第六章 エアフォースワン
北川詩織は出迎えたシュワルツコフ国防長官のエスコートでエアフォースワンに搭乗し、帰国の途についた。
エアフォースワンの機内で、北川大臣は国防長官と極東地域の安全保障の見通しに関して忌憚のない意見交換をした。北川かねてからの持論を展開した。
「私は中国の国家主席を普通の人間だと考えるのは間違っていると思います。北朝鮮の主席は三代前から独裁者ですから、常識の通じる相手でないことは明らかです。しかし、中国の国家主席も同様に普通の人間ではありません。幼い頃から連戦連勝を続けてきて14億人の頂点に立っているのです。皇帝になることを現実的な目標にしていたとしても不思議ではありません。中国の歴史では、家系はあまり関係なく、その時代で最も強い人間が皇帝になる伝統があるのです。しかも中国人の認識では、中国は有史以来、世界の頂点に君臨してきたのです。経済規模でも米国抜き去ろうとしている今こそ覇権を奪還すべきだと考えているはずです。」
国防長官は北川の発言を黙って聞いていたが、やがて深く考えを巡らすように目を閉じて黙り込んだ。しばらく沈黙が続いた後、国防長官は口を開いた。
「これからお話しすることは、米国の最高機密です。本来ならお話しすることは許されないのですが、あなたは私の命の恩人であり、米国の最大の友人なので特別にお話しします。そのつもりでお聞きください。」
「米国は、長年に渡って中国の国家主席をプロファイリングしてきました。毛沢東の時代からです。当時はまだ、プロファイリングという言葉さえなく、ただ単に動向や発言を追跡していただけでした。しかし、犯罪心理学の分野でプロファイリングの技術が発達してくると、これを各国の指導者に応用する動きが始まりました。特に力を入れてきたのが、ロシア、北朝鮮、中国です。ロシアに関しては、共産主義政権が崩壊してからはリーダーの生い立ちがあまりにも異なり、またその内容も不明な点が多い為、成功しているとは言い難いのが現状です。」
「最もうまくいっているのが北朝鮮です。彼の人生はシンプルで、三代続いた独裁者として、今やどんなことでも可能です。我々はほぼ完全に彼の行動を予見することに成功しています。」
「中国のリーダーは10年ごとに交代しますが、全員共産党のエリートです。エリート共産党員は中国には大勢いますが、比較的行動パターンが似通っています。要するに似たようなサンプルが多いのです。この為、共産党のエリートに共通の行動パターンを元に個別のバックグラウンドの違いを調整することで、行動の予見が可能になってきました。ただし、我々がプロファイリングしていることが漏れると、彼らも警戒し今後の活動に支障をきたすことになります。ですからこのことは絶対に極秘にしてください。」
「それから、日本をはじめとする他の国の指導者については、もちろん動向は追跡していますが、プロファイリングと言うほどのことは行っていませんからご安心ください。試みたことはありますが、民主主義国家では指導者のタイプも様々なので、プロファイリングが困難なのです。」
「プロファイリングの結果は、国家主席は世界の皇帝になるつもりで、そのための第一歩として、極めて近い将来、台湾か沖縄を攻撃だろうというものです。我々は戦略的に考えて、ターゲットは沖縄だと考えています。」
「しかし、沖縄には強力な米軍と自衛隊がいます。まともに攻撃しても占領は困難ではないですか?」
「何か秘策があるはずですが、それは現時点では我々にも判らないのです。せっかく侵攻を事前に察知できても、結局、撤退するしかないかも知れません。」
「撤退ですか?」
「勝ち目のない戦闘をして、悪戯に兵器を失うのは得策ではないと考えています。もちろん沖縄を諦めるわけではありません。体勢を立て直して必ず取り返します。米軍が撤退すれば、自衛隊は孤立しますから、同時に撤退せざるを得ないでしょう。ですから撤退する際は必ず事前にご連絡します。」
「反撃の際には今よりも強力な兵器が必要になると考えられます。それについては大統領も含めて我々の方でサプライズを用意していますから、ご期待ください。」
「極めて近い将来とおっしゃいましたが、どのくらいのタイムスパンを想定していますか?」
「この1〜2年というのは十分現実的だと考えています。」
「中国軍の戦闘開始に先立って、米軍から日本政府に対し何らかの正式な情報提供はあるのでしょうか?」
「とても申し上げ難いのですが、我々は日本政府に情報提供した場合、それが中国に遺漏するリスクを懸念しています。」
「国防長官、貴重なお話をありがとうございました。今日のお話は私一人の胸に秘めて、総理や防衛省の側近も含めて、誰にも口外しないことをお約束します。」
北川防衛大臣は、部隊を訪れた際の昼食時などに、周りにいた隊員たちにさりげなく質問をした。中国が得意なことを3つ挙げろ、というものだ。スマホ、EV、大量、安価などという言葉とともにドローンという言葉も時々見かけることがあった。以前、防衛研究所で兵器としてもドローンの可能性について検討したことがあったはずだ。北川詩織は早速資料を取り寄せて、内容を検討した。
検討内容を見て北川詩織はがっかりした。初めからドローンなど使い物にならないという前提で、あれやこれやと欠点が書き連ねられているだけだった。
だがそれでも、ある程度の破壊力を持つ爆弾を搭載できるドローンのサイズやその航続距離のデータは参考になった。要するにどうにでもなるのだ。
ちょうどネットマガジンに中国の花火のことが紹介されていた。花火のように見えるが実は大量のドローンで、プログラムに従って自由自在に操作が可能だった。これらが十分に大きく、爆弾を搭載して膨大な数が押し寄せたとしたら、彼らはどんな戦法をとり、こちらにはどんな対抗手段があるのか、北川大臣は防衛研究所に検討を命じた。
北川大臣はその一方で、中国の沖縄侵攻に備える為のもう一つの手立てにも着手した。




