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小春日和、薪と毛玉とスープと錨

お待たせしました(息切れ)!

 アイラは体にのしかかる重さで意識が浮上した。冬がどんどん近づいてきて、ぬくもりが欲しくて毎日ソルを抱き枕としていたのが良くなかったのだろうか。

(ソルに潰されてる? 重い……)

 ぱちり、と目を開けると、アイラの目の前、長いまつげでふわふわの癖っ毛を持つ青年が眠っていた。

(え……)

 なんか、抱きしめられてるんですけど!?

 事態を理解したと同時に、アイラの心臓が激しく脈打ち始めた。

(なんで、なんで……!?)

 季節は晩秋。太陽なんて――。窓から、日の光が差し込んでいる。

(出てるぅ!?)

 もしかして、小春日和?

 だからかあ、と納得しそうになって、慌てて心の中で首を振る。

(違う違う、そうじゃない! こ、ここから出ないと……っ!)

 がっちりとした腕から何とか這い出て、スモックの上に厚手のワンピースを着た。薄手の下着一枚では、さすがに心もとない。キツネのソルなら別に気にしないんだけど!

「んん……」

 どきり。艶めいた声に心臓が跳ねた。ソルの腕はもぞもぞとぬくもりを求めてベッドをさまよい、やがて彼は瞳を開けた。

「……アイラ……?」

「お、おはよっ?」

 あふぅ……と大きくあくびと伸びをして――。

「……は?」

 彼は固まった。自身の手のひらを見つめている。その隙にアイラは自室を出た。


(……びっくりしたぁ)

 ソルは普通、人型になるとアイラよりも早く起きて日光浴してたりする。はっきり言って、彼の寝顔はベッドの上では見たことない。キツネ姿の時はいつまでも寝ている。アイラもあったかいし、モフモフだし。

――アイラ、お前はいい年なったら、止めときな。

 不意にばっちゃんの呆れたような、諌めるような声が蘇った。その時は意味なんて分からなかったけど。

(それって……人型のソルにびっくりするからってこと!?)


 エプロンをギュッと締めて、かまどに残っていた火種から火を大きくする。ふわり。アイラの視線、かまどの右隣。何か、オレンジ色の小さな、虫のようなものが宙を漂ったような気がした。

「……?」

 それはすぐに消えた。気のせいかな?

 それはそうと。朝の支度だ。

 壁に引っ掛けて干してあるタマネギの皮を剥き、手早く刻む。朝露に濡れるパセリとキャベツを千切ってきて、同じように刻んだ。夏にもじゃもじゃと実った豆。それを乾燥させたものをざらりと鍋に放り込み、水を入れてかまどにかける。

 その間に顔を洗った。室内に汲んでおいた水でさえ、冷たい。そろそろ暖炉の準備をしなきゃ。

 今日は薪集め。ソルに手伝ってもらおう。というか。

「あれ、ソル、起きてこないなぁ?」



 ソルはベッドの上で膝を抱えて頭をそこに埋めていた。

(まさか、人型に戻るなんて……。こんな日(小春日和)で!? おいおい、神様……)

 キツネだと思ってアイラの温かさを堪能しちまったじゃねえか。いやいやいや、アウトだろ。

(いや、セーフか?)

 一緒に寝てただけだし、キツネだし。悶々と考えるうちに、クツクツとしたスープの香りが漂ってきた。

 すん、と鼻を動かすとタマネギの柔らかな香りがする。あと、豆。くう、とソルのお腹が鳴った。空腹には抗えない。ソルはため息をついてベッドから降りた。



 鍋の中が焦げないようにかき混ぜ、塩をぱらりと入れる。

「……はよ……」

 背中に少し沈んだようなソルの声がかけられ、アイラは振り向いた。

「あっ、ソル、おはよー! もう一回寝てたの?」

 いつもと変わらないアイラに安堵しながら、なぜか肩透かしを食らったような気がして、ソルは肩を落とした。

「ん……。腹減った」

 窓の外はひらひらと太陽の光が降り注いでいる。秋の斜めから差し込む太陽の光は、夏と違って柔らかく暖かい。ソルは目を細めた。


「今日は冬支度! 薪拾いに行こ!」

 元気に言い放つアイラに、ソルは「はあ?」と聞き返した。彼女はさらさらとスープをかきこんでいる。

「だって、重いんだもの。ソルがいれば労働力は二倍!」

 はあ。ホントに、人のことを労働力としてしか見てないんだからな。

「へい、へい」

 スープは、太陽の力をたくさん浴びた味がした。


 大麦畑の道を挟んで斜め隣。ほこほこと耕された土の上に小麦の種をまく麦農家の人々の姿。それらは初夏に収穫されて粒になったら領主さまのところに行く。小麦は白パンになるのだ。

 一度食べてみたい、白パン。けれど、この村にはオーブンはないし、焼くとすれば隣村に行かなくてはならない。焼いても月に一度のかちかちになる黒パンだ。パンは日持ちしないし硬いし、やっぱりアイラは大麦のスープの方が好きだ。ソルはどうなんだろう。

「ソルはさあ、パンのほうが好き?」

 山に向かう道すがら、アイラはソルに尋ねた。使えそうな木の枝を拾いながら、ソルはアイラへと視線を向ける。

「なんだよ、いきなり。……パンねえ……。あれはがっちり焼くだろ? 火の力のほうが強いからあんまり好きじゃねえ。やっぱ大麦のスープだろ、そのまんまの、太陽の力が強い」

