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「おはよー。朝から電車が遅れちゃって、もうくたくただよお」
ホームルームがはじまる直前に、コハクは疲れた様子で現れた。
「あはは、おはよう。でもギリギリ間に合ってよかったね」
レイの隣から自分の席に戻った僕は、言葉だけの笑い声を出したあとでそう続けた。
「うん……。急いで準備しないと!」
コハクは慌ただしく席に座り、リュックから教科書やノートを机にしまう。リュックが空っぽになったところで、レイが声をかけた。
「はい、これ。昨日の分のノート。答え合わせをしておいたから」
「おっ、ありがとう! この前のやつ、すごい面白かった」
コハクはレイからノートを受け取って、リュックのなかにしまった。彼女の顔は僕から見えないが、きっと僕には見せない笑顔をしているのだろう。
レイが、
「それはよかった」
と返したとき、チャイムが鳴って担任の先生が教室へ入ってきた。ちょうど二人の会話がはじまるところだったので、僕は少し安堵した。
☆☆☆
文化祭の季節がはじまる。空に超新星が輝いていても、毎日は過ぎていくし、学校行事は変わらない。
クラスの出し物が「お化け屋敷」に決まっても、僕は何とも思わなかった。ただダンスや劇といったステージ発表よりはマシだ。全校生徒の前で何かをするなんて、気が変になりそうである。
コハクが目覚めて数か月、まだ一部の女子たちとの間に溝はあったが、男子や他の女子たちには、学級委員として受け入れられ始めていた。明るい性格のコハクは、誰とでも打ち解けられる。
僕は委員として教壇に立つコハクを、「はみ出し席」から見守っていた。文化祭の準備についての役割決めを、今は四限目の時間を使って行っている最中だ。
レイも僕と同じく、文化祭なんて興味がなさそうだった。しかしいつもとは違い、今は真面目にホームルームに耳を傾けている。コハクが話しているからだろうか。
レイは授業だけは真剣に聞くのだが、こうした長いホームルームや授業と関係ないときは、お構いなしに本を取り出す。このレイの「サボり」技術は一流で、厳しい先生でも気づかない。レイが普段から真面目な生徒で、目立たないからできる業なのだろう。
それなのに今日は、というかコハクが話しているときは、本を読まずに前を向いている。それはレイのなかで、コハクが特別な存在になっていることを、彼自身の態度で示しているようだった。
ずっと心を閉ざし続けてきたコハクとレイ。そんな二人が、まるで磁石みたいに引き付け合っている。僕は磁石にくっつかない小さな石のように、どれだけ二人に近づいても引き合う作用は起こさない。
☆☆☆
「浮かない顔をして、どうしたの?」
その次の日曜日。『喫茶 まどろみ』のカウンターでソイラテを飲んでいる僕を見て、ミソラさんが言った。
「あっ、いえ。何でもないんです」
慌てる僕に対して、ミソラさんは小さく笑った。見た目は子供っぽくても、この人は大人だ。
「恋の悩みかしら?」
「……まあ、そんなところです。好きな人がいるんですけど、最近その人と上手くいってなくて」
僕は空になったマグカップを縋るように握って、ミソラさんに思いを打ち明けた。今日もいつも通りコハクの家へ行くつもりだったのだが、どうしても外せない用事があると言って断られてしまった。ただし「命の吹込み」があるので、夕方には会う約束になっている。
最近はコハクの家で遊んでいても、会話があまり続かない。こうしたことがあるたびに、僕はコハクの後ろにレイの陰を思い浮かべてしまう。
「なるほど、それは辛いわね」
ミソラさんはそう言うと、僕のカップに新しいソイラテを注いでくれた。
「はい。これはミナミと仲良くなってくれたお礼と、私からの激励よ」
「えっ、いいんですか?」
「うん。サービスだよ」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げて、湯気のたつソイラテに口をつける。
「おばさんのアドバイスだから参考になるか分からないけど、もしかして平川くん、空回りしちゃっているじゃない?」
「空回りですか?」
「うん。女の子を振り向かせるためには、時には我慢も大事なの。どんなに美味しいものでも、お腹いっぱいになったらいらなくなるでしょ? それと同じよ」
確かにそうかもしれない。僕が納得してミソラさんに返事をしかけたとき、ドア鈴がなってお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
カウンターからミソラさんが声をあげる。僕が何気なく注意を向けると、知っている声でこう返した。
「二人です!」
聞き馴染みのある、透き通った可愛い声。慌てて僕が振り向くと、入り口にはコハクとレイが二人並んで立っていた。




