狐の嫁入りと、お日様の一色
家の中で調子外れの鼻歌が聞こえる。時折チョキンと糸を切る音。
今日は雨。農作業はお休みだ。部屋にはニガヨモギがつるされ、強烈な香りを放って虫も寄り付きそうにない。カモミールの花びらは乾燥させてお茶になっている。鍋の中にはオレガノがたっぷりと刻まれ、爽やかなスープが夜の出番を待っていた。夏のハーブがそこかしこにいて、季節の移り変わりが感じられた。
「でーきた!」
アイラは完成した最後のサシェの布袋をテーブルに重ねた。もう少しでまたペドラーがやってくる。それまでに交換できるものを作っておかなければ。
クッションには白いキツネ姿のソルが丸まっている。背中はゆっくりと動いているから、ぐっすり眠っているようだ。
クッションに丸まっていた白キツネの大きな耳がぴくりと動いた。彼の薄目の先には、つるされたハーブによじ登ろうとしているチビ。けれど、ニガヨモギの匂いに小さくくしゃみをして、それはちっちゃな風を起こした。そよ、とアイラの前髪を小さく揺らしたけれど、彼女は気づかない。ソルは見て見ぬふりをした。
「あれ、ソル起きたの?」
くあ、と大きなあくびをしてソルは全身で伸びをする。
「誰かのヘッタクソな歌で目が覚めたぜ」
「ひどくない!?」
こぽり、とカモミールティーをソルのコップにも注いでやる。
「はい。これでも飲んで、寝ぼけた頭起こしたら?」
先ほどの文句に対抗するかのように、お茶はあえて熱々だ。ソルは「おー」と言ってコップに顔を突っ込んで。
「あっっちいいい!?」
と飛び上がった。知らなーい。アイラはつんと顔をそらした。
舌を出した涙目のソルを、「イシシ」と笑って見ているのは窓の外にいるチビ。そろそろ白キツネの姿で睨みつけても効かなくなってきた。人型でいる時間が長かったからか?
(あーあ。雨だなんてついてねぇぜ。早く晴れねえかな)
こてん、とテーブルに顔をつけた。
先日のかなとこ雲はソルの力として回収したけれど、全ての雲を力として回収する気はない。そんなことをしたら天気の均衡が崩れてしまう。今度こそ本当に神様に消されるかもしれないからやらないのだ。
(いつかちゃんと戻れっかなー)
ま、気長に待つさ。多分。
二日経って、今月のペドラーが来る日。
やっぱり村は浮き足立っている。夏は夏で王都のきらびやかな話が聞けたりするのだ。
子どもの頃はキラキラした王都の生活に憧れたこともあったけれど、そんなお姫様みたいな生活なんて想像もできないから、やっぱり地に足のついたこの村の生活が落ち着く。
(というか、「糸紡ぎ」だってできないのに、私はこの村にずっといられるのかな?)
ばっちゃんは大麦も小麦も、ぶどうだって、それこそ隣村の羊毛の糸紡ぎも、色々やっていた。
秋になればアイラもまた一つ年を取る。そろそろ、考えなくもない時期に差し掛かっては来たけれど、まだ早い。ばっちゃんが亡くなって一年も経ってないんだから。
「アイラちゃん、今日は何にする?」
「ペドラーのおじさん、こんにちは! えっと、今日は、夏ハーブのサシェと、セントジョンズワートの軟膏よ! ハチミツある?」
はいよ、とサシェはハチミツに変わった。あとは何があるだろうか。商品を見渡すアイラの目に、少し洒落たリボンが目に映る。ちょっと質のいい、深い臙脂色の大人びたリボン。ほんの少しだけ手が迷った後、止めた。おしゃれするところはないもの。贅沢だ。代わりに干し肉が軟膏と変わった。
(……あれ、これってばっちゃんが言ってた、「情報誌」ってやつ?)
商品の中に、文字がぎっしりと書かれた羊皮紙が大切そうに積まれている。そこには、「中位精霊を手なずけた魔道士、空を読み解く。危険極まりない積乱雲の予測をし、精霊の力をもって雨を抑えたものの、雹による作物への被害は避けられず。やはり雹は天災である」と書き記されていた。
(ふうん)
「アイラちゃん、これに興味あるのかい?」
ペドラーは羊皮紙を指さした。小さな農村では興味も持たれない文字の塊。ペドラーは少し苦笑した。
「文字ばっかりでつまらないだろ。絵なんて描いてないぞ」
「……そうみたいね。残念だわ」
曖昧に笑って商品から離れた。
ソルはキツネの姿であればアイラについてくる。人型の時は絶対に外の人間には会わない。だから今日は家でお留守番(草むしり)だ。
鞄は干し肉とハチミツで重くなった。それを肩に下げて家へと向かう。途中、アイラは空を見上げた。
(羊皮紙には、王都の積乱雲のことが載ってた。だけど、魔道士様の中位精霊でさえ、雨だけで精一杯だった)
では、あのかなとこ雲を消し去ったソルは?
