英雄の噂とへそ曲がり太陽
サボりました! 毎日更新しますって言いましたっけ……?(すっとぼけ)
ソルは、アイラの瞳が好きである。彼女の瞳の色はヘーゼル。太陽の色だ。
眩い、はっと目を引くような色ではない。けれど、温かく見守るような色。
思えば、アイラは子どもの頃から不思議な娘であった。両親が流行病で死んだというのに、泣くこともなく空をぼんやりと見上げているような子どもであった。
親戚の手から魔女の元へと住処を変えたところで、泣き叫ぶわけでもなく、ただじっと空を見上げている。そんな彼女は、いつか空に「溶けて」しまいそうな錯覚を覚えて、ソルは戦慄した。
(オレがきちんと「見て」いなければならない)
十にも満たない子どもというのは、親の愛情を欲しがり、泣き喚き、うるさい。そんな生き物であるはずなのだ。
魔女とソルとアイラ。三人で暮らして、空を見て魔女が天気や暮らしの知恵を教える。喧嘩はソルが相手だ。そこまでして、ようやくアイラはたまに空から「降りて」きて、人間の営みをする。
(精霊より精霊らしいぜ)
魔女が死んで、アイラの拠り所は空とソルだけになった。ますます目が離せない。放っておけば本当に溶けちまう。
(全く、神様も困ったもんだ)
加護も与えず、空から手招きばかりするんだから。引き留めるこちらの身も考えてほしい。
「わあ……! 見て見て、ソル! 麦もすっかり黄金色!」
金に色づいた麦が夏の風に揺れている。もうじき村総出で刈り取りだ。もちろん、アイラも参加する。刈り取ったら干して、脱穀。干し草は羊や牛たちの餌となる。脱穀した麦は主食用とエール用とに分けられて、次の夏までの食料になる。忘れちゃいけないのが来年用の種。今年はたくさん収穫できそうだ。
アイラの畑も夏野菜へと変わっていた。ハーブ畑もそこかしこに見事な「暴れっぷり」を見せ、アイラに摘まれていた。家の中にはラベンダーが干されて、とてもいい香りが広がっている。濃い匂いに虫も窓から入ってこない。
「あんなちっちゃい赤ちゃんだった穂が、こんなになるんだねえ」
ほ、と感心するようにアイラは息をついた。
「どんなことが起ころうが、時間は進んでるからな。赤ん坊でも大きくなるさ」
そう言ってソルはチラ、とアイラを見た。
「なあに?」
そら豆をかごに入れながらアイラは首を傾げる。今年は豊作だ。でも冬の貴重な蓄え、節約しながら食べよう。
「いや、別に」
ソルは高く昇った太陽を見上げて目を細めた。夏は太陽の魔力も高まる時期。もう少ししたら人型になれるかもな。
「今日はそら豆でご飯にしよっか」
「おっ、やったね!」
「剥くの手伝ってよ?」
やなこった、とソルは舌をちろっと出した。ええー? とアイラは笑う。キツネの手だって、分かってて言ってるな、こいつ。
アイラは空を見上げた。高い空に、もくもくとした雲が湧き上がっている。夏特有の、白いのに肉厚な雲が大きくなって、日の光を浴びて陰影がくっきり。
(あれはまだ雨を降らせるほど大きくなってない)
ここではないどこか、雲が流れた先に激しい雨を降らせることだろう。
今日は月に一度、行商人が来る日だ。それでどこか村もソワソワしている。街まで行けば週に一度市が開かれる。けれど、街は遠いし行くとしたら朝早くの出発。それに市で買い物するにはお金がいる。手持ちがあまりないアイラには難しい。それならペドラーと物々交換のほうがまだマシだ。
アイラは作り溜めていたハーブのサシェとハーブティーを鞄に詰めた。何があるかな。塩と、糸と布が欲しい。干しブドウはソルが食べちゃったから、甘味は贅沢だけどほんの少し。
カラン、カラン。行商の荷馬車の音がする。その音に釣られて子どもたちは広場へ走り出す。大人たちもまた浮ついた足取りだ。
「ソルー、行こう?」
ペドラーからは新鮮な話も聞ける。まだ見ぬ街や王都のきらびやかな話は、娯楽の少ない村の月に一度の贅沢だ。
「おう!」
アイラとソルもまた、わくわくしながら家を出たのであった。
行商の荷馬車は村人でごった返している。アイラの村は総勢三十二人。そのすべての人がこの広場に集結している。行商というのは、この小さな村ではそれほどまでの「娯楽」なのである。
「おう、アイラちゃん! 今日は何にするんだ?」
麦を育てている男が訪ねてきた。彼はアイラよりも小さな三人の娘とやっと歩き出した男の子がいる。奥さんに抱っこされた男の子はアイラの肩に乗ったソルに手を伸ばした。
「えっとね、お塩が欲しくて! ハーブたくさん持ってきたの」
小さな手を避けるようにストンと降りたソルを見送ってアイラは答える。ソルの代わりに男の子へ手を振った。
