表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/121

第93話 酒場と物流と盗賊の件(十一)


 ギルドの扉を押し開けた瞬間、冷えた外気とは違う熱が肌へ触れた。


 昼前のギルドは、もう完全に動いている。依頼板の前には人が集まり、受付では声が重なり、革と紙と鉄の匂いが混じった空気が広間の中で渦を巻いていた。そこへ縄で繋いだ盗賊たちを連れて入れば、ざわめきが一拍遅れて止まるのも、もう三度目ではなく四度目だ。


 視線が集まる。


 昨日までの驚きとは少し違う。今日は、何かが決まるかもしれない場面を見る目だった。


「戻りました」


 マリナの声は、自分で思うより乾いていた。


「下流の渡し場でも待ち伏せです。橋と同じです。流れを止める意図がはっきりしています」


 受付嬢はもう説明を待っていなかった。すぐ奥へ声を飛ばし、年嵩の職員が出てくる。引き継ぎの手際もさらに速い。拘束の縄が受け取られ、武器がまとめられ、盗賊たちはそのまま奥へ連れて行かれる。


 その最中、河原で最後に言葉を吐いた男が一度だけマリナを見た。


 目の奥にまだ何か残している顔だったが、今はそれを拾う場ではない。マリナは視線を返すだけに留め、そのまま別室へ通された。


 机の上の紙は、朝よりさらに増えていた。


 川沿い、橋、谷、森沿いの坂。書き込みの入った地図が広げられていて、その一つ一つが数日の報告と繋がっているのが分かる。部屋の空気は重いが、昨日までの探り合いの重さではない。もう十分に揃った駒を、どこでどう切るかという重さに変わっている。


「聞かせてくれ」


 年嵩の職員が椅子へ腰を下ろしながら言う。


 マリナは頷き、渡し場の様子を順に話した。石の陰、手前の草、下流の弓、向こう岸の高み、川へ入る時の狙い、橋の時よりさらに明確になった役割分担。レイナの水で草を崩し、ガルドが弓手を抑え、ダインが正面を止め、ユウトが向こう岸を崩した流れも、そのまま抜かさず言葉へ落とす。


 途中で受付嬢が、紙の上の印へ新たに線を引いた。


「やっぱり、点じゃないですね」


「ええ」


 マリナは答える。


「街道の太い流れを順に絞ってます。橋、谷、渡し場。荷車が必ず遅くなる場所ばかりです」


 年嵩の職員が机の上で指を組んだ。


「今日の連中から、さっき少しだけ取れた話がある」


 その声音で、部屋の空気がまた一段沈んだ。


「昨日までの連中と違って、こいつらは役割を分けられていた。押さえる場所ごとに小集団が割り振られていて、さらにその上に、動きを見て回る連絡役がいる」


 ガルドが眉を寄せる。


「連絡役」


「ああ」


 職員が頷く。


「全部を現場の頭だけで回しているわけじゃない。街道ごとの報告をまとめて受ける誰かがいる」


 マリナは今日の渡し場で、向こう岸の高みを見ていたユウトの言葉を思い出した。


 見てるだけじゃないです。


 あれがその役だった可能性は高い。


「逃がしましたね」


 レイナが小さく言う。


「仕方ありません」


 マリナはすぐに返した。


「今日はあそこを崩して、渡し場を戻すのが先でした。深追いしてこちらが散る方がまずいです」


「その判断でいい」


 年嵩の職員は迷わず言った。


「現場で全部を掴もうとして潰れるのが一番悪い」


 その一言で、部屋の中の張りが少しだけほどける。


 受付嬢がそこで、少しだけ表情を和らげた。


「それで、皆さんに一つだけ伝えたいことがあります」


「何ですか」


「今日の段階で、主要な押さえどころはほぼ崩れたと見ています」


 その言葉に、全員の視線が上がった。


「まだ細い枝は残るかもしれません。でも、街道の大きな流れを止めるための配置は、皆さんが三日でかなり潰しました。少なくとも、明日以降すぐに同じ規模の遅延が続く可能性は下がります」