(考えるのはよそうかな)
太陽の精霊って、やっぱりすごいのかしら。
「そー、そー。おら、チビども働け働け。お前らの大好きなアイラのためにキリキリ、な」
ソルは地面に座って小精霊に命令をして畑の草むしりをさせていた。芋虫のような土の精霊。水滴のころりとした水の精霊。青空を切り取ったような風の精霊。ゆらゆらと揺らめくろうそくの火のような火の精霊。それらがわたわたと畑の草を抜いては乾かして運んでいる。当のソルはというと、口だけ動かして、働きを見張っているだけ。
アイラがいないから、ある意味好きに精霊を動かしていた。
「おっと、お前らやめだやめ。消えろ」
誰かの気配を感じてソルはチビどもを散らした。そして彼はさも忙しく働いていたとばかりにしゃがんで雑草を引き抜いて草の山へ投げた。
「ソル、ただいま」
「おー、おかえりー。どうよ、これ」
すっかり綺麗になった畑を指さし、ソルは手をパンパンと叩きながら立ち上がる。アイラは目を丸くした。
「すごーい! こんな短時間で!? 魔法みたい! ソルありがとう!」
「へっ、まあな。オレにかかればこんなもんよ」
彼の足元ではチビどもがギャーギャー抗議している。チラと視線を向けると、ピタリと止まった。
(分かった分かった。アイラにお前らは見えねーんだよ。後でなんかくれてやる)
今度は嬉しいのかキャーキャー跳ねている。めんどくさい。
「なんかと交換してきたんだろ?」
「あ、うん。えっとね、干し肉と、ハチミツ!」
ハチミツという単語を聞いてチビどもはまたキャーキャー飛び跳ねている。それらを足で軽く蹴飛ばし、ソルはアイラに近づいた。
「いいねえ。……ハチミツ、ちっとくれよ」
「味見する? ちょっとだけだよ?」
はい、と彼女はスプーンを持ってきて少し掬った。そのスプーンを受け取らず、彼はそのままぱくりと口に含む。ちょうどアイラから食べさせてもらう格好だ。
太陽の力をふんだんに蓄えた花の蜜を、蜂が命を懸けて集めた、とろりと強い甘み。
(良い「味」だな)
目を細める。顔を上げると、頬を真っ赤にしたアイラと目が合った。
「……顔赤いぞ?」
「だ、だって、受け取るかと思って……!」
「手が汚いんだよ」
言いながらスプーンを受け取った。全部舐めきらなかったスプーンの、ほんの少し残ったハチミツ。ソルは地面にしゃがんで、スプーンを土の上に置く。
「あっ! ソル何してるの!」
「まあまあ」
汚れちゃうじゃない、と憤慨するアイラをなだめ、見とけ、と彼はスプーンの周りに自分の魔力も振りまいた。それは、「火」とも違う、キラキラと金色に光る小さな柱。
(ほらよ、今回の報酬だ。オレ様の力付きだ。しかと受け取れ)
チビどもはワラワラとハチミツを舐め取って、ソルの魔力を受け取って去っていく。ハチミツが一番でソルの力が二番目なのはちと解せないが、まあ、アイラだしな。仕方ない。
どんどん綺麗になっていくスプーンを見てアイラは目を瞠った。
「……これ、なあに?」
「まじない。『病気なく、たくさん収穫できる』ように」
うそぶいた。
そのうちぱらぱらと雨が降ってきた。夕立だ。太陽は出たまま。空を覆い尽くさないほどの黒い雨雲が頭の上を通り過ぎようとしている。雨はあそこから落ちてきているようだ。日の光に照らされたまま、アイラとソルは雨に濡れる。
上空に残った雨粒が日の光に照らされて、虹を作り出した。
「あれは、お日様の光をばらばらにしたものなんだって、ばっちゃんが言ってた」
ぽつ、とアイラは虹を見上げながら呟く。
「そうだな」
「あれを全部集めると、いつものお日様の光になるんだって。ばっちゃんは何でもできたけど、私は『一色』でも良いのかなあ」
何でもできたことを、全て集めた太陽の色とするならば。アイラはまだまだ経験が足りない。
ソルは頭の上に手を組んだ。
「……良いんじゃねえ? 何でも得意不得意あるだろ。アイラはアイラの得意な『色』、濃くすればいい」
まだ若えんだし、と続ける。うん、と隣で少しほっとするような声が聞こえた。
「……ねえ、王都の魔道士様も、積乱雲を読み解いたみたい。でも、雨だけが精一杯だったって、情報誌に書いてあった」
ゆっくりと虹が薄くなっていく。それを見ながら、アイラは書いてあった文字を思い出した。
「……字が読めること、バレてねえだろうな」
「うん、そこは大丈夫」
険しいソルの声。ここは小さな農村だ。アイラはただの村娘。文字が読めることを知られたら大変面倒なことになる。だから、アイラは読み書きできることは黙っているのだ。ばっちゃんとの、約束だから。
「ま、中位精霊はそれが限界だろうな。まして、水の精霊とありゃあ、風も雲も関係ねえし。どうだ、オレの実力思い知ったか」
シシ、と歯を見せて笑うソルを見て、アイラは素直に頷いた。
「うん。すごいって、思った」
「……」
ちょっと照れたようにソルは頬を指で掻いた。
更新してなくてごめんなさい。今日は緊急地震速報、びっくりしました。精神的に良くないですよね、あの音。




