完璧「じゃない」魔女の晴れ予報
もう予約投稿しないでいいですか……?
時刻未定で更新させてください……。
しとしと、どんより。ここ数日、天気はご機嫌ななめだ。アイラは灰色の空を見上げてため息をついた。
(でも)
雲の底側、同じ灰色に見えるかと思えば、そうでもない。黒っぽいのから白っぽいのまで、雲の厚さで暗さが違う。
「……よく飽きねえなあ。雨雲眺めて何が面白いんだか」
クッションに寝そべりながらソルは一人ごちた。
太陽が顔を出さないから、ソルも何だか元気がない。ぐでん、と伸びている。
「ソル! 雨雲だって、全部色が違うのよ! 知ってた?」
はいはい、とソルは窓も見ずに適当な返事を返し、また眠ろうと目を閉じた。
「もー」
「アイラちゃん、もうずうっと天気がよくないけど、いつ雨がやむか分かるかい?」
去年の干しブドウを持ってきた村人はアイラに尋ねた。二週間くらい太陽を拝んでいない。しとしとと雨はだらだらと続き、そろそろ作物の影響が心配だ。
うーん、とアイラは空を見上げた。湿った空気、黒い雲。まだまだ、しばらくこの天気は続きそう。
「まあ、そろそろ麦も消毒時期かね。臭くなるから、近くを通るときは気をつけるんだよ」
「はい。あ、干しブドウ、ありがとう!」
空読みの魔女として、まだまだ。アイラは頬を叩いて、「よし!」と立ち上がった。ついでに干しブドウをソルの口に突っ込む。太陽をいっぱい浴びた、干しブドウ。ほんのり甘くて、元気になれそう。ソルもまた、「うまぁ……」とクッションに溶けた。
「……ねえねえ、アイラちゃん。どう思う?」
村からアイラより少し年上の少女が家に押しかけてきて相談に来た。
「えっと……」
問題なのはその内容。恋である。天気ではない。恋のお悩み相談である。
「アイラちゃん、魔女でしょ? まじないとかあったりする?」
「ええっとぉ……」
(ないないない! 私、空読みならなんとかできるけど、「恋」って、何!?)
ジメジメとした空気を取り去るため、伸びてきたローズマリーをちぎって床で踏みつけた。その香りを残して掃除をしていたら彼女が来て第一声「彼と両思いになりたいの」である。
わたわたとアイラは慌てた。少女は期待に満ちた眼差しでアイラを見ている。アイラはソルに助けを求める視線を送った。けれど、彼は素知らぬ顔でクッションに寝そべったままだ。
「ねえねえ、アイラちゃん」
「ううう……ソルぅ……」
ソルの耳がぴくりと立った。彼は「ちっ」と舌打ちをして起き上がる。
「……くっだらねぇなぁ! 人間の男なんぞ、うまいもん食わせて、下手に出て『教えて?』とか言えばイチコロだろうがよぉ」
「ほんとね!? 使い魔さん! 信じるからね?」
さっさと行け、とソルは牙を見せて前足を振った。姿は白くてモフモフのキツネ。全然威厳もへったくれもない。少女はうきうきとしながら「また相談乗ってね!」と言い残して帰っていった。
しーん、と嵐が去った後の静けさが部屋を覆った。窓の外はしとしととまた雨が降り始める。
「はあー、びっくりしたぁ。ソル、ありがとうね!」
「……ふん、くだらねえ。第一、アイラは空読みの魔女だろうが。そもそも恋をコイツに相談しに来る方が間違ってるぜ」
「そうだよねえ……。……ん? それ、どういうこと!?」
ソルは器用に干しブドウの袋をカリカリと引っ張って開け、数個口に含む。
「人間としてまだまだガキってことだよ」
そう言って彼はクッションに丸まってしまった。
「なにそれー!」
あながち間違いでないから強く言い返せない! ふと、アイラは「あれ?」と思った。
「……じゃあ何でソルは男の人の扱い方とか知ってるの?」
「……」
白キツネの耳は今度はピクリとも動かない。寝ちゃったのかな?
「あーあ。私もばっちゃんみたいに経験豊富になるかなあー」
頬杖をついて空を見上げた。
(恋豊富になんぞ、ならんでいい)
こっそりと思っているソルの心情を知るのは、隠れて「イシシ」と笑っているチビどもだけ。
曇った時を見計らって、畑の風上では硫黄が燃やされ始めた。青い炎がメラメラと立ち、強烈な刺激臭と湿った空気に反応した青白い仄かな煙が畑を覆い尽くしていく。
麦畑で遊んでいた芋虫のようなチビは慌てて風上へ逃げていく。カビをまき散らそうとしていた雫のようなチビはその臭いで地面に「ぽちゃん」と落ちる。青空を切り取ったようなくしゃくしゃしたチビは風を起こしてガスを人々から遠ざけた。ろうそくのように揺れるチビは青い火に興味津々で周りをうろついている。
そんな「騒がしさ」を感じて、ソルは起き上がった。
「おい、アイラ。外行ってみようぜ」
ばっちゃんの羊皮紙をパラパラとめくっていたアイラは、ソルの声に一つ瞬いた後頷いた。
「どこ行くの?」
「麦畑。今硫黄燃やしてるぜ」
雨よけの外套を羽織って、頭に帽子を被って外に出る。雨上がりの、しっとりとした肌寒さが鼻の中を通って肺に落ちた。その空気の中に微かに混じる硫黄の燃やされた刺激臭。
風上から麦畑を覗くと、青い炎が焚かれている。少し離れた所に口布を巻いている村人が見えた。
「おじさん、これ、硫黄を燃やしてるの?」
「アイラちゃん!? 危ねえよ! ……そうそう、これで病気を抑えてんだよ。もっと雨が続いたら厳しいかもなあ……。もう少ししたらほら、麦も穂が出る時期さ」
見てご覧、と男は一本麦を抜いてアイラの近くまで持ってきた。
青々とした太い茎をべりり、と剥いていくと、葉に包まれた白い小さな麦の穂が現れた。
「ちっちゃい!」
「ここの、最後の葉っぱが出たら、麦の穂が出てくるんだ。今はまだちっちゃいけど、あっという間だぞ? すーぐ大きくなるからな」
へえ、とアイラは麦の穂の赤ちゃんを見つめた。収穫時期の、よく見る黄金の穂よりもずうっと白くて小さくて瑞々しい。
「こうやって硫黄を燃やしたりして毎年頑張るけどよ、やっぱり天気に勝てない時もあるしよ。逆に豊作な年もあったりよ。毎年同じ天気は来ねえんだよな」
しみじみと男は語る。
「ババ様に空のこと聞いたりよぉ、たまーにババ様も外すんだわ」
「えっ、ばっちゃんも外すことあったの?」
あるある。男とソルは頷いた。
「空読みは『完璧』じゃねえ。その時の空の状況から予測するわけだろ。完全な予測はそれこそ『神の領域』だ」
「ババ様はいっぱい失敗して、経験を積んでったんだな。ほら、俺だってよ、麦やってっけどよ、一年に一回しかできねえだろ? やっぱり難しいんだよなあー」
一年に一回。だから毎年一年生。そして毎年同じ天気は来ない。
空読みも、農業も、失敗しては学んで、経験を積んで、麦の穂のように実っていく。
空読みの魔女として、「完璧」でなければならないと肩に変な力を入れていたアイラから、すうっと力が抜けた。
(ばっちゃんもたくさん失敗した)
外れてもいい。その時はまた、別の方法を考えればいい。
分からないなら、それはそれでいい。経験を積めば、分かるときが来る。
いくぶんスッキリした顔になったアイラを見て、ソルは「やれやれ」と肩をすくめた。
そして周りを見回して、遠くのぶどう畑に今朝の少女がいるのを見つけた。もう一人、誰か隣にいるようだ。
(うまくいったようで何より)
そしてもう一回、やれやれと息をついたのだった。
アイラはもう一度、空を見上げた。この長雨はいつ止むんだろう。黒い雲はどんよりと垂れ下がったまま。
(……いつか、分かる日が来るかな)
その時まで、もっと、いっぱい空を「読んで」経験を積もう。
(ばっちゃんを超えられればいいな)
大それた思いかもしれないけれど、夢はでっかく、目標は高く。
と。
「あっ、ぅわっ!?」
アイラの足がぬかるみにはまり、そのままアイラは濡れた地面に転んだ。
「アイラ!? おい!」
ソルは器用にぬかるみを避けてアイラを覗き込んだ。アイラはドロドロでべしゃべしゃだ。
「……うわぁ……」
地面に手をついたまま、アイラはため息をつく。その視線の向こう、低木の枝にクモが巣を張り直しているのが見えた。
(あれ……)
耳を澄ましてみる。湿った空気の向こうで、鳥たちが一斉に鳴いて飛び立ったのが聞こえた。
(……もしかして)
アイラの泥まみれで情けない顔が、一瞬にして「魔女」へと変わる。その変化をソルは静かに見つめていた。
「おいおい、アイラちゃん、泥だらけじゃないか。大丈夫かい?」
アイラを覗き込んだ男に、彼女はガバリと顔を上げた。
「おじさん! もう少しで雨は止むわ!」
その勢いに男は「うおっ!?」と仰け反った。低木を指さす。
「クモが糸を張り直している。そして、鳥達が鳴いている。生き物たちは人間よりもずっと、ずっと天気に詳しいの。これから天気が良くなる合図よ!」
ほら見て、とアイラは西の空を指さした。だんだん近づいてくる夕暮れ、分厚い雲の隙間から見える空は、不気味なほど真っ赤だ。
「な、なんだあの空は……。気持ち悪いな」
「ううん! 明日晴れる夕焼けよ! 長雨は抜けたわ!」
ハッとアイラは我に返る。そして小さくなってもじもじと俯いた。
「……多分……」
だはーっ、とソルはずっこけた。
「なんだよ、締まんねーな!」
だって……とアイラは泥だらけの指をくっつける。急に自信満々になんて無理だもの。
二人のやり取りを見ていた男は、朗らかに笑い出した。
「あっはっはっは! そこがアイラちゃんのいいとこだな! 慎重だなあ!」
ババ様とは違う魔女だな、と言いながら笑っている。それを見てアイラとソルも、つられて小さく笑った。
翌朝は珍しく乾いた風が吹いて青空が広がっていた。
「おー、起きたか、アイラ」
束ねる前の髪の毛をボサボサにしながら、アイラはぼんやりと目をこする。彼女の目の前、食卓用の椅子に行儀悪く足を組んで座っているのは、人型になったソル。干しブドウをつまんでいる。
「あれえ、ソル……?」
「久々に太陽が出たからな、オレも戻れた」
言いながらあむりと干しブドウを食べている。袋はへたりとしおれていた。
「あっ! ちょっと! 貴重な干しブドウ! 私あんまり食べてないのに!」
「ケチ言うなよ」
ひどい! と嘆くアイラの目はすっかり覚めた。
「もうソルにはご飯作らない!」
えっ、と彼の手からポロリと干しブドウが落ちる。彼の青空のような目は驚きで大きくなっていた。
「ちょ、アイラ!」
「知らない!」
「悪かったって、アイラ!」
からからと空も笑っているような、久々の晴れ。もう少しで、季節は夏。
昔は硫黄を燃やし消毒とかしてたみたいです。
レーズン、私は好きなんでよく食べます。




