第二話 コイツは、クズ男である
入学式の日、そのまま帰宅したリベルタを、フレルトが心配することは無論なかった。
この時期のリベルタは、まだ小枝のように細く、女性的魅力は一ミリもない。
それどころか、幼い頃から金魚のフンのように付いて回られてうんざりしているくらいだった。
母親同士が親友ということもあり、同年代に子供が生まれたのを機によく遊ばせるようになったのだが、学園に通う年頃になれば、男女の差は大きく、話も合わない。
しかも、彼女の瞳に自分に対する恋愛感情が見て取れるようになると、益々面倒くささが先に立ち、会うことすら苦痛に感じたほどだ。
だから、入学式以降、リベルタと会っていないことを逆に喜んでいた。
なにせ、騎士科と魔法科ではカリキュラムが違う為、年に数回の合同訓練くらいしか共に授業を受けることはない。
そして、二つの校舎の間には、訓練施設や大講堂等などが建てられており、わざわざ足を運ばなければ、ほぼ交流することもないのだ。
乙女ゲーム内では、リベルタが足繁く騎士棟に通い詰め、差し入れをしたりしつこくフレルトを追い掛ける描写があった。
しかし、今のリベルタは、彼から隠れることに全神経を掛けている。
一方、ウザいくらい纏わりついていた幼馴染を目にしない日が三日、五日、一週間となると、フレルトは、徐々に物足りない気持ちになってきた。
常に傍に侍り、自分を褒め称えてきた存在の欠如は、一日の充足感を確実に減らした。
クールなイケメンを気取って入るが、中身は、ムッツリスケベのかまってちゃんだ。
多少褒められたくらいでは、満足できない。
しかも、首席と言えども、他の生徒とも優秀な者ばかりで、いつ追い抜かれるかわからない。
なにせ、攻略対象は、彼だけではないのだ。
未来の剣聖と噂される騎士科のフレルト。
実は賢者の生まれ変わりである魔法科のクルーガー。
身分を隠し、教師を務める現王よりも優秀な王弟シャイネン。
人気投票の一位から三位だけ上げても、中身が濃い。
無意識の不安が、無条件に自分を認めてくれるリベルタを求めている。
そして、注意散漫になっていたフレルトは、訓練中に手に怪我を負ってしまった。
打ち身は赤く腫れ、ジクジクと痛む。
こんな時、いつもリベルタが治癒魔法で直してくれた。
本来は、まだ、魔力操作も安定していない子供がやるには危険な行為だが、フレルトには関係ない。
幼い頃から、怪我はリベルタが治すものだと思っていたからだ。
「ったく、何処に行ったんだ」
魔法科の棟まで足を伸ばし、リベルタに会おうとするが何故か見つけることが出来ない。
その日は仕方なく医務室の老医師に治してもらったが、シワシワの手でヒールを掛けてもらっても、治りが悪い気がした。
それは、そうだろう。
フレルトに恋をするリベルタが、自分の全魔力を注ぎ込んだヒールと、ベテラン医師が必要最小限の力でかけるヒールでは、効果が違う。
しかも、リベルタの魔力量は、今季入学者の中では3本の指に入るのだ。
定年前の老医師と比べること自体、間違っている。
なんとなくモヤモヤが晴れないフレルトは、その後も、魔法科の校舎にちょくちょく現れるようになった。
一言リベルタに文句を言い、今後は、お前が治せと命令を下すためだ。
しかし、あまりにもリベルタが見つからないものだから、朝の登校時間だけのつもりが、昼休みも足を運び、夕方の下校時間にまで及ぶようになった。
すると、最初、イケメンの登場に喜んでいた女生徒たちですら薄気味悪さを感じ始める。
「何が、目的なのかしら?」
「ちょっと、目が怖いですわね」
連日訓練の度に出来る新しい傷は、完治されないまま、地味に増えていく。
今までは、リベルタの治癒があったからこそ、無謀に突っ込むこともできた。
そこを躊躇するようになると、剣筋も鈍る。
教師からの評価も日々下降線を描くようになり、フレルトは、得体のしれない恐怖に取り憑かれていた。
『リベルタを取り戻さなければ』
彼女が傍にいた時は、全てが上手く行っていた。
多少鬱陶しくはあるが、ちょっと優しくしてやれば、ホイホイ治癒をしてくれる。
まるで巡回警備員かと疑われるほど女子生徒の周りを彷徨いたフレルトは、とうとう教員室に呼び出された。
「フレルト。お前、余程暇なのか?魔法科の教員から苦情が入っているぞ」
「いえ……あの……その……」
変質者扱いなどされたことのないフレルトは、羞恥と腹立たしさで顔を真っ赤に染めた。
何故、自分は、今こんな状況になっているのか?
