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屋根修理とお日様「たち」のお天気予報

本日(10/12)2話目の更新です。だいたい1話読み切り(今のところ)なのでどちらから読んでも大丈夫、なはずですが、時系列的に念のため。

「あれー」

 ガタガタとアイラは雨戸を引こうとするが、音が鳴るだけで動いてくれない。しばらくうんうんと引っ張ったが、うんともすんとも言わない雨戸に、やがて諦めてその手を離した。

「どうした、アイラ?」

 ひょこ、と顔を出したのは、外で日光浴をしていたソルだ。人型の癖っ毛はふわふわと揺れている。あくびをしたのだろうか、目尻にほんの少し涙が滲んでいた。

「雨戸、動かなくて。最近閉めてなかったから、調子見ようと思ったらさ、全然」

 ほら、とアイラは先ほどの雨戸を動かそうとする。同じように雨戸はガタガタと笑うだけで動かない。

「ふーん。……で?」

「ソル! お願い! 直してー!」

 興味なさげに見返したソルを、アイラは両手を合わせて頼む。はあ、と彼はため息をついた。

「お前、オレが人型だからっていいようにっ、こき使ってっ、ん、なあっ!」

 ブツブツ文句を言いながら彼は雨戸を引っ張った。戸車に小石でもはまっていたのだろうか、かなりの力を入れて力任せに引っ張ると、ガタン! と石がポロリと外れて雨戸がすーっと動く。

(……あ)

 はまっていた「小石」がわたわたと動いて逃げ出した。精霊だ。

(おいコラ! そんなところで寝るんじゃねえ! 干からびてえのかコラァ!)

 一喝して、素知らぬ顔で雨戸を戻す。後ろでアイラは目をキラキラとさせながらソルを見ていた。

「すごーい! ソル、ありがとう!」

「ふん、まあな」

 あとね、こっちも! と彼女は容赦なくソルの腕を引っ張った。

「は? おいコラ! オレをこき使うんじゃねえ!」

 今日はそこまで暑くない。絶好の修繕日和である。



 結局。ソルは今、屋根に登って雨漏りするところを直していた。

(……オレ、何してんの……)

 遠い目になる。いや、この間の雨の時の雨漏りは酷かったけど。アイラにここを直せって無理な話だ。アイラちっちゃいし、落ちたら怪我しそうだし。

 いや、待てよ、とソルは考え直す。オレは太陽の上位精霊だぞ? 麦の刈り取りといい、人間にこき使われるような存在ではないはず。


 この地を照らし、旱にも、冷害にも、その指先一つで変えられる力を持つ強大な存在。尊大で、恐ろしくて、尊きもの。

 だがその実際は。

 たった一人の少女の生活を守るため、屋根に登って雨漏りを直し、太陽が沈めば白い毛玉に戻ってしまう、ただの人型と化している。

(ちぃ、早く元の姿に戻りてえぜ)

 心の中で毒づく。夏だから人型に戻れているけれど、力が足りない。大きいのは今のところ態度だけだ。

 多分、中位精霊くらいの力しか出せない。いや、この村では小精霊しかゴロゴロといないから、これでも最強の部類かもしれないけど。


「ソルー! 終わったら、休憩しよー! 

 屋根の下ではアイラがソルを見上げて声を張り上げている。

 その姿に、ふとこの間の川の中の姿を思い出した。子どもから「女」へと、羽化するような、蕾が開きかけたような、匂い立つ変化を見た。

(おっと、いかんいかん)

 そもそも村に「ちょうどいい」年の娘は少ない。アイラは料理もできて、家事もできて、空読みの魔女で、農業もそれなりにできる。しかもぽやっとしてはいるものの、素朴ながらも可愛い部類に入る。もともとはこの村の生まれではないから、アイラは「嫁」として優良物件であった。

 だけれども。

(あのクソガキども)

 あれは確か三軒ある麦農家の、十五歳と十二歳の兄弟だったはず。一番上は確か十八になるくらいの娘だったか。兄弟が変な目でアイラを見ていたのを思い出してソルは無心で屋根に板を打ちつけた。

 去年まではあの魔女の後ろに隠れてもじもじとしていた。そんなアイラを守れるのは、今はソル一人しかいない。

「いって……」

 勢い余って自分の指も打ち付けてしまった。痛みを散らすかのように手を振る。

「ソルー? 大丈夫ー?」

 アイラが心配そうに見ている。

(まあ、雨漏りも大丈夫だろ)

 仕上げに板に指をついと滑らせた。

(オレの「加護」つきだぜ?)

