第五話 コイツの方が、当て馬である
「シャイネン様、本当によろしいのですか?」
「はい、よろしくお願いいたします」
学園長との話し合いの結果、シャイネンが正式にマジックバック研究会の担当教員になった。
かなりスパイトロフ副学長からの突き上げがあったらしいが、思わぬ人間の援護射撃によって黙らすことに成功した。
それは、現王ではなく、ミスローズ。
スパイトロフも、ミスローズの教え子であり、彼女の後ろに数多の王族が付いていることは、わざわざ口にせずとも皆知っている事実だ。
「スパイトロフ君、貴方は、いつからそんなに偉くなったのかしら?貴方は、『王族の血筋』かもしれませんが、『王族』ではありません。未だにその台詞を吐いている事を、恥だと思いなさい!それ以外に誇れるものは、ないの!」
ミスローズの雷は、天罰よりも恐ろしい。
今、学園でのスパイトロフのあだ名は、『王族じゃない人』だ。
彼にとって、これほどの屈辱はないだろう。
しかし、事実だけに反論もできず、今は自分の研究室にこもって出てこなくなっている。
不貞腐れた子供だと、更に嘲笑を買っていることに気づいていない哀れな『王族の血筋』。
そんな事はどうでも良いリベルタは、今日も楽しく研究とシャイネン観察に余念がない。
そして、最近は、シャイネンの『清潔な女性は、好感を持ちますね』という言葉を聞いたことで、風呂に入ってなかなか出てこないという逆転現象を引き起こしていた。
「早く、出てきなさい!」
一度、トワレに特大の雷を落とされたが、自身で開発したシャンプーとリンス、ボディーソープを謝罪品として渡し、先にお風呂に入ってもらうことで問題解決を図っている。
それ以外にも、化粧水乳液などといった基礎化粧品も手作りしているリベルタは、その開発料として金品を受け取り、販売はトワレの父親が行っていた。
Win-Winの関係で既に一財産築いたことに、お金に疎いリベルタは、まだ気づいていない。
日々楽しく過ごしていた彼女が、久しぶりに騒動に巻き込まれたのは、騎士科との合同練習の時だった。
一同に介した新入生達の中に、今では記憶の中から消去しているフレルトも居た。
憎々しげな視線を向けられても、
『どちら様?』
くらいにしか思っていないリベルタ。
それほど、彼の容姿は変わっていた。
先ず、細マッチョだった体は、ストレスからの暴食で2倍に膨れ上がっており、以前のリベルタ同様『フロキャン』を行っているようで臭いがひどい。
元々魔力量も少なく、浄化魔法が使えるわけでもない彼に、キャンセル界隈は、ハードルが高すぎた。
訓練による怪我をリベルタに治してもらえない為、どうしても逃げ腰な構えとなり更に怪我が増える。
そして、痛みを抱えて訓練に出れば、隙だらけの構えで打ってくれと言っているような状態だ。
普段の横柄な態度と人間関係をうまく築けないプライドの高さが、益々彼を追い込んでいく。
『リベルタのくせに』
未だに彼女を自分の所有物のように思い、手元に引き戻そうと画策する彼にとって、この合同練習は、最後のチャンスだった。
姑息なフレルトは、班分けをするためのくじ引きに細工を施し、まんまとリベルタと同じチームに入り込んだ。
『よし。これで、成功したも同然だ』
普段は、高学年のクルーガーとトワレが周りを固めているため、うかうかと近寄ることもできない。
しかし、今日は、新入生だけでの初めてのキャンプ。
