カレン けじめ 禊ぎ
「……キルレアか? 例の娘と共に隣国へと渡ったと聞いたが……?」
ゴトