↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

夏の終わり、流星群と風の兆し

更新頑張ります。すみません。

 アイラは、九歳の頃に両親を流行病で亡くした。その時からだ、空をよく見上げるようになったのは。

 親戚の人がアイラを預かって、この村に来た時もずっと、アイラは空を見上げていた。泣くこともなく、その心にぽっかりと穴を開けたまま。

 困り果てた村人は当時の空読みの魔女に相談したところ、彼女は笑ってアイラを引き取った。その家に、尊大な態度の白いキツネがいた。彼は「名」を決して誰にも呼ばせず、好きなように呼ばせていた。その生き物は魔女の使い魔であると誰もが思っていた。

 とある嵐の翌日、アイラがいなくなった。雨でグズグズになった地面はぬかるみ、あちこちに木が倒れている。川だって増水して危ない。村総出で探した。ぬかるんだ斜面を滑ったのか、泥だらけになったアイラを見つけたのはソルであった。

 一人で心細かったろうに、けれどアイラは空虚な顔で空をただただ見上げていた。まるで、そのまま空へ「溶けて」しまいそうになると錯覚するほど。

 だから、ソルはアイラに自身の名を呼ぶことを「許した」。ソルが錨《いかり》となって彼女が浮き上がらぬように。溶けることを許さず、人として地に足をつけて立っていられるように。

 ソルが太陽の上位精霊であることを知っているのは魔女と、アイラだけ。

 それでいい。精霊が人間になど利用されることはあってはならない。



 今日の朝食はタマネギと豆と塩漬け肉のスープだ。もう塩漬け肉は底をついた。もう少しすれば豚と老羊の屠殺が行われる。それも村全体の仕事だ。可哀想とは思わない。貴重な冬の食糧であり、命をいただくこちらも感謝していただくのだ。 

「うめえー。やっぱり肉だよなー」

 ほんの少し、削り屑くらいの肉片を入れただけなのに、ソルは「うまい」と言ってくれる。

(っていうか、食糧があっという間に消えるのって、やっぱりソルのせいだよね……!?)

 白キツネの姿とは異なり、大食漢の成人男性がいるようなもんだ。とんでもないスピードで消えていっている。これは畑に何か植えるのを増やすべきか、本気で悩んだ。


(でも、そのうちソルもキツネに戻っちゃうよね)

 人型なのは太陽が近い夏だけ。彼の太陽のような笑顔や見上げる背の高さが見られなくなることに一抹の寂しさを感じながら、アイラは思った。

 これから日はどんどん短くなって、夜の時間がどんどん長くなっていく。そのうち、雪がちらついて白に閉ざされてしまうのだ。

(でもキツネの姿だって、食べないわけじゃないし)

 じゃあ、畑には人参とキャベツとタマネギと、冬前にニンニクを植えようかな。



 畑はこの間のソルの「まじない」が効いたのか、豆はすごい量ができてるし、キャベツもモサモサと繁ってちぎるのが追いつかない。ちなみにハーブは「諦めた」。ありがたいけど。ありがたいけど!

(ミントとセージとローズマリーはソルにちぎってもらおう。パセリは種まいとこっかな)

 乾かしておけば、冬の間でも少しは緑があるだろう。

 じゃあ、今日お洗濯が終わったら、家の畑仕事に決定! アイラは残りのスープをかきこんだ。

「ソル! 今日のお仕事、ハーブの収穫! お願いね?」

「はあー!? 『アレ』を!?」

 ソルもあのハーブの暴れっぷりを思い出したのか、顔を引きつらせた。

「だってパセリの種まきしたいんだもの。今収穫しておけば、冬に色々使えるし。私お洗濯してくるから、よろしくー!」

「あっ、おい! アイラ!」

 軽く食器を水で流して、アイラは洗い場へ走っていってしまった。女もまた、忙しいのだ!

 残されたソルは、一つ息をついて、外を睨みつけた。ハーブの「森」の中に、わちゃわちゃと遊んでいるチビどもが見える。

「あいつら……。加減ってもんを知らねえんだから……」



 アイラはスモック一枚になって洗濯物を川にじゃぶんと浸した。村の女子どもたちもあちこちで洗濯したり川に入って水遊びしたりしている。

(ソルは同じ服着てるけど、全然汚れてない感じだし、夜はキツネになっちゃうから「脱いで」って言いにくいし……)

 いつも彼はお日様の匂いがするのだ。羨ましい。

 上流からは灰が流れてきて、川の水を少し濁らせていた。

 去年まではばっちゃんと合わせて二人分。今年はアイラの一人分。平らな石に布を叩きつけて汚れを落としていく。

(ついで!)