「やっぱり!? 私もスープの方が好き! おんなじね!」

 虚を突かれたようにソルは瞬いて、ふん、と鼻を鳴らした。

「第一、アイラはスープしか食ってねえじゃねえか」

 まあね、とアイラは笑った。



 山にはそこかしこに薪を拾い集める人々の姿が見えた。ここなら木の伐採も許可されている。ナタを振るって枝を落とす人、斧で木をきり倒す人。秋のうちに雨のかからない所に運んで、冬のための薪にする。

 雪が降る中、パコンとあちこちで薪割りの音が聞こえたりもする。ペースは遅いけれど、アイラも薪割りをする。ばっちゃんと白キツネのソルは頼りにならないし、でなければ凍え死ぬ。

(とりあえず太めの薪そこそこあればいいかな)

 ちょろり。人間が山に入ったことに怯えてリスが木々の上を走った。その頬には食糧がパンパンに詰め込まれている。そしてそこより高い木の枝に、蜂の巣がいつもより高いところに作られているのが見えた。

(あれ……)

 科学的根拠はないけれど、ざわりと嫌な感じがする。

「……ソル、今年はいっぱい薪を集めよう? なんか、嫌な感じがする」

「んー? どした?」

 あれ、とアイラは蜂の巣を指さした。

「いつもより高いの。そんな年の冬は、大雪になるって言われてて。あと、リスが食糧を溜め込んでる。もしかしたら、もしかするかもしれない」

 少し無言で蜂の巣を睨んでいたソルは、やがて諦めたようにアイラを見下ろした。

「じゃー、キリキリ集めようぜ。日が傾いたらオレも役立たずになるぞ」

「うん!」

 今日だけ頑張らなくてもいいけど、人手があるうちに頑張りたい。いつもより多めに、ソルもいたから楽に集められた。本当はアイラだって木を切って薪にしたい。けれど、重すぎて運べないし置く場所もない。太めの枝を切って、ソルに縛り付けた。

「おい! アイラバカ野郎! 重いぞこのヤロー!」

 なんか文句も言ってたけど、アイラだっていっぱい背負ってるのだ。


 結局、家の薪置場のちょっと手前でソルはキツネになってしまった。慌ててするんと抜け出さなければ、薪に押しつぶされるところだった。

「あぶねえ……!」

「あーあ、(置き場まで)もう少しだったのにねぇ」

「いや、殺す気か!? すげえ重かったんだけど!?」

 ありがとありがと、とアイラはソルの頭をグリグリと撫でる。彼は納得いかないような顔で撫でくりまわされ(でも嫌がりはしない)、そしてつんと顔を背けた。

「じゃ、私仕舞っとくから、ソルは先に家に入ってて」

「へーい」

 疲れ切ったようにソルはトボトボと歩いていった。大量の薪を見て、アイラは一つ息をついて袖を捲る。

「さて、やらなきゃね……」

 夕飯は朝の残りでいいよね。疲れたし作りたくないなぁ。


 薪を仕舞い終わる頃には、もう空には星が輝き始めていた。

(これからかまどの火を起こして、スープ、温めて……。うう、寒い。そろそろ暖炉に火を入れたほうがいいかなぁ)

 木の皮まみれになったエプロンをはたき、冷たくなった手を擦る。家の扉を開けると、なぜかほんのり暖かかった。

「あれ……?」

「おう、アイラ、お疲れさん」

 ソルはかまどの火の前で丸まっていた体を起こし、アイラを見上げた。

「ソル、火、起こせたっけ?」

「ん、ま、気にすんな」

 ニヤッと彼は笑う。イタズラが成功したかのような、ニンマリとした顔。

「……うん、まあ、でもありがと」

 ふと、朝見かけたオレンジ色のふよふよとした何かを思い出す。

「そう言えばさ、今朝、なんか変な光る虫? みたいなの見たんだよね。すぐ消えちゃったの。気のせいだったのかなあ?」

 ぴた。ソルが一瞬止まった。チラとアイラに目を向けたあと、ふいと顔を逸らしてかまどの火を見ている。

「……気のせいじゃね?」

「だよねえ。この時期に虫とか、寒いからもういないはずだよねぇ」

 ほ、とソルはこっそり息をついた。



 くうくう、と隣で静かな寝息が聞こえる。真っ暗な部屋の中、ソルはゆっくりと布団から抜け出した。

 灰を被っている火種があるかまどを覗き込み、そこで遊んでいる火のチビを睨みつける。

(おい、変に力出したんじゃねえだろうな? アイラは見えないはずだろ?)

 火のチビは「ぼっぼっ」と抗議するように光を出した。

(ああん? オレがアイラに力を注いだ? んなことするわけ――)

 今朝の出来事が突然脳裏に浮かぶ。

(……したのか)

 無意識とはいえ、そんなことをしでかした自分にドン引きだ。

(ええ……)

 寝る場所を変えるべきか、離れるべきか一瞬悩む。

「ばっちゃん……」

 寝室から聞こえた、頼りなさげなその声音に、先ほどの決意は一気に崩れ落ちた。ソルにとって、アイラはちっぽけで大好きな「祖母」を亡くした、いまだに泣き虫な少女なのだ。空へ溶けてしまいそうな彼女を繋ぎ止めるために、錨とならなければ、彼女はあっという間に神様のところへ行ってしまう。

(……ま、今日はたまたまだ、たまたま)

 ほんのり心に芽生えた「何か」を見て見ぬふりをして、しっかりと蓋をする。そして、ソルはゆっくりと寝室へ足を向けたのだった。


最近厄日重なるんですよ。

先日は出張の帰りに高速で故障車の渋滞に巻き込まれ、今日はスーパーで停電。自分の買い物もまともにできず……泣

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