「アイラのハーブは質がいいからね。いい匂いだもの」
「えへへ、おばさん、ありがとう!」
アイラのエプロンには女の子たちが群がった。
「アイラねーちゃん、ねえねえー、白ちゃんは?」
白いモフモフは子どもたちに大人気なのだ。ソルは子どもたちから逃げた。
「おっ、アイラちゃんじゃないか」
「ペドラーのおじさん、こんにちは! お塩と、糸と布が欲しいんだけど、これはどう?」
顔見知りのペドラーに挨拶をし、アイラは鞄からサシェを取り出した。中はローズマリーとラベンダー、セージと色々混ぜたいい香りのする布袋だ。袋の端にほんの少しだけ刺繍を入れてある。色糸はないから、草で染めたほんのり黄色い糸。「晴れますように」と祈りを込めて、小さな太陽を縫い込んだ。
男はサシェを受け取って眺める。最後に香りを嗅いで笑顔になった。
「今回も香りが濃いな! アイラちゃん、今度ハーブの扱い方教えてくれよ。これは街でも人気なんだよ」
「普通にしてるだけなんだけど……。人気なの? うれしい!」
いつもよりいい塩と交換できた。足元ではソルが「けっ」としている。
糸と、生成りの布。これは服にもサシェにも化ける。少し多めに交換する。アイラの鞄の中には、ハーブティーがあと少し。
「ねえねえ、おじさん。甘いものってある?」
そうだな、と彼は荷物の入った箱をいくつか見比べ、何か見つけたような顔をする。
「これはどうだい? 木苺のジャムだよ」
「ハーブティーでいい?」
おうよ、と彼はジャムとハーブティーとを交換した。ジャムを大切そうにカバンにしまうと、ソルはふんふんと鼻を動かしているのが見えた。
(後でね)
ソルの鼻先をひと撫で。アイラも食べるのが楽しみだ。
「ねえねえおじさん! お話聞かせてよ!」
あらかた村の人も買い物が終わったようで、子どもたちはペドラーの話を聞きたがった。彼もまた「そうそう!」とその興奮を思い出したように口を開く。
「今回はな、大大大ニュースだ! なんと、王都の宮廷魔道士さまが、精霊を手なずけたんだそうだ!」
「せいれい?」
「そう! 水の中位精霊だよ! もう、王都ではその話でもちきりで、お祭り騒ぎなんだよ!」
子どもたちはよく分からないまま、ペドラーの興奮に飲まれたように「すごーい!」と口々に言う。
何でも、王都にいるその魔道士様は精霊と意思疎通を図ることができるらしい。そして、精霊の力を使って「奇跡」を起こしたそうな。
「大雨で川が氾濫しそうになってた街を、その精霊の力で治めたんだと! すごいよなあ、魔道士様は!」
へえ、とアイラは見たことのない水の精霊に思いを馳せる。
(空読みができても、大雨で川が氾濫しちゃったらどうしようもないものね)
「……凄いわ。精霊って、そんなこともできるのね」
足元にいるソルはまた、「けっ」としている。
(……「中位」かよ)
アイラは足元にいるソルを見下ろした。彼はなぜか不満げな顔だ。
「ソル、どうしたの? 帰ってジャム味見する?」
ふう、と息をついてソルは立ち上がった。ジャムの味見、と聞いて先ほどまでの不満げな顔はどこへやら。
「仕方ねえな! どうしてもって言うなら、してやらねえこともないぜ」
言いつつ、もふりとした尻尾はフリフリと揺れている。それを見たアイラはくすっと笑った。
「うん、『どうしても』。一人で味見は、さみしいなあー」
ペドラーに手を振って、パンパンになった鞄を肩に、ソルと帰る道。
「ねえねえ、ソルは水の精霊って知ってるの?」
アイラがばっちゃんのところに来た当時からいる、白いモフモフ。みんなはソルのことを「白キツネ」や「使い魔」と呼ぶ。名を呼ぶことを許されたのはアイラだけ。
ソルは、つん、と顔をそらした。
「知らねえな、そんなの」
「ふうーん」
太陽の精霊って、凄さがいまいち分からない。
赤くて太陽の光をめいっぱい浴びた、木苺のジャム。木苺だけをグズグズに煮詰めた、赤い宝石。スプーンで掬うと、それはとろりととろみが強い。
「はい、ソル」
ツヤツヤとした「宝石」を差し出すと、白いキツネはすぐに飛びついた。
「んんー……。すっぺえけど、うまいな!」
口の周りを赤くして、ソルは目を細める。続いてアイラも一口。
「おいひー!」
きゅんとする酸っぱさの中に、ほんのりと甘さがある。つぶつぶとした種をかじれば、口の中に初夏が弾ける。干しブドウの秋の味も良いけれど、爽やかな木苺もまた違っておいしい。
しばらく二人はおいしさに悶えていた。
村人総勢32人とか、限界集落もびっくりだよ……。




