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「いつ、こっちを離れるの?」


 心の波がひいた後、僕は居てもたってもいられずコハクにそう尋ねていた。


「来年の3月だよ」


 コハクは寂しそうな調子のまま、そう返した。そして、冬眠病がひとまず治ったこともあり、お母さんの仕事の都合で二年生に上がるタイミングの3月、岐阜県に戻らなければならなくなってしまったと続けた。


「せっかく目が覚めて、ヒカリくんやみんなと一緒にいられると思ったんだけどなあ……」


 コハクの言葉は行き場のない気持ちを表すかのように、ふわふわと宙を漂った。


「ごめんね、ヒカリくん」

「なんでコハクが謝るんだよ。仕方がないことじゃないか」


 僕はそんなことくらいしか言えなかった。


「このことを二人はもう知っているの?」

「ううん。まだ言ってないよ」


 二人とはもちろんレイとミナミのことだった。春になったら別れなければいけない事実を、コハクは先に僕にむかって打ち明けてくれたのだ。


「楽しい気持ちが冷めちゃうといけないから、ずっと自分のなかに仕舞いこんでおこうと思っていたの。だけどやっぱり耐えられなくて、ヒカリくんの顔を見てたらついに言いたくなっちゃった」

「それでコハクの気持ちが軽くなったのなら、僕は幸せだよ」


 僕がそう言うと、コハクは少し安心したように微笑んだ。それから、


「ねえ、ヒカリくん。ちょっと歩かない?」


と冷えきった朝の公園の散歩に僕を誘った。

 猪島公園には大きな池があり、その周りを遊歩道がぐるっと囲っている。僕らは霜が降りたあとの泥濘ぬかるみの上を、時計回りで散歩した。コハクが池のほとり側を歩き、僕が反対側を歩いた。雪景色を閉じ込めたような綺麗なコハクの瞳に、鮮やかな青い空と白っぽさの混じった薄青の池が映る。


「私ね、絶対に東京の大学に行こうと決めているんだ。できれば斑鳩先生のいた大学。そこでミナミちゃんと一緒に冬眠病の研究をしたい。だからあと5年経てば、またこっちでヒカリくんとも会えるよ」


 5年か。僕はその途方もなく長い歳月に胸が張り裂けてしまいそうになった。たかが5年。オリンピック1回分じゃないか。そうやって自分を納得させようとしても、できそうになかった。中学生の自分たちにとって5年は途方もなく長い時間だ。5年の間に中学生を卒業して、高校生になって、受験勉強をして、大学に合格する。あまりにいろいろなことがありすぎて、僕は変わらずにコハクを待つことができるだろうかと考えた。

 いや、できない。できたとしても、それは途轍もなく苦しい。だから僕はコハクにもう一度、告白する決心をした。一歩踏み出して、先に進むんだ。


「僕は待てないよ」

「えっ」

「5年間も東京でコハクの『友達』としては待てない」

「それって……?」

「僕をコハクの、恋人にしてくれませんか?」


 前にコハクに想いを告げたとき、僕はフラれた。それは恋人という存在が『特別』になってしまい、他の友達を深い関係を築けないからだという理由だった。でも僕にはそれがコハクの本心ではないような気がしていた。冬眠病のこと、レイのこと、いろいろなものが混じってコハクに言わせた答えだったように思えた。

 コハクは分かっていたように短く息を吸ってから、池の水面をみて言った。


「私ね、恋をするのが怖かったの。恋って楽しいことや幸せなこともあるけれど、その反面、傷ついたり悲しい気持ちになってしまうこともあるでしょ? 限られた人生のなかでわざわざそんな思いをする可能性があるほうを選ぶんだったら、私はみんなと仲良くしていたほうが幸せだなって思ってた。誰かを好きになることからずっと、逃げてきたのかもしれない」


 コハクはそこで足を止めた。続けて僕も立ち止まった。


「でも逃げてばかりじゃいけないなって思った。進んでみて見てみたい景色があることに気がついたの。だから今日からはヒカリくんの恋人になってみることにする。どんな時でも私のそばにいてくれた人だから」

「コハク……」


 僕は反射的にコハクの手を握っていた。冬眠病で眠っていたときよりも冷たい、凍えるような両手だった。


「ヒカリくん」


 するとコハクが僕の手を握り返してくれた。お互いの指を指の間に入れる。


「こうすると暖かいよ!」


 そのまま片手を繋いだまま、僕らはまた歩きはじめた。朝の公園で体を寄せ合いながら、僕とコハクは暖かくなるまで散歩を続けた。


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