食事の準備、共同ミッションを通して話すことも出来る。
最初にテントを建てる事になった際、騎士科男子は魔法科女子に良いところを見せようと張り切っていた。
それは、リベルタとフレルトのチームでも同じで、
「俺達に任せてよ!」
と腕っぷしの良い男子が、率先して支柱などを建て始めた。
皆がそちらに集中し、教師も慌ただしさに監視の目が緩んだのを察したフレルトは、トコトコと何処かに向かって歩き出したリベルタの後ろを追った。
「リベルタ!おい、止まれよ!リベルタ!」
フレルトは、ドンドン先を行くリベルタを引き留めようと何度も声をかけた。
しかし、彼女は、何も聞こえていないのか、知らん顔で振り返りもしない。
「なんだよ!チビ!ブス!リベルタのくせに!」
どれだけ悪態をつこうが、相手が気にしなければ意味もない。
完全にしされた形のフレルトは、結局ストーカーのように付いていくしかなかった。
意識を一点に全集中させるリベルタの向かう先は、
「あー、シャイネン・ナーハフォルガーせんせー」
だった。
この合同合宿の補助要員として駆り出されたシャイネンは、本部テントの前で、用品の整理をしていた。
ニコニコと近づいてくるリベルタに、
「リベルタさん、先生をフルネームで呼ぶのは止めなさい」
と注意をすると、満面の笑みで、
「じゃあ、シャイネン先生!」
と返された。
「ん、名前じゃなくて名字の方で言えるかな?」
「無理って言っても良いですが?」
「残念ながら、駄目だね」
笑顔でバッサリ断られ、ちょっと唇を尖らせたリベルタは、ハッと何かを思い出し、手持ちのマジックバックから何かを取り出した。
「トワレが、お金は駄目って言うから、コレなら貢ぎ物に丁度いいかなって………ジャジャーン」
リベルタが取り出したのは、ベリッシモ伯爵家に伝わる家宝の剣。
美しい装飾もさることながら、今では製造不可能と言われている特別な鋼を使った名刀だ。
「あ!それは、俺の物だぞ!」
物陰から飛び出してきたのは、ずっとリベルタを追ってきたフレルトだ。
ベリッシモ伯爵に婿入りを目論んでいた彼の一番の理由は、この宝剣だ。
乙女ゲームの中では、フレルトに唆されたリベルタが、家から持ち出し彼に与えてしまう。
結婚せずとも手に宝を手に入れたフレルトは、何の心残りもなくリベルタを捨てるのだ。
そこまで惚れ込んできたはずの相手に、
「アンタ、誰?」
リベルタは厳しい視線を向ける。
「俺だ!フレルトだよ」
間髪入れずに答えたフレルトを見て、
『コイツの方が、当て馬である』
と言う言葉が浮かんだ。
この瞬間、リベルタは、乙女ゲームのシナリオから離れたと言っていい。
「時間って、残酷ね。ご愁傷さま」
入学してから、まだ数ヶ月しか経っていないのに、リベルタの反応は、まるで何十年ぶりかにあった知り合いよりも薄い。
その上追い討ちをかけるように、剣を天に向かって捧げると、
「これは、先生の物よ」
と宣言した。
「リベルタさん、申し訳ないけど、私は、受け取らないよ」
「えー、なんでー。コレ、よく切れますよ。ノコギリの代わりに大木とか」
「うん、大木を切る機会って、普通あまりないかな」
リベルタの想像の斜め上を行く発想にも、シャイネンは、穏やかに受け答えする。
まるで、孫と祖父だ。
完全に蚊帳の外のフレルトは、頭に血が上り、リベルタに向かって突進した。
ドンッ!
