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短かった冬が終わって、学校の校庭にある桜の木がまた満開に花を咲かせた。校舎からグラウンドを見下ろすと、薄着色の砂の周りを桜の色をした木々たちが囲っている。それが昼下がりの太陽に照らされて白く煌めいていた。
また春が来たんだ。
今日は終業式だった。僕は一年生最期のホームルームが終わると廊下に出て、窓から抜ける春風に頬を晒していた。コハクはまだ出てこない。
今日でお別れだからか、クラスメイトたちが彼女を囲って別れの挨拶をしていた。文化祭のこともあり、コハクはみんなから慕われている。
先にレイとミナミが現れた。この二人が誰かと出てくるなんて前は珍しい光景だったが、最近は二人だけで一緒にいることも多くなった。僕を見つけたレイが声をかける。
「待っているのか?」
「うん。女子たちの中には混じれないし」
「それもそうだな」
レイはそう納得して僕の隣に立った。ミナミも彼の隣に続く。
二人には僕とコハクが付き合っていることを黙っていた。面と向かって話すことがなんだか恥ずかしいからだ。それでも二人は何となく僕らの関係を察しているように思えた。
しかも最近この二人は一緒にいることが多かった。もしかしたらこの二人も、僕らに黙って付き合っているのかもしれない。それを聞く勇気も、僕には恥ずかしくて出ない。
「3人ともおまたせー!」
たくさんの花束とプレゼント、そして寄せ書きの色紙を持ってコハクが出てきた。何だか一人だけ卒業式の後のようだ。僕はコハクがみんなからここまで愛されていたことを知って、一人誇らしくなった。
「すごい荷物だな」
レイが言った。僕が、
「持とうか?」
というとコハクは、
「たすかる! ありがとう」
と答えた。レイも手を貸して、二人で重いプレゼントの紙袋を手で受け取る。
「あのね、コハクちゃん。『喫茶 まどろみ』(うち)で送別会しない? お母さんも待ってるから」
ミナミがそう提案した。この半年の間にミナミとコハクは随分仲良くなったと思う。
「やった! でもその前に一か所だけどうしても寄りたい場所があるの」
コハクに連れられて僕らは学校から街に出た。道中、先生やクラスメイトに会うたびにコハクは別れの挨拶をして手を振った。
猪島公園から少し西へ行ったところの、あまり行かない住宅街のなかにその小さな霊園はあった。
「斑鳩先生に、無事に進級できたことを報告したくってさ」
コハクはまだ新しい墓石のまえでそう言った。普通の墓石よりも黒い先生のお墓には、超新星をあしらったモニュメントが建てられている。
「私の命は先生と、ヒカリくんとレイくんとミナミちゃんで繋がれている。それを忘れたくないんだ」
「そうだね」
僕らは静かに手を合わせた。すると暖かな春の光のなかで、一瞬だけ強い風が吹いた。まるで斑鳩先生からの返事のようだった。
『喫茶 まどろみ』までの道のりは、それぞれが思い思いに今日を噛み締めていた。何でもない日も特別な日も、星が死んで夜にならない日も、時間は必ず明日へ向かって進んでいく。
僕ら4人は出会うまで、一人ひとりが別々の孤独と戦っていた。何のために生きているか分からなかった僕。冬眠病に怯えながら生きたいと願っていたコハク。誰も信じられなくなって一人で生きてきたレイ。そして場面緘黙症のために自分の居場所を見つけられなかったミナミ。
一人で抱え込んで悩んでいた僕ら。「夜が消える」という非日常が訪れても、その瞬間を共有できる相手がいなかった。
しかし僕らは示し合わせたかのように引き寄せ合い、いつしか友達になった。孤独を互いに埋め合い、前に進むことができるようになった。でもこれからだ。僕らはまだスタートラインに立ったばかりなんだ。
猪島公園へ入ると、満開の桜を目当てに人だかりができていた。今日は土曜日だから家族連れやカップルも多い。
「混んでるな」
「そうだね。はぐれないようにしなきゃ」
僕の言葉にコハクはそう言うと、手をつないで人ごみの中を進むように促した。コハクが僕の手を握り、僕がミナミの手を握り、ミナミがレイの手を握った。
周りの大人たちはみんな身長が高く、藪のなかを掻き分けて進むみたいだ。でも何だか楽しい。
「いくよ! ついて来て!」
コハクがそう言って歩くスピードを速めた。僕らは驚きながらも、彼女の歩みに合わせる。僕は可笑しくなって笑いがこぼれた。
「コハク! もうちょっとゆっくり!」
「だめだよ! 早くミソラさんのカフェオレが飲みたいもん」
人ごみの隙間から光が抜けていく。あれほど苦手だった春の賑わいの一部に、僕は今なっている。
明るい方へ、明るい方へ。コハクが僕の手を引く。
僕はミナミを離さないように、ミナミはレイを離さないように、手を繋いで春のなかを進む。光が、音が、風が気持ちいい。
僕らの青春はまだ、始まったばかりだ。