その原因は、リベルタだ。
彼女が突然姿を消したのは、きっと、作戦だ。
追いかけることをあえてやめることで、自分の気を引こうとしているのだ。
そう結論づけると、教員に怒られている事まで、リベルタのせいに思えてきた。
『リベルタのくせに』
フレルトは、幼い頃からこの言葉を、リベルタが少しでも自分より優秀さを見せた時、必ずと言っていいほど口にしてきて。
その度にリベルタは萎縮し、泣きそうな顔になった。
それを見る度に、フレルトは、ゾクゾクとする興奮を得ていた。
この無限ループは、まさに、キャラ設定のドSを忠実に再現した胸糞な性格の表れだ。
ただ、今回は、言葉をぶつけるべき相手がいないため、フツフツと沸き起こる怒りは、彼の中に憎しみという感情を産む。
鬼の形相で彼が向かったのは、ベリッシモ伯爵家の邸宅。
貴族街に主だった高位貴族が屋敷を建てているため、自宅に帰る途中に寄ることができる。
「あら、フレルト様」
庭で花に水やりをしていたのは、リベルタの母フローラだ。
親友の息子といえ、一応相手は公爵子息。
手に持ったジョウロを地面に置き、柔和な微笑みを浮かべる。
彼女は、緑の手と呼ばれる植物を育てる事に長けた土魔法の使い手だ。
今日も、領地で育てる花の品種改良に勤しんでいるようだった。
「あの、リベルタは?」
「あら、あの子なら、寮ですけれども……」
「え?寮?」
王都に屋敷を持てない下級貴族や平民が、やむを得ず子供を入れるのが学生寮だ。
伯爵家の一人娘が入るような所ではない。
「何故、そんな所に?」
「今、あの子は、魔法科の先輩達と共同研究をしているんです。それがあまりに面白くて、登下校の時間すら勿体ないって言い出して。まさか、あの子がフレルト様に伝えていないとは思いもよりませんでしたわ」
純粋な驚きを表情に浮かべるフローラに、なんと言葉を返せばいいかわからない。
『これでは、まるで、俺がアイツを追い回しているみたいじゃないか!』
常に優位に立ってきたフレルトにとって、自分が下になってしまったような状況は、どうしても許せない。
『クソ!リベルタのクセに!』
彼の中で、リベルタは、従順でなくてはならない存在だった。
それ以外は、許されない。
『元のリベルタに戻さなければ』
焦燥感をつのらせたフレルトは、次の日の朝、魔法科の女子寮前でリベルタを待ち受けることにした。
「トワレ、今日は、新しく出来たカフェに行きましょう!」
「まぁ、リベルタ、それは素敵ね。楽しみだわ」
数人の女生徒に囲まれ、リベルタが寮から出てきた。
いつもの畏まった話し方ではなく、平民の子女が気楽に話すような口調。
それ程見た目は変わっていないが、口調だけでなく、雰囲気が明らかに違う。
ピンと背筋を伸ばしているからか?
それとも、笑顔が自然だからか?
