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クラスごと異世界転移したモブの俺、ハズレスキル【無限収納】が覚醒したので異世界で無双します  作者: よるねこ
第一章

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第109話 普通の討伐依頼を受けたら、昨日より倒し方を考える事になった件


 水曜の朝は、前の日の戦いの感触をまだ身体の奥に残していた。


 借家の居間へ差し込む光はやわらかく、窓辺の板床の上に白く細長い帯を作っている。けれど空気はまだ少し冷えていて、洗った食器を片付ける指先に、朝特有のひんやりとした感触が残った。卓の上には朝食の名残がある。空になった木皿、湯気の薄くなった椀、切り分けたパンの欠片。昨夜ではなく、今朝ちゃんと食べたものの匂いが、静かな部屋に落ち着いている。


 ユウトは椅子を少し引き、肩を回した。昨日の討伐で動いた筋肉が、腕と背中のあたりで鈍く張っている。痛いわけではない。だが、踏み込みと受け身と、獲物へ触れる一瞬の集中を繰り返した身体には、確かな重みが残っていた。こういう張りは嫌いではない。動いた分だけ残る感覚は、店で一日中生地を混ぜ続けた後の腕の重さに少し似ているが、戦いの後のそれはもっと骨の近くに残る。


 窓の外で、木桶に水を汲む音がした。隣の家だろう。ガルドの家から聞こえる朝の物音は、いつの間にかすっかり日常になっていた。妻の声までは聞こえないが、娘が走る軽い足音がたまに混じることがある。すぐ隣に人の暮らしがあって、その隣で自分たちも朝を迎えている。その当たり前の近さが、ユウトには妙に心地よかった。


 布で卓を拭いていたレイナが、ふっと笑う。


「なんだか、昨日より起きるの楽でした」


 マリナが食器を重ねながら横目を向ける。


「筋肉痛で動けないとか言い出すかと思ったのに」


「そこまでじゃないですよ。ちょっと脚が張ってるぐらいです」


 そう言ってレイナは自分の腿を軽く叩いた。ぱし、と乾いた音が小さく鳴る。


「でも、昨日ちゃんと戦えた感じがまだ残ってるんです。変に疲れたっていうより、また動きたい感じで」


「わかる」


 ユウトは短く答えた。


 昨日のグラスボア討伐は悪くなかった。相手を倒したというより、依頼に合わせて仕留めきれた感触があった。あれはたぶん、師匠や副官さんの訓練だけでは得られない手応えだ。頭の中で狙いを決め、それを現場で崩さず通せたからこそ、帰り道の足は軽かった。


 ダインは壁際に立てていた盾を持ち上げ、革紐の締まりを確かめていた。金具へ指を差し込み、きゅっと引き、ほんのわずかな緩みも見逃さない。昨日も同じように確かめていたはずだが、今日もまったく同じようにやる。そういう人だ。


「浮かれるな」


 低い声が居間へ落ちた。


 レイナが口を尖らせる。


「浮かれてませんよ」


「顔が昨日より緩い」


「それは否定しませんけど」


 言い返しながらも、レイナの声に嫌な感じはなかった。ダインも本気で叱っているわけではない。それがわかるからこそ、居間の空気は固くならない。


 その時、戸を叩く音がした。


 こつ、こつ、と二度。強くも弱くもない。こちらの朝の流れを知っている相手の叩き方だった。


「ガルドさんですね」


 マリナがそう言って戸へ向かう。開けると、朝の冷たい空気と一緒にガルドが入ってきた。もう自宅で朝食は終えてきたらしく、服の乱れもない。腰には短剣、背には弓。顔つきはいつも通り落ち着いているが、目はもう仕事の話をする男のものだった。


