表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/72

64

「コハク……」


 僕は目に涙を浮かべながら、目覚めたばかりのコハクの手を握った。


「ヒカリくん? ミナミちゃん?」


 コハクはそう言って、ベッドの両脇を交互に見る。まだ自分の状況が理解できていないようだった。ミナミは安心したらしく「ほっ」と息を吐いた。

 それからすぐに僕はレイのもとへ駆け寄った。さっきの大きな音は誰か人が椅子から落ちた音だろう。僕は研究室を見回してレイの姿を探し、画面が並ぶ機械のそばで椅子に座っている彼を見つけた。


「レイ?」

「俺は大丈夫だ。ただ、斑鳩先生が……」


 レイの足元では斑鳩先生が椅子から崩れ落ちて動かなくなっていた。すぐに周りの医師や看護師さんが先生を囲む。


「先生! すぐに救急外来へ!」

「それは必要ありません。それよりも隣の部屋に私を運んでください。本のなかへ行きたい」


 斑鳩先生は掠れそうな声で、周りの医師たちに伝えた。彼らに抱えられて隣の部屋に向かう先生にレイが詰め寄る。


「斑鳩先生、どうしてですか?!」


「自然エネルギーをミナミさんが変換して、平川くんがコハクさんに吹き込む。その仮説に気づいたときから、私はこうするつもりでした。あなたやコハクさんが命の炎を絶やす必要なんてありません。あなたたちの命を救うのが、私の役目なのですから」


 僕はここでやっと、レイの代わりに斑鳩先生が恒久的なエネルギー源として犠牲になったことを理解した。


「斑鳩先生、まさか……」

「平川くんにミナミさん、よくやってくれました。それにコハクさんも、ここまでよく頑張りましたね」


 消えそうな声で僕らにそう告げて、斑鳩先生は隣の部屋へと運ばれていった。そうしてしばらく目を閉じてから、眠るように息を引き取った。


☆☆☆


 それからしばらくして、僕ら4人は斑鳩先生が託した思いを知った。レイが名乗りださなければ、自分がコハクのエネルギー源になるつもりだったこと。レイを前に一芝居を打ったのは、コハクの容態が深刻であり、誰が犠牲になるかで争っている場合ではなかったためだったこと。周りの医師や看護師さんには事前に話してあったこと。

 優しくて紳士な斑鳩先生らしい文章で、僕らに残した手紙にはそうしたことが記されていた。


『一つ悔いがあるとすれば、私の残りの寿命です。吹きこまれた「命」のエネルギーがなくなれば、冬眠病が再発する可能性は否めません。そのときが来るまでに、私の仲間たちが治療法を究明してくれることを願います』


 コハクのことを心配する斑鳩先生の言葉。

 すべてを知ったコハクは目に涙を浮かべて、先生の言葉を一つひとつ嚙み締めていた。


「斑鳩先生、ありがとうございます。ヒカリくんもレイくんもミナミちゃんも、本当にありがとう。私の命にはみんなの思いが生きている。だからこれから先も一日一日を大切に、歩んでいきたい」


『喫茶 まどろみ』で机を囲みながら、僕ら4人は斑鳩先生の手紙を読み終えた。大して時間はなかったはずなのに、先生は僕ら4人全員に手紙を残してくれていた。さらにそれだけではなく、病院の関係者やミソラさんにも先生は「最期の言葉」を送っていた。

 斑鳩先生がいつも座っていた特等席は空いており、少し寂しい雰囲気が漂っていた。その隣の席で僕らは、枯れた庭の木とその幹の間から見える冬の空を眺めている。

 するとそこへミソラさんがトレイに僕ら4人の好物を載せて現れた。


「はい、コハクちゃん、カフェオレよ。私からの退院祝いね。レイくんはブレンドのブラック、ヒカリくんはソイラテね。3人とも今日はサービスしちゃうから。ミナミにはホットココア、淹れておいたからね」

「うわあ! ありがとうございます! 嬉しいです」


 コハクは目を輝かせてカフェオレを受け取った。


「僕らまで、ありがとうございます」


 僕とレイも小さく頭を下げる。


「あ、ありがとう。お母さん」


 ミナミは恥ずかしいのか、控えめにココアを手にとった。


「庭の桜の木も今は葉を落として寂しい感じだけど、春になったら綺麗に花を咲かせるのよ。そうやって月日は巡っていく。あ、おかわり欲しかったら呼んでね。今日は何杯飲んでもサービスだから」


 ミソラさんの可愛い笑顔に僕は少し励まされた。春になったらまた4人で『喫茶 まどろみ』に来ようと思う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