やや丸みを持ち始めた肢体は、花開く前の蕾のような美しさがある。
ドキリと胸が高鳴ったが、それを初恋と気づけるほどの情緒をフレルトは持ち合わせていない。
「リベルタ!」
怒鳴るように名を呼ぶと、長い脚を有効に使い、あっという間に彼女との距離を詰めた。
そして、折れそうな程細い手首を掴むと、
「来い!」
無理矢理引っ張って裏庭に連れて行こうとする。
しかし、リベルタは、
「やっ」
と小さな声で距離を示し、足を踏ん張り動こうとしない。
『コイツは、クズ男である』
リベルタは、時折学園内でフレルトを遠くに見る度に胸が高鳴る自分に危機感を感じ、毎晩フレルトの姿絵に向かって呪文のように唱えていた。
それが功を奏し、今この瞬間、リベルタは流されずに踏みとどまれている。
しかし、今まで反抗したことなど一度もない相手に拒否を示され、フレルトは、更に頭に血が上った。
「なんだ!『リベルタのくせに』、俺に逆らうのか!」
幼い頃から洗脳のように繰り返してきた決め台詞。
それでも、大人しくついてこないリベルタに、他人の目があることも忘れ、ギューギューと力強く腕を引っ張った。
「いやっ!絶対、いや!」
必死の抵抗も虚しく、ジリジリとリベルタの体が引っ張られていく。
「あ…………この男……」
咄嗟の出来事に動けなかったトワレと他の女子達だが、友人を連れ去ろうとしているのが、ここ最近魔法科を彷徨いていた公爵子息だと気づいた。
折角の男前なのに、目つきが日に日におかしくなっていると注意喚起がなされていた。
そんな男に連れて行かれたら、何をされるか分からない。
「何をなさっているのですか!相手は、女性ですよ!」
トワレが声を上げると、
「何事ですか!」
寮の中から寮母達も駆け出してきた。
「うるさい!これは、俺とコイツの話だ!」
「いいえ!リベルタは嫌がっています!私は、彼女の友として、見過ごすことは出来ません!」
トワレがリベルタに抱きつくと、他の女子生徒達も一斉に同じ行動にでた。
流石に騎士科の優等生といえども、一度に何人もの人間を引っ張っていける腕力はない。
そうこうしている内に、諌めしい顔の寮母が、
「その手を離しなさい!」
と、ほうきを振り上げながらフレルトに迫った。
彼女は、ミスローザと呼ばれる元教員だ。
前王妃の姪にあたり、人生を教育に捧げた女性。
教え子には多数の王族がおり、現王も、その一人だ。
彼女を敵に回せば、王家の不興を買うと言われるほど愛されている。
「お、大げさな!俺は、ただ、幼馴染と話をしようとしてだけで」
「貴方、フレルト・ポルポね!これ以上やると言うなら、公爵家には、正式に抗議文を送らせていただきますよ」
そうまで言われると、これ以上、強気に出るわけにもいかない。
フレルトは、リベルタから手を離すと、
「ちっ!リベルタ、覚えておけよ!」
とチンピラのような安っぽい捨て台詞を吐いて帰っていった。
「大丈夫ですか?リベルタさん」
ミスローザに声を掛けられた瞬間、リベルタは、フラフラと地面に座り込んだ。
「こ………こ………怖かったです……」
演技ではなく、リベルタは、両手で一生懸命ポロポロと溢れる涙を拭う。
前世喪女だった彼女には、言うまでもなく男性経験がない。
初めて抵抗しても逃げられない身体的能力の差を思い知らされ、震えるなというのが無理である。
その姿が、あまりに幼く愛らしい為、その場にいた全員の庇護欲はマックスに跳ね上がる。
「なんなの、あの男は!リベルタ!私達が、ついてるからね!」
この日、女子寮の中に、トワレを会長とする『リベルタを守る会』が発足した。
その中に、ミスローザまで含まれていたことをリベルタが知ることはなかった。