「悪い、食後ぐらいを見計らって来た」


「ちょうど片付いたところです」


 マリナが微笑むと、ガルドは軽く頷いて中へ入る。


「娘が、また行くのかって聞いてきてな。今日は昨日より早く帰れるかもしれないって言ったら、じゃあ帰ったら遊んでって頼まれた」


 それを聞いてレイナが笑う。


「いいですね」


「いい話ですね」


 ユウトもつられて言うと、ガルドはわずかに口元を緩めた。


「だからこそ、無駄に長引かせるつもりはない」


 椅子へ腰を下ろす。その動きが自然で、しかも無駄がない。自宅から隣へ来ただけのはずなのに、すでに外の空気をまとっているように見えた。


「昨日の続きだ」


 ガルドが言うと、全員が自然と卓を囲んだ。


「今日をどう使うか、改めて決めておく」


 ユウトは頷いた。火曜の討伐は終わった。今日は水曜。木曜になれば師匠の店の準備がある。なら、今日が今週最後の冒険者としての一日だ。昨日よかったから終わり、ではなく、もう一日あるからこそ意味がある。


「昨日のまま、もう一回同じようにやるのは違いますよね」


 ユウトが言うと、ガルドはすぐに視線を向けた。


「そうだな」


 短く返してから、少し間を置く。


「昨日はグラスボアだった。重さはあるが、やることはわかりやすい。今日も同じ相手を狩れば、昨日より楽に感じるかもしれない」


「でも、それだと確認にならない」


 マリナが続けた。


「昨日うまくいった動きが、他の相手にも通るかどうか。そこを見たいの」


「倒せるかどうかは昨日で見えた」


 ガルドの声は静かだったが、言葉の芯は重い。


「今日見るのは、その倒し方を相手が変わっても続けられるかだ」


 レイナが背筋を伸ばす。


「じゃあ今日は、昨日より面倒な相手ですか」


「面倒と言うほどではない」


 ガルドは首を横に振った。


「普通の討伐依頼だ。ただし、雑にやると昨日よりすぐ値が落ちる相手がいい」


「角とかですか」


 ユウトがそう口にすると、ガルドは頷いた。


「そういう相手だな。倒すだけなら簡単だ。だが、それじゃ金にならない。どれだけ値を落とさずに倒せるかで腕が出る」


 ダインが低く言う。


「昨日は重さを崩した。今日は硬さと向きを見る」


「向き」


 レイナがその言葉を繰り返した。


「そうだ」


 ダインは盾の縁へ手を置いたまま続ける。


「正面から来る相手でも、頭の向き、首の返し、脚の踏み込みで力の流れは変わる。硬い相手ほど、無理に受け止めるとこちらも苦しい」


「だからレイナ」


 マリナが言う。


「昨日の水はよかったわ。でも今日は、ただ顔の前を切るだけじゃ足りないかもしれない。打って向きをずらすところまで、もっとはっきりやってみて」


「はい」


 レイナの返事に迷いはなかった。


「やります。昨日、顔をずらした時に首の戻りが遅れたのがわかったので、今日はそこをもっとはっきり作ります」


 ガルドがユウトを見る。


「ユウト」


「はい」


「お前は昨日みたいに楽に入れるとは思うな。相手が変われば、狙う場所も重さの落ち方も変わる。それでも値を落とさずに仕留める。そこをやれ」


「はい」


 答えながら、胸の奥が静かに締まった。昨日の感触はいい。だが、それに甘える気はなかった。相手が変わるなら、通し方も変える。それが出来るかどうかを見られる一日だ。


 ギルドへ向かう道の空気は、昨日より少し乾いていた。石畳は朝の光を受けて白く、荷車が通るたびに薄い埃が舞う。肉屋の店先には、畜産の肉も、昨日どこかで狩られたらしい魔物の肉も一緒に吊られていた。脂の匂いと香草の匂いが混じり、通りの空気を少し重くする。食肉はどちらも当たり前に流れている。その中で、持ち込まれた素材の状態が値段に直結するのも、見慣れた街の景色の一部だった。