 アイラは二つに縛っていた髪紐を解いて頭と体を擦った。昇り始めた太陽の熱と、朝の少しひんやりした空気。川の気持ちのよい水とさっぱりとした体。体にぴったりと張り付いたスモックを軽く絞って川から上がる。

(濡れたままだとソルに怒られちゃう)

 今日も暑くなりそう。洗って絞った服は草の上に広げて乾かす。アイラは川に足を浸したまま、濡れそぼった髪の毛を絞った。

 遠くに農作業に出ている男たちの姿が見える。そろそろ秋まき小麦の畑の土起こしが始まるころだ。春に収穫される小麦は領主様のところへ行く。自分たちが食べられるのは、大麦とライ麦くらい。ライ麦で作った黒パンは、滅多に食べられないけれど。

 ぼやっと考えているとスモックが乾いてきた。髪の毛はまだ乾かない。でもいっか。アイラは立ち上がった。



「……くそ。何でこんなになった? ハーブはそもそも強いからやめとけって、オレ言ったよな?」

 ブチブチとちぎって広げた布に分別しながらソルは毒づいた。ちょこちょこと走り回るチビどもは、ソルの睨みにもどこ吹く風だ。

(こいつら……! アイラのほうがオレより「上」ってか……!?)

 実際アイラにこき使われているソルをみているからか、「力関係」を学習したようだ。

 そのうち引きちぎられた「森」は、少しスッキリとしてきた。

 その頃、アイラが濡れた洗濯物を抱えて帰ってきた。彼女の髪の毛は珍しく下ろされて、時折ぽたりと肩を濡らしている。

「ただいまー。あ、すごい! 分別もしてくれてたの!?」

 助かるー! と満面の笑顔でアイラは紐に服を通していく。彼女の体からも川の匂いがした。

「アイラ、川に入ったのか?」

「えー? だって、洗濯するのに川に入らないとじゃない?」

 そういうことじゃねえよ、とソルはアイラの手から紐を奪い取って彼女の背の届かない場所に掛ける。ソルの指先からはふわりとハーブの香りがした。

「頭、濡れてんぞ」

「…………さっぱりした!」

 このやろ、とソルはアイラの頭を小突いた。

(人(オレ)がどんな気持ちでいるか知らねぇで)


 秋の香りを少し感じる、爽やかな夏の日。上空の雲は少なくて、青空が広がっている。

(夜は涼しそう)

 青が目に眩しくて、アイラは目を細めた。

 日が沈む。太陽がいなくなったから、ソルはキツネになってしまった。気温はアイラの予想通り、少し過ごしやすい。

 夜はオレガノがたっぷり入った、どろりとしたスープ。緑色が主張する爽やかな味だ。豊作に「なりすぎた」豆も入れたらちょっと重くなった。ま、明日人型のソルが食べるからいっか。


 ソルは窓から空を見上げている。夕食が過ぎて、口の周りは先ほどのスープの緑に染まっていた。神々しいはずのその姿は、どこか残念な白キツネだ。

「ソル、口の周り緑だよ」

 アイラは彼の口元をごしごしと擦った。彼はされるがままだ。けれど、ちょっと取れなかった。

「今日は外出てみねえ?」

 あとは寝るだけなのに、珍しくソルは暗闇の空を見上げてアイラを誘う。

「何で?」

「おもしれーもん、見れるぜ?」

 どこか楽しげな声に、アイラもわくわくした。日が昇れば起きて、日が沈めば寝る。太陽とともに暮らす農村の民にとって、冬ではない季節の夜更かしはどこか「特別」だ。


「ええ……? 何があるの?」

 ちょうど月も見えない。たくさんの星だけがチカチカと瞬いている。

「見てな」

 ソルは星空を見上げたままだ。アイラも無言で倣う。

 ヒュ……ン!

「!」

 一瞬、光の筋が空を走り、白い線を残して消えた。

「何……、今の……。あ! また!」

 ヒュン、ヒュン。何本もの光の筋が空をなぞっていく。アイラは数えようとするが、あまりにもたくさんで数え切れない。視界いっぱいに広がる夜空に、一瞬の光。

「星が流れてるんだ。ちょうどこの時期、夏と秋の境目。たくさんの星が、空に白い線を描きに来るんだよ。……綺麗だろ?」

 とん、とソルはアイラの肩の上に乗ってきた。アイラはソルの背中を撫でる。ふわふわの、人型の癖っ毛のような柔らかな手触り。

「うん。……とっても」

 しばらく、空に描かれる光の軌跡を二人で見上げていた。



 よく星を見ていると、その瞬きが強いことに気がついた。流れていく星の光の間に、もともと空に浮かんでいる星が「チッカチッカ」と瞬いている。

(あれ……。いつも見てた星より、なんか光り方が違う)

 確か、ばっちゃんが言ってた気がする。

 星が強く瞬くのは、上空の風が強いから。だから、明日は――。

「明日は風が強そうだな」

 耳元でソルが呟いた。今言おうとしてた言葉を先に言われて、なんだか悔しい。

「何で先に言うの!?」

「早いもん勝ちだろ! 残念でしたー!」

 きい! アイラはソルの腹をくすぐると、彼は身をよじってアイラの肩から落ちる。

「おい! 何すんだ!?」

 今度はソルがアイラに飛び乗って彼女の頭をぐしゃぐしゃにする。

「わっ、ちょっと、ソル!」

 二人とも同じ空読みをしていたことに気がつくことなく、ぎゃあぎゃあと精神年齢の低い応酬は、それこそ空が光の筋でいっぱいになるまで続いたのであった。


今日は寒いので、川に入るとか話を読んで寒くなりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。