リベルタを突き飛ばすと、その手から剣を奪い取る。
そして、鞘から抜くと、ギラッと輝く刀身に太陽の光を当てた。
辺りにキラキラと虹のような光が広がり、その眩しさにリベルタは目を閉じる。
「コレは、俺のだ!」
ブンッ
風を切る音がし、
ガキンッ
金属がぶつかり合うような甲高い音が響いた。
「きゃあっ」
リベルタは、何がおこったのか分からず、頭を抱えて蹲った。
そして、大きな何かが優しく自分に覆いかぶさった気配を感じた。
恐る恐る目を開けると、シャイネンに抱きしめられていた。
そして、シャイネンの張った結界を思い切り殴ったフレルトは、反動で後ろにひっくり返り地面にころがぅていた。
「フレルト・ポルポ。君は、殺傷能力のある武器で同級生に襲いかかった。これは、学園のルールに違反する。即刻荷物をまとめて家に帰りなさい」
教師として、シャイネンは、的確に指示を出す。
しかし、その目は、怒りに血走っていた。
天真爛漫で、ちょっと、いやかなり変人味のあるリベルタだが、大切な生徒に変わりはない。
それを剣でバッサリ切ろうとした少年を、出来ることなら時空の狭間に閉じ込め永遠に暗闇を彷徨わせたいとさえ思う。
「お、俺は、悪くない!」
「では、どこが悪くなかったのかを原稿にまとめて学園に送りなさい。判断は、学園長に任せましょう」
「そんな………」
立ち上がる気力すら失ったフレルトは、救護班により担架で運ばれ、そのまま迎えに来た公爵家の馬車に乗せられて帰っていった。
ここまでのことを、しでかしたのだ。
退学で済めば、よしとしなければならない。
「はぁー、ビックリした」
フレルトが去った後、リベルタは、シャイネンに連れられ、合同研修へと戻った。
最後に別れる際、シャイネンは、冒険を手に、
「リベルタさん、この剣は、私物持ち込みということで、学校が保管しますね。卒業式の日に、お返しします」
と言った。
「えー。シャイネン先生が貰ってくれていいのに」
「私が貰うと、賄賂になり」
自分に向かって猪突猛進に愛を向けてくる十二歳の少女に、シャイネンは、可笑しみを感じていた。
ずっと身分を隠し、素性を知られることのないよう影のように生きてきた彼にとって、リベルタは、太陽のように眩しい。
しかし、それは、まだ愛とか恋とかで語られるレベルの思い出ではなかった。
それが変わるのは、4年後。
百年ぶりに誕生した聖女が、学園に入学してきた時である。
その後、フレルトは、退学することはなかった。
リベルタの母に、フレルトの母チャルラが泣きついたからだ。
「フローラ、そんなに怒らないで。ちょっとした、行き違いだったのよ。あの子も、リベルタちゃんのことを好きなはずよ」
「チャルラ、落ち着いて考えてみて。好きな人を剣で切ろうとするかしら?」
「あら、それなら、そんな危ない物を持ち込んだリベルタちゃんにも、罪はあるんじゃないかしら?」
子を守るためとはいえ、こちらに責任転嫁させようとする親友に、フローラは、愕然とした。
「貴女……そんな人だった?」
「うちは、公爵なのよ。家名に傷をつけるわけにはいかないの」
「伯爵家なら、いいと?」
「そんな事言ってないわ。ちゃんと、フレルトには、反省させる。責任を取って、こちらに婿入させるから」
「いらないわよ!」
子供時代からの親友だと思い今まで付き合いを続けてきたが、どうやら、あちらはずっとこちらを見下していたようだ。
「何故!学園トップで入学したフレルトが、伯爵家ごときを継いでくれるのよ?」
「今じゃ、最下位を彷徨いているらしいじゃない。それに、うちは、『伯爵家ごとき』ですから、わざわざ『公爵家ごとき』に助けて貰わなくても大丈夫です!」
流石リベルタの母というべきか。
普段温和な人間ほど、怒らせると恐い。
「今回だけは、リベルタにも非があったと認めましょう。しかし、貴女の息子がした事を、私は、一生許せそうにありません。」
ダン!
フローラは、テーブルを両手で強く叩くと、その勢いで立ち上がった。
「二度と、お目にかかることはないと思いますが、お元気で!」
さっさと出ていけと眼力で訴えると、流石のチャルラも、帰るしかなくなった。
それでも、悔しさを抑えきれず、
「伯爵家の分際で!後悔しても、知らないわよ!」
と顎を上げて威嚇した。
それに対して、フローラは、スンと表情を無くし、
「貴女との付き合いを続けてきたことに後悔しているわ」
と冷静に答えた。
近くで見ていた使用人達は、
『我らが、女主人の勝ち!』
と心の中で、拍手する。
こうして、長年に渡って続けられてきたポルポ公爵家とベリッシモ伯爵家の友好は途絶えた。
その話を聞き、社交界が揺れる。
常々ポルポ公爵家の横柄さに辟易してきた人々だが、ベリッシモ伯爵夫人が仲を取り持つことで、なんとか均衡を保っていたのだ。
『ベリッシモ伯爵家に見捨てられたポルポ公爵家は、もう終わりだ』
その噂を聞いた貴族は、ひっそりと静かに引く波のように、ポルポ公爵家から離れていく。
その事に本人達が気付くのは、もう少し先の話である。
第一部完
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