 ギルドの中は朝から賑わっていた。木の床を踏み鳴らす足音、受付へ向かう声、依頼書を剥がす音。革と鉄の匂いに混じって、早い時間から酒を入れている連中の気配もある。


 掲示板の前で、ガルドが一枚の紙を押さえた。


「これだ」


 ユウトたちが寄る。


 ロックホーン討伐。街の北西、岩場の混じる森の浅い地帯で目撃が増えている。角の買い取りあり。状態良好なら高額。角の欠損は大幅減額。


「やっぱり角ですね」


 レイナが言う。


「これならはっきりしてるわ」


 マリナが依頼書の文面を目で追いながら頷いた。


 受付へ持っていくと、受付嬢は書面を確認しながら言った。


「ロックホーンは倒せても、角を欠かせる人が多いので、状態がいいとかなり差が出ます」


 ガルドが短く返す。


「そうだろうな」


「気をつけてください。正面から無理にやると、角もそうですけど、受ける側も危ないですから」


 手続きを終えて外へ出る頃には、街の空気はもう朝から昼へ移り始めていた。陽が上がり、屋根の影が短くなる。ユウトたちは北西へ向かう道へ足を向けた。


 街道を外れ、森へ入る手前で、マリナが歩きながら役割を口にする。


「昨日と同じで、ダインさんが前。でも受け止め切るより向きを作る方を優先。ガルドさんは首の返しを見る。レイナは顔と視線。黒崎くんは、角を傷つけない形で止める」


「わかりました」


「はい」


 ユウトとレイナの返事が重なる。


 ガルドが前を見たまま言う。


「昨日は重さだった。今日は硬さと向きだ。正面から力比べをするな。正面から押さえ込んで、崩れたところを逃がすな」


 森へ入ると、光が一段落ちた。葉の隙間から差す陽は細く、地面にはまだ朝の湿り気が少し残っている。踏むたびに落ち葉が沈み、土の匂いが深くなる。岩が混じるせいで足場は昨日より硬いところと柔らかいところが入り混じっていた。


 ユウトは意識を沈める。完全鑑定を通すと、木々の向こうにある大きな質量が、地面へかかる圧の違いで輪郭を持つ。昨日のグラスボアより少し高い位置に重さがあり、頭部の前への張り出しも大きい。


「います」


 声を落とす。


「前に一頭。少し離れて二頭」


「まず一頭だな」


 ガルドが弓を握り直した。


 草をかき分けて進むと、一頭目のロックホーンが見えた。鹿に似た体つきだが、肩も首も厚く、頭部の前へ突き出た角は名前の通り岩のような鈍い色をしている。枝分かれした角ではない。太く、硬く、前へ押し出すために形を変えた塊のような角だ。首を振るだけで木の幹を削れそうな重みがあった。


 こちらへ気づいた瞬間、ロックホーンは鼻先を上げる。グラスボアのように低く沈むのではなく、頭の高さを保ったまま踏み込む準備に入った。前へ押し出す力が首より上に乗る。昨日と違う。


「来る」


 ダインが前へ出る。


 ロックホーンが土を蹴った。最初の一歩で角の高さがそのまま前へ伸びる。ダインは盾を立てたが、正面からぶつかる形になる分、昨日より衝撃が高い位置に入った。鈍い衝突音と共に、肩口がぐっと沈む。腕だけではなく、肩甲骨の奥まで重さが響くのが見て取れた。


 レイナの水が顔の前を切る。だがロックホーンは頭を振るだけで押してきた。グラスボアより首が強く、顔の前を切った程度では向きが変わり切らない。


 ユウトは踏み込みかけて、止めた。昨日のつもりで入ると、角に近すぎる。無理に行けば倒せても、角か皮を傷める。


「正面じゃなくて横顔!」


 マリナの声が飛ぶ。


「ダインさん、半歩ずらして!」


 ダインがすぐ応じる。押し返すのではなく、盾の面を少しずらして力を逃がした。真正面のぶつかりを横へ流され、ロックホーンの頭がわずかに傾く。


 そこへレイナが水を叩きつけた。今度は顔の前ではない。頬、角の付け根の下。重さを持った水塊が横から当たり、首の向きが少し流れる。


 ガルドの矢がその動きに合わせて飛ぶ。目ではなく、首の付け根へ浅く。戻す時に力が通る位置だ。


 ユウトはそこで踏み込んだ。狙うのは前脚と肩の繋がり。重い頭を支え、前へ押し出す流れが集まる場所だ。触れた瞬間、無限収納を細い線で通し、皮の下で繋がりだけを抜く。外には大きな傷が残らないまま、前へ押し込む力が片側だけ失われた。


