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秋晴れの青、ぶどう踏みの鬼神

本日2話目です!!

適当な更新で大変申し訳ありません!

計画的に動け、私ぃ!

「アイラ、この間お役人様が来てさ、ぶどうが熟したから収穫が許されたんだ。天気が続く日でないと収穫できないだろ? ほら、ワインも仕込まないといけないし」

 そう言ってアイラの家を訪ねてきたのは、ぶどう農家の長男、十九歳。あの、麦農家の長女といい感じの男だ。ある意味幼馴染でもある彼は、アイラの家に来るなり持ってきた干しぶどうの入った袋を開けた。アイラが甘いものに弱いことを知っているのだ。

 アイラも遠慮なく干しぶどうを手に取り、数粒ソルに分けながら自分も口に運ぶ。カラカラに乾いたそれは、口の中の水分を吸って甘くほどけていく。


「……で? ぶどうの収穫期の空読みをすればいいの?」

 そうそう、と彼は干しぶどうを口に放り込んだ。

「秋の天気は変わりやすいだろ? あんまりぶどうも置いとけないし」

 うーん、とアイラは窓の外を見た。

「まあ、調べてみるわ」

 頼むわ、と青年は立ち上がる。

「あ、その干しぶどう、そのままやる。白さまも好きだろ。そうそう、お前も十七だろ、ワイン作り、今年からお前もぶどう踏めよ」

「えっ、いいの!?」

 当たり前だろ、と彼はため息をつきながら扉を開けた。

「十七と言えば、大人だろうが。ババ様の代わりに、しっかり踏んどけ。それまで体重増やしとけよ」

「ひとこと多い!」


 青年が帰った後、ソルは無言で干しぶどうを噛んでいる。どことなく不機嫌な空気を醸し出していた。

「ソル、どうしたの? えへへ、私もぶどう踏みしていいんだって!」

 ぱく、と干しぶどうを一つ。

「……別に」

(大人、ねえ……)

 あんなにちっさかったアイラが、ぶどう踏み。

 この村では十七になれば大人と見なされ、ワイン作りの踏み手になれる、一種の成人式のような伝統がある。

 脚をぶどう色に染め、全体重をかけてぶどうを踏む。実と皮とを分けられるのが、人間による踏む力なのである。

 村中、わいわいしながらワインを仕込む。ある意味お祭りだ。

 子どもたちはぶどうを踏む大人を見て、それに憧れを持ち、仕込んだワインが出来上がれば、新酒への味に思いを馳せる。

 新酒だけは、領主に許された農民たちの権利なのである。



(天気……。ぶどうの収穫とワイン作りは同じ時にやるから、途中雨を挟んでも一週間は必要……。まとめて晴れの日が続けばいいんだけど)

 でも、お役人様が解禁したということは、毎年この時期にワインを仕込んでいるということ。もう少し秋が深まれば、長雨の時期だ。ということは。アイラは空を見上げた。からりと晴れた空は雲はほんの少しだけが浮かび、風は穏やか。

(明日も晴れなら、少しは続くはず……!)

 アイラはテーブルにぺたんと伏せている白キツネを見下ろした。

「ね、ソル。しばらく晴れが続いても、人型になれないの?」

 まだ日は夏ほどではないけれど、長い。初秋だし、晴れが続くと汗ばむ時もある。

 不機嫌そうなソルは、ぶどう踏みに参加できないからではないかとアイラは思った。大麦の刈り取りには参加できたのに、この騒がしい祭りに参加できないのはさみしいもの。


「は? ……まあ、本気になれば、できねえこともない、けど……」

「ほんと!?」

 ソルは顔を覗き込んだアイラを見て、モゴモゴと何か言ったが、彼女が目を輝かせた途端、言葉を切って顔を逸らす。

「無理してない?」

「……いや、まだ太陽は近いし、快晴なら、戻れるんじゃねえ……?」

 きらきらとアイラはソルに顔を近づけた。

「じゃあじゃあ、ソルもぶどうの収穫、手伝って! その後一緒にぶどう踏み!」

 へ、とソルの顔は呆然とこちらを見た。近づきすぎた。こつんと鼻同士ぶつかって、その途端ソルが飛び上がる。

「ちっ、近えよ!」

 ふふ、とアイラは笑った。もしかしたら、キツネの姿かもしれないけれど、一緒に新酒を飲めるかもしれないのだ。嬉しい。


 夕暮れの空は、とても綺麗な赤。穏やかな上空が広がっている。

 アイラはぶどう農家の青年の家に行き、恐らくしばらく晴れるだろうと伝えた。そうと決まったら、人口の少ない村の動きは早かった。明日からぶどうの収穫が始まるという。

「いや、早えよ!? 結託すげえな、この村!」

 アイラよりも長くこの村に住んでいるだろうに、ソルの驚きたるや。恐らく、ソルはそこまで村の行事に関わってこなかったのだ。ずうっと、ばっちゃんとアイラだけが参加して、ソルはばっちゃんの「使い魔」という枠から出てこなかった。

 ばっちゃんが亡くなって、アイラだけでは頼りなさすぎて、ソルもその「枠」から出てこざるを得なくなった。それを嬉しいと取るか、不甲斐ないと取るか。

(それでも、私は「嬉しい」を取る)

 何事も、一緒に騒げれば楽しいよね。



 翌朝、朝焼けの太陽は金色の光で顔を出し、草の葉先に朝露がつく。

(よし、しばらく「晴れ」、確定!)

