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張りつめたかのような朝の静けさが、逆に僕を目覚めさせた。星を探したあとで僕らは布団を敷いて横になり、どうでもいいような話を暗い天井の下で語り合った。屋根裏部屋のような雰囲気とは裏腹にミナミの部屋はよく暖房がきいていて、僕は眠気と暖かさで昨夜布団の中で話した内容のほとんどを忘れてしまった。
4人の好きなことの話に始まり、冬休みの思い出、それから夢や将来のこと。たぶん、そんな内容だった。楽しそうに未来のことを話しているコハクを見て、僕はそんな彼女の未来には僕が傍にいるのだろうかと考えていたと思う。ぼんやりとした記憶の中で、コハクやみんなとこうして居られることを嬉しく思った。
僕らは川の字になって眠っていた。窓側からミナミ、コハク、レイ、僕の順だ。窓からの光はまだ薄暗く、煙草の煙のように白い。僕が体を起こすと、窓側から二人目の布団が空になっているのに気がついた。
ミナミとレイはまだ眠っているみたいだった。二人とも顔を布団で覆い、右側を下にて寝ている。よく似た寝方だなと、僕は声を出すことなく笑った。
僕は枕元のスマホに手を伸ばして時間を見た。5時55分だ。コハクはどこへ行ったのだろう。静かな部屋のなかで、僕は手掛かりを探した。見ると昨日着ていたコハクの上着がなくなっている。螺旋階段の下には靴もない。
僕も上着を着て階段を降りた。二人やミソラさんたちを起こさないようにそっと階段を降りる。キッチンのほうで物音がしたので、もしかしたらミソラさんは起きているのかもしれない。それから靴を履いて、ドア鈴を鳴らさないように慎重に外へでる。
「うぅ……、寒いな」
暖かいミナミの部屋とは違い、冬の朝は突き刺すような寒さだった。吐き出すたびに白い息がでて、僕はこの白い息が朝の街を白く染めているのではないかとも思った。
コハクを探すわけでもなく、ふと冬の静けさにひかれた僕は『喫茶 まどろみ』から猪島公園まで歩いた。猪島公園は朝といえども、さすがに散歩している人が目立つ。お年寄りやランナーの声や息遣いが、街の公園を目覚めさせようとしていた。
昔、レイと二人で待ちぼうけした大きな噴水の前で、コハクは水しぶきを見つめていた。沸き上がるしぶきの方を見つめているので、僕からは表情が見えない。いつもは元気すぎて大きく見える背中が、今はとても小さく映った。
「コハク?」
「……あっ、ヒカリくん」
コハクは振り返って僕の名前を呼んだ。そのとき彼女が小さく目元を擦ったのを僕は見逃さなかった。
「どうしたの? こんなところで」
「いや、早く目が覚めちゃって」
「それでここに?」
「うん。前に待ち合わせ場所にしていたでしょ? やっと来れたなあって」
コハクはいつもの調子に戻って頬を可愛らしく引き上げた。「にこっ」と笑ったので八重歯が覗く。
「そっか。そんなこともあったね」
僕は安心してそう答えた。しかしコハクはふと、また寂しそうな顔に戻った。やっぱりさっき泣いていたんだ。
「あのね、ヒカリくん。実は言わなきゃいけないことがあるの」
「なに?」
僕はそのあとに続くコハクの言葉を、海の中で波にさらわれたような音のない衝撃を持って受けとめた。
「岐阜県に、帰らなきゃいけなくなっちゃった……」