 屋根からするんと降りるとアイラが駆け寄ってきた。その視線は先ほど打ち付けた指を見ている。

「打ったの!? 大丈夫!?」

「別に、打ってねえし」

 誤魔化した。

 


(ソル、すごい。どんどん調子悪いところ、あっという間に直しちゃう)

 天気が良いときにやろうと、ずっと後回しにしていたことがこの一日でずいぶん片付いた。後で甘いものでも出してあげようかな。

 ブツブツ文句言う割にはちゃんと手伝ってくれるし、屋根に登ろうとしたアイラを、先ほど慌てて止めて代わりにソルがするすると登っていった。

(いつものモフモフもいいけど、人型もいいなあ……)

 贅沢な悩みだ。と、一心不乱に板を打ち付けていたソルの手が止まった。片手をぶんぶんと振っている。あー、あれは一緒に指も打っちゃったかな。痛そうに顔を歪めている。

「ソルー、大丈夫ー?」

 声をかけると彼は軽く手を挙げた。どうだろう、大丈夫っぽいけど。そのまま彼は悪戯を思いついたように板に何かしている。その何か「してやったり」な笑みを見て、アイラの胸がどきりと鳴った。

(……え、何今の)

 そして彼は器用にもするんと屋根から降りてきた。あれ、指真っ赤じゃない! 慌てて駆け寄った。

「打ったの!? 大丈夫!?」

 平気だというけれど、これは冷やさないと。


「もー」

 井戸から水を汲んできて、桶に冷たい水を入れる。ソルの手を引っ張ってその手を漬けさせた。

「別にそこまでしなくてもいーって……」

 居心地が悪そうにソルはモゴモゴ何か言っている。ミントの葉を潰して指に貼り付け、細く割いた布で巻く。簡易湿布だ。彼はちょっと口を尖らせながらも礼を言う。

 布を入れていた箱に蓋をしながらアイラは立ち上がった。

「ソル、ありがと。羊のおじさんからねえ、またフレッシュチーズもらったの。木苺のジャムまだあるから、ちょっと付けて食べない?」


 大麦の刈り跡には、今羊たちが落ち穂を拾いに放牧されている。同時に、空いている畑にも草を食みに、羊はもそもそとこの村にやってきているのであった。

 畑の草は綺麗に羊たちに刈られ、落とされた糞は畑の重要な肥料となる。夏前に毛を刈られて一回り小さくなった彼らは、この村の子どもたちにも人気だった。


(隣村の羊農家んとこ……確か、二十くらいの息子がいたか……? いや、結婚したんだっけか)

「ソル? 何怖い顔してんの?」

 食べるの? とアイラは不思議そうにジャムの入った瓶を見せる。脳内で村の若者をリストアップしていたソルは顔を上げた。

「いや。……食う食う」

 チーズの白とジャムの赤。ソルにはジャムを多めに付けてやる。

「羊のとこねぇ……」

 チーズをつつきながらソルはぼやいた。水を切って濃厚な味になったチーズは、ジャムの甘酸っぱさと合わせておいしい。

 そうそう、とアイラは思い出したようにソルを見た。

「そのおじさんとこね、お孫さん生まれたんだって! 男の子! お兄ちゃん、街からお嫁さん貰ったんだってさ。すごくない?」

「ふーーん」

 結婚してた。よかった。脳内リストに「✕」を書く。そこまでしてソルははたと気がついた。

(よかったって、何がだよ……?)

 子どもが生まれたからか。新しい命は良いものだ。一人納得してうんうんと頷く。途端にチーズがおいしく感じた。

「おかわり」

 あっという間に空にした皿をアイラに差し出して、「もう少し」を要求すると、アイラの口が尖った。

「だめー! ソル、人型だといっぱい食べるんだもん。すぐ無くなっちゃう! あ、じゃあ、ぶどうんとこ行ってお手伝いしてきたら食べてもいいよ」

「はあー!?」

 麦も大変だったけれど、夏はぶどうも忙しい。つるは夏の太陽に照らされてぐんぐんと伸びていくから、ひもで誘引しなければならないし、根元は草で生い茂ってしまう。養分が取られる前に草むしりだ。アイラも草むしりの手伝いに午後から行こうと思っていた。