 ロックホーンの体が傾く。頭を戻そうとするが、首はガルドの矢に邪魔され、向きはレイナの水でずれている。ダインはそこへ盾を添え、崩れた方向へさらに重さを流した。


「黒崎くん、そのまま肩口!」


 マリナの指示に、ユウトはさらに一歩詰める。立て直すには、沈んだ側の脚と肩をもう一度繋ぎ直すしかない。そこへ短く、深く通した。力の流れを二段で断たれたロックホーンは、脚を踏み直す前に横へ沈む。角が地面へぶつかる鈍い音がして、土と落ち葉が跳ねた。


 レイナが息を吐く。


「昨日と全然違いますね」


「頭が高い」


 ダインが言う。


「だから顔の前だけでは足りん」


 ガルドも頷いた。


「だが、今のでわかったな。横顔を流して、首の戻りを止めればいい」


 ユウトは倒れたロックホーンを見下ろした。昨日より一手多かった。だが、必要な一手だった。相手が変われば、やることも少し変わる。その当たり前が、足裏に残る震えと一緒に身体へ入ってくる。


 二頭目は少し奥にいた。こちらが近づくと、すぐには突っ込まず、頭を揺らしながら距離を測ってくる。足場は岩が混じっていて、昨日のように柔らかい土へ沈む感じは少ない。


「こっちは慎重ですね」


 レイナが小声で言う。


「なら、こっちから動かす」


 マリナが返した。


「レイナ、顔を向けさせて。その向きを固定する」


「はい」


 レイナは一度深く息を吸った。指先に集まった水が陽を細く返す。最初の一発は真正面ではなく、ロックホーンの視界の端へ入るように飛んだ。鼻先の少し外を横切る。反応して頭がそちらへ向いた瞬間、二発目が頬へ当たった。水はただの飛沫ではない。重さを持った打撃として首へ入る。頭がさらに半歩分ずれる。


 その正面へダインが立った。盾を前へ出し、逃げたい向きだけを潰す。ロックホーンは別の方向へ体を切るしかない。


 ガルドの矢が飛ぶ。首の戻りへ圧をかける位置だ。


 ユウトはその流れへ正面から入った。昨日のような回り込みではない。相手の向きがずれた正面、その真下へ踏み込み、前脚の根元へ触れる。頭が重い相手ほど、向きを変えた後に前脚へ集まる負担は大きい。そこだけを落とせば、巨体は自分の重さで崩れる。無限収納を線で通し、支えを抜く。沈みかけたところへ、もう一段、肩から首へ戻る流れを短く断つ。


 ロックホーンは大きく横へ流れ、そのまま岩混じりの地面へ膝を折るように落ちた。角は地面を削ったが、欠けるほどではない。土が擦れる音と一緒に、鼻先から荒い息が漏れ、それきり動かなくなる。


 レイナがぱっと顔を明るくした。


「今の、ちゃんと戦いの形を作れましたよね」


「作った」


 ガルドがはっきり言った。


「昨日より前に出ている。いい水だった」


 褒められたレイナの頬が少し赤くなる。だが視線はすぐ三頭目の方へ向いた。浮かれて終わる気はないのだと、その横顔でわかった。


 三頭目は一番大きかった。


 森の浅い岩場の手前、少し開けた場所に立つその体は、二頭目までとは厚みが違う。首の付け根が盛り上がり、角も太い。前へ突き出たその塊だけでかなりの値が付きそうだと、素人目にもわかった。


「角、絶対に傷つけたくないですね」


 レイナが小さく言う。


「だからこそ面倒なんだ」


 ガルドが答える。


「倒すだけならもっと楽なやり方はいくらでもある。だが、それをやると金が逃げる」


 マリナが全員を見る。


「ダインさん、最初は正面で受けて向きを作るところまで。レイナは顔をずらして、その次に視線を切って。ガルドさんは首の戻りを止める。黒崎くんは脚から。角は絶対に触らないで」


「はい」


 ユウトは答えながら、呼吸を整える。胸の中の空気がゆっくり深くなっていく。大きい。重い。だが、やることは見えていた。見えているからこそ、雑に終わらせる気にはならない。


 ロックホーンが地面を蹴った。


 最初の踏み込みで土が飛び、角の高さがそのまま前へ押し出される。ダインが真正面へ出る。ぶつかった瞬間、鈍い衝撃が森の空気を震わせた。盾が鳴り、ダインの肩が沈む。脚が土を抉り、押し込まれる。しかし、その沈みへ逆らわない。真正面で受け切るのではなく、わずかに横へ流す。


 その横へ、レイナの一発目が入った。頬。重さのある水塊が横から叩きつけられ、首がぶれる。二発目は目の前を切る。薄い水の帯が視界を裂き、ロックホーンの目が一瞬だけ細くなる。三発目は前脚の踏み込み先、その手前の地面へ。大きく滑らせるほどではない。だが濡れた土で足裏の感触が変わり、踏み込む角度がほんのわずか狂う。


 そこへガルドの矢が刺さる。首の付け根。戻ろうとする力へ、細く強い圧がかかった。


「今よ、黒崎くん」


 ユウトは低く踏み込んだ。正面から。だが、角や首へ行かない。支えようとしている側の前脚、その根元へまっすぐ入る。重い頭を立て直すには、その脚で支えるしかない。触れた瞬間、皮の下で支えの線を抜く。前脚が沈む。巨体が片側へ傾く。


 それでも起きようとする。首の太い筋が盛り上がり、体を戻そうとする気配が伝わった。


 ユウトは踏み込みを止めない。沈んだ肩口へさらに体を寄せ、耳の後ろから内側へ、短く、深く通す。首を持ち上げ、前脚へもう一度重さを載せるための最後の流れを断たれた巨体は、自分の重さを支え切れない。角を保ったまま、横へ沈む。地面が重く震え、足裏から脛、脛から腰へその衝撃が上がってきた。


 しばらく、誰もすぐには動かなかった。荒れた呼吸を整え、倒れた巨体が完全に動かなくなったのを確かめてから、ダインが盾を下ろす。


「重かったな」


「でも、ちゃんと流れました」


 レイナが言うと、ダインは短く頷いた。


「顔、視線、足元。三つとも効いていた」


 マリナがレイナを見る。


「今の、よかったわ。最後の足元も効いてた。大きく崩したわけじゃないのに、踏み込みの角度がずれてたでしょう」


「やっぱりですか」


 レイナは嬉しそうに笑った。


 ガルドは三頭目のそばへしゃがみ込み、角を確かめる。表面を撫で、根元を見て、首回りと肩口の傷を確認する。しばらく黙って見ていたが、やがて立ち上がり、ユウトへ視線を向けた。


「昨日より考えて倒したな」


「はい」


「それでいい」


 ガルドの声は低く、落ち着いていた。


「相手が変わっても、値を落とさずに仕留められるなら、それはもう偶然じゃない」


 そこでほんの少し口元が緩む。


「仕事になる腕だ」


 ユウトは言葉を返さなかった。ただ、その一言が胸の真ん中へまっすぐ落ちてきた。嬉しいというより、重くて静かな手応えに近い。昨日より、確かに一歩進めたのだと、その言葉でようやく形になった気がした。


 三頭を収納し、街へ戻る道は行きより明るかった。陽が高くなり、森の湿り気も薄れている。風は少しぬるく、汗の引いた首筋にちょうどいい。レイナは機嫌がよかったが、昨日より落ち着いていた。きっと自分でも、昨日は出来た、今日は使えた、とわかっているのだろう。