 村中、ワイン色に染まるのだ。ぶどうを収穫したら、傷む前に踏んで潰し、ワインを仕込む。時間との戦いだ。背が低くて体重も少し軽いアイラだけど、暴れまくった畑のおかげで毎日お腹いっぱい食べられている。気持ちだけは一回り大きくなったはず。

 アイラは少し振りに人型になったソルを見上げた。彼は眩しそうに太陽を見上げている。

「ソル、頑張ろうね!」

「おー……」

 なんともやる気のない声が帰ってきた。


「……で、オレは『こっち』なわけね」

 ハサミを手に、ソルは大きな籠を背負っていた。始めは全員でぶどうを収穫するけれど、たまってきたら踏み手と収穫とに分かれる。ソルは収穫班。背の高さと力が抜擢された。水分の多いぶどうもまた重いのだ。

 踏み手は比較的若者が行い、老人や子ども、踏み手にならなかった者たちは収穫してワインの仕込み場までぶどうを運び、どんどん踏みつぶしてもらう。

「ごめん! まさか『白さまにそんなことやらされねえ』って言われるとは思わなくて……」

 は、とソルはハサミを手に息をついた。

「ま、別に構わねえよ。途中でキツネになったら、オレは白から赤に染まっちまうし。……しっかり踏めよ。オレたちに負けるなよ?」

 ニヤッと彼は意地悪そうに笑った。


 かくして。ぶどうは鎌やハサミでどんどん収穫され、運び手の籠に入れられていく。籠がいっぱいになったら、屋根のある仕込み場へ運ばれて、大きな木桶にあけられる。ここで踏まれ、ぶどうの実と皮に分けられる。機械で無理やり搾ると、種まで潰されてえぐみの強い、不味いワインができるのだ。だからこの村では柔らかい人の足で踏む。

 足を清め、若者たちはぶどうを踏んでいく。男も女も関係なく、惜しげもなく足を出し、労働力にならない小さな子どもたちと共にリズミカルに歌を歌いながら。

 だん、だん。足の裏にはチクチクとしたぶどうの軸。ぷちぷちと潰れていくぶどうと、赤紫色に染まっていく足。

 アイラもまた、長いスカートを思い切り腰ベルトに挟み込んで、太ももまで見せている。ぬるりと滑りそうなぶどうの皮。転ばないよう、気をつけた。

「あ、アイラ! 追加!」

 そう声をかけてきたのは、麦農家の十五歳の少年。いや、十六になったか。彼もまた、来年ぶどうを踏む。アイラのぶどう色の足を見て、顔は真っ赤だ。

「はーい! 入れて!」

 恥ずかしさなんてとっくに消えたアイラは一声だけかけて、一心不乱にぶどうを踏む。転ばないよう、均一に踏むことで精一杯。歌を歌って、リズムに乗って。きつい。きついけど。

(楽しい……!)

 

「……ちっ、オラ、追加、だっ、くそがぁ!」

 なんとも汚い言葉と共に、不機嫌なソルが重い籠をあっという間にひっくり返し、木桶にぶどうを追加していく。

 隣に突っ立っていた運び手の少年をひと睨みすると、彼はビクリと肩を跳ねさせた。

「突っ立ってんじゃねえよ! さっさと運ぶぞ、コラァ!」

「は、はいい!!」

 ぶどうを踏みながらアイラはソルをちらりと見た。

(何でそんな不機嫌なの……?)

 やっぱりぶどう、踏みたかった……?


 その日、ソルの鬼気迫るぶどうの運びと、負けじと潰す踏み手の、謎の競争が実を結び(?)、一日の目標を大きく超えて終了した。夕暮れが迫る頃、ソルはいきなり白キツネの姿になってしまった。ぶどう収穫で良かった。冗談抜きで赤キツネになるところだった。