「おーい、アイラ! ぶどうのとこ行くぞ!」

 外から声がする。あれは確か麦農家の長男(十五歳)。呼びに来たのだろうか。けっ、とソルは不機嫌そうに立ち上がった。アイラは外仕事用のエプロンをして、首に手ぬぐいを巻いた。麦わら帽子も持って準備万端だ。

「じゃ、行こっか」

 鎌と水筒は二つずつ。一応ソルの手ぬぐいも持った。

 戸を開けると予想通り、また少し背の伸びた少年が立っていた。アイラを見て目を輝かせたと思ったら、後ろから出てきたソルを見て残念そうに表情を変えた。

「先に行ってても良かったのに」

「べっ、別に!? サボるんじゃねえかと思ってよ!」

 少年の顔は真っ赤だ。

(ふうん……?)

 ソルは脳内リストにしっかりと「要注意」の文字を書き足した。

「サボるわけないでしょ!? こっちだって家で色々やることがあるんですー」

 と、そこで少年を見上げていたアイラは、その視線がさらに上になっていることに気がついた。

「……また、背伸びた?」

 すると彼は得意げに胸を張る。ふんす、と小鼻が膨らんだのが分かった。

「どうだ、羨ましいだろ。チビ、チービー!」

 ぐぬぬぬ、とアイラはむくれた。ただでさえ背が低いことを気にしてるのに!

「ず、ずるい……」

「おら、さっさと行くんだろ。二人してさぼんじゃねえよ」

 ソルはやれやれと言うようにアイラの麦わら帽子ごと頭に手をぽんと置いて先に歩き出した。ちょっと歩いて後ろを振り返る。

「ちゃんと手伝うからな!? チーズの件、忘れんなよ!?」

「あっ、うん! ソル、待って!」

 少年は一瞬呆然としたあと、慌てて二人を追いかけた。


 ぶどう畑の作業も村人たちの仕事だ。手の空いた者が畑に行って枝の誘引や草むしりを行う。これは毎日行うものだから、麦刈りと違って「その日一斉」ではない。けれど、暑い最中、草は元気に伸びるし、ぶどうも負けじと蔓を伸ばす。なかなか地味に大変なのだ。

「ちょっと、遅いじゃない!」

 少年の姉がぷりぷりと鎌を片手に怒っている。彼女はぶどう農家の長男とこの間一緒に水浴びしていたのを見かけた。

 少年はしどろもどろになりながらも姉の口撃をうまく避けていた。


 アイラはスカートの裾をたくし上げて腰のベルトに差し込んだ。膝がチラと見える。草むしりは余計に泥がつく。ばっちゃんの野良着着てくればよかった。

 ソルは背が高いから、蔓の誘引に連れて行かれた。身長があるって、いいなあ。

 しゃがんで草を刈り取っていく。できれば根元から。養分泥棒の雑草は山にされて堆肥に変わり、またぶどうに戻るのだ。

 隣にはあの少年が陣取って草をむしっているけれど、その視線はチラチラとアイラを見ている。

「あー! アイラ、足まる見えだぞ! 恥ずかしくねえのかよー!」

 少年の十二歳の弟が囃し立てるようにアイラの足を指さす。その声は畑にやけに大きく響いた。

(……あ?)

 上ばかり見ていたソルが下を見ると、向こうにアイラが草を刈っているのが見えた。いや、白い膝小僧が見えている。なんで!?

「もー、だってスカート邪魔なんだもの。良いじゃない。膝(これ)見えたって、減るもんでもないし」

 いやいや、その辺の男子(ソルと少年ら)の精神的な何かをゴリゴリと削っているからね! 村人の心の声は一致した。

「ほら、アイラ! 早くしまいな!」

 少年らの母親が何かを察したようにアイラのスカートをベルトから引っ張り出し、その足を隠す。彼女の膝小僧が見えなくなった瞬間、張り詰めていた畑の空気はふっと緩んだ。かくして、少年らの命は守られた。


(あつー……あ)

 たくし上げていたスカートを下ろされて、足元が暑くなる。汗を拭って、徐々に日が傾いてきた空を見上げたアイラは、太陽が三つに分かれるように浮かんでいるのを見つけた。

 あれは幻日だ。左右にある太陽の内側はうっすら虹色に見える。

 明日は雨かな。ソルに屋根直してもらって良かった。


人間にこき使われる精霊の図。

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