学園創立以来の天才という呼び名は、国内外に聞こえるほどの名声を誇っている。
学園側からの依頼で致し方なく来てやったのだが、なかなか面白そうな試作品に、改良点などを述べてやろうと珍しくクルーガーも意気込んだ。
しかし、
「あ、お断りします」
というリベルタの即答に、
「は?なんで断る?」
クルーガーは、生まれ変わって以来初めて、年相応の困惑を見せた。