「ううう……、足が棒……」

 ソルを抱っこしながら、足を引きずるように歩く。下ろされたスカートで見えないけれど、この布の下はぶどう色に染まって、しばらく取れそうもない。明日も踏まなくちゃ。

 夕焼けは今日も綺麗。

「……やっぱりソルも、ぶどう踏みたかった? すごく不機嫌だったもの」

「別に? べーつーにー?」

 よいしょ、とアイラはソルを抱えなおす。きゅっと力を入れて抱きしめた。彼はほんの少しだけ体が硬くなった気がしたけれど、ぶどう運び、大変だものね。疲れたのだろう。

「……ワインができたら、一緒に飲もうね」

 なにせアイラは十七歳。大人だ。

「……飲みすぎんなよ」

 腕の中から、やっぱり不機嫌そうな声が帰ってきた。



 翌朝。体をバッキバキにしたアイラはよろよろと起き上がった。足! 足がすごいことになっている。

「いだぁ……」

 窓から差し込む朝焼けは黄金色だ。晴れる夜明け特有の、キンとした空気。なんとも気持ちのよい朝なのに、ぶどうは踏めるだろうか。

 ソルは既に起きていて、人型で椅子に座ってテーブルに突っ伏している。

「ソル、おはよう……。体すごいことになってる……。ソルは?」

「……オレもやべぇ……」

 テーブルの中から、呻くような声が帰ってきた。ぐったりとしたソルの頭をアイラはよしよしと撫でる。ふわふわの癖っ毛は気持ちいい。ソルはされるがままだ。

「今日、ソルもぶどう踏ませてもらうよう、お願いしてみるね」

「は?」

 やっぱりソルも、「お祭り」に参加してもらわなきゃ。


「…………あ、そう」

 ソルはもはや死んだ声だ。今日はアイラはぶどう運び。十五歳の少年と一緒に運ぶ。ソルはアイラと交代である。日が暮れる前くらいに木桶から出てね、と言ってある。昨日の鬼気迫る勢いはどこへやら、みんな少し動きがゆっくりだった。

 重いぶどうを運んで木桶へ運んで、踏み手が潰して。

「おいアイラ、そっち持てよ」

「うるさいなあ、ちゃんと持ってるよ」

 少年から声がかかる。昨日、一人で運んでたくせに!

 ソルをちらりと見ると、彼はやっぱり村人たちと競い合うように踏んでいる。あれ、でも笑ってる。ぴゅんと飛んだぶどうの汁でシャツまで赤く染めて、歯を見せて笑いながらリズムに乗って。

(楽しそう)

 できることなら一緒に踏みたかった。また、来年かなあ。


 そんな楽しげなソルと目が合った。彼はちょっと気まずそうな顔をしたあと、「ヘヘ」とまた笑った。

「アイラ! 重てーから!」

 少年が籠を持ちながらアイラに怒鳴った。

「あっ、ごめんごめん」

 よいしょ、と少年の籠を持つ手の近くにアイラも手を添えて力を加えた。その指先は触れ合っている。

「!」

「!?」

 ざばっとぶどうを木桶にあける。少年の顔は真っ赤。それを目撃したソルは笑みを消した。

「……オラァ! キリキリぶどう持ってこい! 踏むぞ、コノヤロー!」

 急にやる気を出したソルに、アイラは一つ瞬いて。

(ソル、急にやる気出た? 私も頑張ろっと)

 気合を入れた。


 踏み手の鬼神と化したソルは、現場監督の座をぶどう農家から奪い、とんでもない速さでぶどうを踏みつぶしていく。だん、だんというリズムの歌は、だただ……! と速い。村人たちも困惑しながらも、「白さまがそう言うなら」と何とかついていっている。

「ぶどうが足りねぇぞ!」

「はい!」

「白さまー、追加だ!」

「キリキリ持ってこい!」

 日が傾く前に、目標以上のぶどうは綺麗にワイン用の樽に移された。


「……ソル、お疲れさま」

「……おぅ」

 白い毛並みを足元だけ赤くして、ソルは小さく頷いた。彼の足は小さくピクピクと痙攣している。木桶から這い出た瞬間にソルはキツネの姿に変わってしまった。ぼとりと落ちたところをアイラは慌てて回収したのであった。

「そんなに張り切るからー……」

 むしろ収穫する方が大変だった。仕込み場ではソルの怒号が飛んでるんだもの。まあ、村の人達は「白さま、八つ当たりだなぁ」って、苦笑交じりだった。でも、なんの?

「オレは張り切ってなんかねぇ……」

 アイラの腕の中で、白キツネは呻く。

「えー、違うの? おじさんたちは『八つ当たりだな』って言ってたけど、そうなの?」

「なっ……」

 ソルは首だけ持ち上げて絶句した。瞳は大きく見開いている。今日の青空みたい。大きな瞳の中にアイラが映っているのが見えた。

「八つ当たり……。そうか、八つ当たりなのか……そうなのか……」

「?」

 くてん、とソルはアイラの腕に体を預け、何やらブツブツ呟いている。首を傾げたアイラを一瞥し、彼はふいと顔を逸らした。

「疲れすぎたからな。腹減ったぜ」

「疲れすぎて八つ当たりしてたの!? 何それー。……ふふ、今日の夕飯何にしよっかな」


 ぶどうの収穫はもう少し。晴れ間ももう少しだけ、続きそう。

 帰ったら、ソルの足を拭いて、マッサージでもしてあげよう。干し肉があったから、それをスープに入れてもいいかな。

 赤く晴れた夕焼け空。長く伸びる影は一つ。のんびりと帰った。


 また明日も、頑張ろっと。


昔、ワイン用のぶどうというのは、大変貴重な財産だったので領主様からOKサインが出ないと収穫できなかったそうです。ぶどう踏みの歴史はありましたが、村の成人式はこちらの設定です。ご容赦!

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