 レイナが、そこでようやく本当に息を吐いた。


「じゃあ……」


「金曜のこれ以上の依頼は、今のところ出しません」


 年嵩の職員が言い切る。


「ここで一度、こちらで整理する。捕らえた連中の口も、もう少し割れるだろうしな」


 マリナの胸の奥で、張っていたものが一気に緩んだ。


 終わったわけではない。そんなことは分かっている。けれど、少なくとも今日このあと、もう一本街道へ走る必要はない。


「分かりました」


 声が少しだけ柔らかくなる。


「では、こちらはここで切り上げます」


「助かった」


 年嵩の職員が言う。


「四日続けてよくやってくれた」


 その言葉を正面から受けると、疲れが一度に形を持つ。脚の重さ、肩の張り、湿った靴の不快さ、全部が今になってきちんと体へ戻ってきた。


 部屋を出る時、受付嬢が小さく笑った。


「間に合いそうですね」


 何に、とは言わない。


 それでも十分だった。


「ええ」


 マリナも少しだけ笑う。


「出来るだけ急ぎます」


 ギルドを出た時、昼前の光はもうはっきり街を照らしていた。


 石畳の白さが目に強い。けれど、その強ささえ心地よく感じる。四日ぶん張っていた意識が、ようやく別の方へ向けられるからだ。


「先生」


 ユウトがすぐ横で言った。


「終わりました」


「ええ」


 マリナは頷く。


「少なくとも、今日の冒険者依頼は終わりです」


「じゃあ、行けますね」


 その一言に、思わず笑いそうになる。


 あまりにも真っ直ぐだ。


「そうですね」


 マリナは素直に返した。


「行けます」


 それだけで、ユウトの足取りがわずかに軽くなる。隠す気もない変化だった。


 レイナが横で肩を震わせる。


「分かりやすいなあ」


「嬉しいので」


「そこも即答なんですね」


「大事です」


 ガルドが低く笑う。


「まあ、今日はそのくらいでいいだろう」


「そうですね」


 マリナも同意した。


 ギルドから魔王さんのケーキ屋までは、普段より少しだけ長く感じた。急いでいるからではない。体が疲れているからだ。河原の水を吸った靴はまだ少し重く、歩くたびに足首のあたりへ鈍い感触が残る。それでも足は止まらない。


 通りを曲がり、店の前へ差しかかった時には、もうそこだけ空気が違っていた。


 店の前に人がいる。


 営業日だ。並ぶ列まではまだ出来ていないが、開店を待つ客がすでに何人か集まり始めている。甘い匂いが扉の隙間から流れ出し、その匂いに引かれるように人が寄る。金曜の朝らしい光景だ。


「もう動いてる」


 レイナが少し驚いたように言う。


「当たり前やろ」


 頭の中に残っている魔王さんの声音が重なり、マリナはそれだけで少しだけ笑ってしまう。


 扉を開けると、甘さが一気に押し寄せた。


 焼き上がった生地の匂い。炊かれた砂糖。果物の酸味。乳の濃い香り。その全部が、朝の冷たい空気の上へ重なっている。店の中はもう完全に営業日の顔をしていた。


「お、来たか」


 魔王さんの声が飛ぶ。


 厨房の奥から顔を出したその姿に、徹夜の気配はある。だが疲れを見せるような顔ではない。むしろ、仕事場に立つ顔そのものだ。


「戻りました」


 マリナが頭を下げる。


「今日の依頼はここで切り上げになりました。これ以上の追加はありません」


「ほう」


 魔王さんが目を細める。


「そらええな」


「お疲れ様です」


 副官さんは会計台の方からこちらを見ていた。帳面も銭箱ももう揃っている。視線が一瞬で全員の服の汚れと顔色を拾い、それから少しだけ柔らかくなった。


「間に合いましたね」


「はい」


 マリナは答える。


「ご迷惑をおかけしました」


「迷惑やなんて言うなや」


 魔王さんがすぐに返した。


「先に言うてくれてたから回せたんや。しかもちゃんと戻ってきた。それで十分やろ」


 その言い方がありがたかった。


 店の中へもう一歩入ると、山本さんの姿が見えた。


 少し緊張した顔をしている。けれど、ぼんやり立っているわけではない。並べられた箱の位置を確かめ、包み紙を整え、客の視線が流れる位置を見ている。新人なりに、今日の自分の立ち位置を掴もうとしている顔だった。


「お、お疲れ様です」


 こちらに気づいて、少しだけ背筋を伸ばして頭を下げる。


「今日は、あの、頑張ります」


 その言葉に、レイナがふっと笑う。


「お願いしますね」


「はい!」


 返事は固いが、逃げてはいない。


 副官さんがその横へ立ち、短く言う。


「山本さん、最初の客は私が横で見ます。慌てなくて大丈夫です」


「はい」


 それだけで、山本さんの肩の力が少しだけ落ちる。


 何でも出来る副官さんが横にいる。それだけで、店の空気そのものが支えられているのが分かる。


 そしてユウトは、もう厨房の方を見ていた。


 土と水の匂いをまだ服に残したまま、それでも目だけは完全に別の場所へ切り替わっている。


「師匠」


 その呼び方で、魔王さんが小さく笑った。


「おう」


「遅くなりました」


「遅いわ」


 言いながら、声音は責めていない。


「ほら、はよ手ぇ洗ってこい。まだ間に合う分は手伝わせたる」


「はい」


 ユウトの返事は、今日一番明るかったかもしれない。


 その背中がすぐに厨房へ向かう。足取りは疲れているはずなのに、不思議と軽い。師匠のいる仕事場へ戻ってきた、その実感がそのまま出ているのだろう。


 ダインもすぐに入口の位置を確認していた。客が増えれば列の流れを見るのは自分たちの役目だと、もう当たり前のように体が動いている。


 ガルドは今朝から自宅経由だったから装いも少し整っている。店の外と中を一度見回し、いつもの警備と力仕事の位置へ自然に立った。


 マリナはその一つ一つを見て、ようやく本当に胸の奥がほどけるのを感じた。


 冒険者としての数日と、店の金曜が、ようやくここで繋がったのだ。


「先生」


 レイナが小さく呼ぶ。


「何ですか」


「間に合ってよかったですね」


 その一言に、マリナは少しだけ目を細めた。


「ええ」


 心からそう思う。


「本当に」


 店の外では、もう客の声が増え始めている。


 扉の向こうに並ぶ気配。通りの空気がこちらへ寄ってくる感覚。甘い匂いに引かれて集まる足音。


 金曜が始まる。


 その始まりの一歩手前で、マリナは自分の服についた土を軽く払い、呼吸を整えた。


 ここからは、また別の戦場だ。


 けれど、それは嫌な意味ではない。守りたかった流れの先にちゃんと立てているという、静かな実感だった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