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直也之草子 〜世界最強を目指す純情少年の怪奇譚〜  作者: 政岡三郎
幕間譚其之三

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〜田村直也の地獄のバレンタイン奮闘記_後編〜

 ドーモ。幕間譚最終話です。レモン果汁を購入し、なんとか帰宅した直也。果たして直也は、遅刻せずに学校へ着くことができるのか?直也のバレンタイン計画の行方はいかに___!!

 全速力で町を駆け回り、どうにかレモン果汁調味液を買って帰宅した直也。


 コンビニで会計する際、先の自転車での転倒で頭から血を流していたため、店員をあからさまにビビらせてしまったが、直也にそんなことを気にしている余裕などなかった。


 時計を確認すると時間は大きく進んでいて、今から2種のソースを作るとなると、遅刻ギリギリの時間になるだろう。手際良く調理をしなければまずい。


 帰って休む間もなく、そのままソース作りに取り掛かる直也。


 ラズベリーソースは、小鍋に解凍したラズベリーとグラニュー糖、レモン果汁を加えて、とろみが出るまで中火で煮る。


 ラズベリーソースを煮ている間に、チョコレートソースの調理もこなす。


 高速でダークチョコレートをきざみ、耐熱容器に大匙2杯の牛乳と共にぶち込んでレンジで温める。


 一分程温めたものを一度レンジから取り出し、軽く混ぜたのちもう30秒レンジにかける。


 完璧な手際であった。


 調理工程が簡単なお陰という面もあるが、頭から少しだけ出血していたお陰で頭に(のぼ)った血が抜けて冷静になれたことも大きかった。


 できたチョコレートソースを保温容器に移してランドセルにしまう。


 後はラズベリーソースだが、こちらはチョコレートソースよりも時間がかかる。


 ラズベリーソースにとろみがついて完成する頃には、遅刻ギリギリの時間になっていた。


 直也は急いでラズベリーソースも保温容器に移してランドセルにしまい、更に三不粘の材料であるピーナッツオイルと、クッキングペーパーで濾した卵黄とデンプン液を混ぜた物の入った水筒も、纏めてランドセルに放り込む。


 最早ランドセルに教科書だのの勉強道具が入る余地はないが、そもそも直也は学校に全教科置き勉しているので、なんの問題も無い。


 直也はランドセルを担ぎ、家を飛び出る。


 100メートル12秒台という、小学五年生にしては規格外のスピードで通学路を駆ける。


 レモン果汁調味液を買いに出てからこれまで一切休むことなく動いているため、流石に疲労が蓄積しつつある。


 普段ならば無理せず堂々と遅刻をかます直也だが、今日ばかりは遅刻するわけにはいかない。


 遅刻の常習犯である直也は、過去に一度遅刻の反省文を放課後に書かされたことがある。


 今日遅刻して万が一また放課後に反省文を書かされてしまえば、調理実習室似忍び込んで三不粘を作る時間が無くなってしまう。


 通学路を全速力で駆け抜け、なんとか教室に着いたのはチャイムが鳴る1秒前。


 頭から血を流した状態で教室に入ってきた直也に、クラスメイトも担任の久谷もギョッとして、直也は直ぐ様保健室へ連行された。


 といっても、血はもうほとんど止まっていたため、とりあえず顔の血を拭いたのち一応の消毒をして、すぐに教室へ返された。


 ともあれなんとか遅刻を回避した直也は、授業の合間の休憩時間を使って、健悟と月男と共に調理実習室へ忍び込むための算段を立てる。


 健悟と月男の調べによると、今日は四時間目に六年二組の生徒が調理実習室を使うようだ。


 しめた、と直也は思った。


 六年二組には、以前鴇島と鶫屋という中学生の不良からカツアゲをされそうになっているところを直也が助けた生徒がいたはずだ。


 直也は二時間目と三時間目の間の休憩時間を使って、その生徒に会いに行く。


 要求内容は単純。一階にある調理実習室の窓の鍵を一箇所だけ開けておいてくれれば、それで良い。


 幸いにもその六年生は、快く直也の要求を呑んでくれた。




 そして給食の時間が終わり、放課後。


 直也のいる五年一組の教室に、鹿乃子が訪ねてきた。


「なおくん」


「!!かのこ♪」


 直也は嬉々として鹿乃子に駆け寄る。


 鹿乃子は直也の額に貼られた絆創膏を見て、驚いたように口元を手で覆う。


「その怪我どうしたの!?だいじょうぶ!?」


「大丈夫大丈夫!ちょっとワケあって軽く切っちまったんだけど、こんくらいなんともないぜ♪」


 鹿乃子に心配を掛けぬよう、明るく笑い飛ばす直也。


「そっか……。怪我には気を付けてね、なおくん。それと……」


 鹿乃子は手に持った手提げ袋から、赤い包装紙に包まれた小箱を取り出した。


「これ、バレンタインデーのチョコレートだよ。……受け取ってくれる?」


 少しだけモジモジしながら、おずおずと箱を差し出す鹿乃子。


 他の友達に渡したチョコよりも、()()()()()()()()()なチョコレートだ。


「やったーーーー!!かのこからのチョコレートだあーーーー!!」


 チョコを受け取り、大はしゃぎする直也。


「も、もう。なおくんってば……喜びすぎだよ」


 そう言ってはにかむ鹿乃子。


「かのこ!!実は俺からも、かのこに渡してぇモンがあるんだ!お父様とお母様が迎えに来るまで、まだ時間はあるよな!?」


「えっ?う、うん。少しだけなら、時間はあると思うけど……」


 きょとんとする鹿乃子に、直也は言う。


「少しだけ待っててくれ!かのこのチョコには敵わねえが、俺の渾身のバレンタインスイーツを、かのこに贈るからよ♪」


 そう言うと直也は、ダッシュで一階へ向かう。


 昇降口から一旦外へ出て調理実習室の窓の前へ向かうと、そこでは健悟が既に待っていた。


「直也!コッチコッチ」


 声を潜めながら、鍵が開いている窓の前まで直也を手招きする健悟。


「おう、健悟!中、誰も居ねぇよな?」


「ああ、人っ子一人いないけど……ホントにやんの?」


 正直気が進まないと言いたげな表情で、健悟が訊ねる。


「あたりめぇだろ?」


 そう言うと直也はスマートフォンを取り出し、もう一人の共犯者に電話をかける。


「月男、誰も近付いちゃいねぇか?」


『敵影無し。オールクリア』


 月男は今、学校の中から調理実習室の入口を見張っている。


 もしも誰かしら教師が調理実習室へ近付けば、月男が中にいる直也へ報せつつ足止めをする手筈になっている。


「お〜し。通話は繋げたまま、引き続き見張ってろ。頼んだぜ?」


『イエッサー』


 直也はスマホのスピーカーをオンにしてポケットに突っ込み、健悟と共に窓から調理実習室へ侵入する。


「健悟、調理道具とコンロの準備を頼む」


「わ、わかった」


 直也はいつでも月男からの報せを聞けるよう、スピーカーをオンにしたスマホを調理台の上に置きつつ、ランドセルから三不粘の材料を取り出す。


 卵黄とデンプン液を混ぜた卵液、そしてピーナッツオイル。準備万端だ。


「直也、コッチも準備オッケー」


 健悟の方も、フライパンとおたまを調理実習室の棚から取り出し、コンロに火も着けた。


「オッシャア!そんじゃあ早速___」


 コンロで熱したフライパンの前で直也がおたまを握りしめた、その時___。


「ッ!?」


 カラン、と。


 直也の手から、おたまが滑り落ちた。


「直也……?」


 健悟が訝しむように直也を見ると、直也は驚いたように自身の右手を見つめていた。


「右手が()てぇ……なんだ、こりゃあ……どうなってやがる!?」


 直也の右手には今、えも言われぬ動かしにくさと共に激しい痛みが走っていた。


『どったの?なんかトラブル??』


 通話の向こうから異変を察した月男が訊ねる。


「つ、月男!それがその……なんか直也の右手が急に痛み出したみたいで……」


 健悟が状況を説明すると、月男はハッと何かを思いつく。


『___()()()だ!』


「「……ッッ!!」」


 腱鞘炎。


 手首や指など、身体の各部位を集中的に酷使しすぎた結果、骨と筋肉を繋ぐ腱を包み込む”腱鞘”という組織に炎症が起こる病気のことである。


『直也は三不粘作りの上達のためにトライアンドエラーを繰り返すうちに、おたまを振りすぎてしまったんだ!その結果右手を酷使しすぎて、腱鞘炎を引き起こしてしまったのさ!』


「「な……なんだってーーーーーー!!?」」


 驚愕の声がハモる直也と健悟。


『おそらく、今まではバレンタイン計画を成功させることに躍起になるあまり、脳がノルアドレナリンを分泌して痛みに気付かなかったんだ……それが、計画の完遂間近というところで遂に限界が来たんだ!』


 月男の力説に、健悟は諦めたように溜め息をつく。


「はぁ……ここまでだな、直也。残念だけど、今年のバレンタインデーは諦めて___」


 健悟がそれを言い終わる前に、直也は棚から新しいおたまを取り出す。


 直也は、この期に及んでまだ三不粘を作ろうとしているのだ。


「お、おい直也!?今年は諦めろって!!右手が痛むんだろ!?」


 尚も三不粘を作ろうとする直也を必死に説得する健悟。しかし……。


「……このチョコを見ろよ、健悟」


 直也は左手で、肌身はなさず持っていた鹿乃子からのバレンタインチョコを取り出して、調理台の上に置く。


「こんな箱に入れて……可愛らしいラッピングまで施して……かのこは俺に、最高のバレンタインチョコをプレゼントしてくれたんだぜ?」


「毎年貰ってるだろ!?」


 健悟のツッコミとも取れる指摘を無視して、直也は続ける。


「かのこはよぉ……俺のために、こんな素敵なバレンタインチョコを作ってくれたんだ。……だってのに!!」


 直也の眼に、闘気が宿る。


「俺がこんなところでイモ引いて!かのこに最高のバレンタインスイーツをお返ししねぇわけにはいかねぇだろうが!!」


「ホワイトデーに返せば!!?」


 まごうことなくド正論のツッコミであった。


 しかし、健悟の渾身のツッコミも、今の直也の耳には届かなかった。


 絶対に鹿乃子に三不粘を食べさせる。


 鋼の如き決意と共に、直也は卵液をフライパンへ流し込んだ。


「ウオオオオオオオオ!!待ってろかのこおおおおおおおおおおおお!!」


「直也ああああああーーーーーーーー!!」








 ___こうして。


 田村直也の地獄のバレンタイン奮闘記は幕を閉じた。


 見事、過去最高の出来の三不粘を完成させた直也は、チョコレートとラズベリーの2種のソースを添えて、車へ乗り込む直前の鹿乃子に手渡すことができた。


 のちに鹿乃子は、今まで食べたことのない食感で、酸味と苦味の効いた2種のソースが味のアクセントになってとても美味しかったと、直也に味の感想を語った。



 後日、腱鞘炎を悪化させた直也は、一ヶ月近く右手に包帯を巻く羽目になるのであった。



__田村直也の地獄のバレンタイン奮闘記 完__


__終之譚 第一話へ続く__

 幕間譚其之三、いかがでしたでしょうか?


 改めまして先週は、私のミスにより投稿時間が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。


 この幕間譚も、最初は一話で終わる予定でした。


 それが書いている途中で予想より長くなることに気付いて前後編になり、更に後半まで8000字を超えてしまったため更に中編と後編に分けてと、週一投稿の難しい点を改めて実感する幕間譚となりました。(これなら幕間譚にせず、十一之譚にすればよかった……)


 ともあれ、長らく続けてきたこの直也之草子も、次の譚で一旦終幕となります。


 ただそれは、あくまで第一部の少年編が終わるというだけで、直也之草子自体はまだまだ続きます。


 現在私が書いているもう一つの小説が滞っているため、第一部が終わったら当分第二部はお預けとなりますが、この直也の草子は絶対に最終部まで書き上げるつもりですので、どうか長い目でお付き合いください。

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