 ギルドへ戻り、受付でロックホーンを取り出す。床へ並んだ三頭を見て、受付嬢はまず角を見た。次に皮。最後に首回りと肩口の傷へ視線が移る。


「えっ」


 思わず漏れた声だった。


「これ、本当にロックホーンですか」


「ロックホーンだが」


 ガルドが答えると、受付嬢は慌てて首を振る。


「いえ、そうじゃなくて……いや、もちろんロックホーンなんですけど、角がほとんど欠けてないじゃないですか。これ、正面から倒したんですよね?」


 レイナが横で肩を震わせている。笑いを堪えているのが見え見えだった。


 受付嬢は一頭ずつ確認しながら、なおも首を傾げる。


「皮も傷が少ないですし、肩口も最小限ですし……これ、かなり高く買えます」


「それは助かる」


 ガルドの返事は淡々としていたが、その淡々さが余計に可笑しかったのか、レイナがとうとう吹き出した。


「だ、だって、受付の人の顔」


「笑わないの」


 マリナがたしなめながらも、口元は少し緩んでいる。


 結局、買い取りは予想よりかなり高くなった。報酬袋の重みが手の中へずしりと乗る。昨日のグラスボアより、今日の方が重い。その感触が、今日の戦いの意味をそのまま表しているようだった。


 ギルドを出ると、陽はもう高く、通りには昼前の活気が流れていた。肉屋の前を通れば、吊るされた肉が揺れ、香草の匂いが鼻をくすぐる。魔物の肉も畜産の肉も、結局はこうして街の食卓へ回っていく。だからこそ、持ち込まれた時の状態はそのまま値段になる。


「明日は準備日よ」


 マリナが言う。


「討伐は今日で終わり。ちゃんと切り替えるのよ」


「ええー」


 レイナが露骨に肩を落とした。


「もう一日ぐらい行けそうな気分なのに」


「気分で増やさないの」


 マリナの返しはきっぱりしていたが、どこか楽しそうでもある。


 ガルドがそのやり取りを聞きながら言う。


「二日で十分だ。昨日で確認して、今日で応用した。これなら店の方に戻っても鈍り切ることはない」


 そしてユウトを見る。


「ユウト、お前もだ。今日はよかった」


「ありがとうございます」


「礼を言うのはまだ早い」


 ガルドはそう言ったが、声音は柔らかかった。


「また次に出来て、そこでようやく本物だ」


「はい」


 ユウトは頷いた。昨日もよかった。今日もよかった。だがそれで終わりではない。次も、その次も、相手が違ってもやれるようになって初めて自分のものになる。その感覚は、ケーキ作りにも少し似ていた。一度うまく焼けただけでは足りない。何度やっても同じように、あるいはもっとよく出来てこそ意味がある。


 隣でレイナが、にやにやしながら顔を覗き込んでくる。


「ユウトくん、今またちょっと嬉しそうでした」


「そうか?」


「そうです」


「レイナは人の顔見すぎだろ」


「見ますよ。面白いので」


 それを聞いてマリナがため息交じりに笑う。


「あなたたち、道の真ん中で立ち止まらないで」


 五人はまた歩き出す。借家へ帰れば、その隣にはガルドの家がある。ガルドはきっと、娘に早く帰れそうだと言った約束を果たせるだろう。こちらも昼を食べて一息つけば、明日は木曜、準備日だ。師匠の店へ行けばまた甘い匂いと熱の中で働くことになる。


 火曜と水曜の二日間で、冒険者としての感覚はしっかり戻った。しかも昨日より今日の方が、考えて使えた。昨日の手応えが、今日にはもう少し深くなっている。その実感が、報酬袋の重みよりも確かに胸へ残っていた。


 借家へ続く石畳の上で、昼の光が白く跳ねる。五人の影は短く、歩幅に合わせて揺れていた。ユウトはその影を一度だけ見下ろし、それから前を向く。今週の流れはもう決まっている。木曜は準備、金土日は営業。だが、その合間にまた次の依頼が来る。その時はきっと、今日よりもう少しうまくやれる。


 そう思えるだけの二日間だった。

だいぶ更新が厳しくなりましたので、

申し訳ありませんが、月水金更新とさせてください。

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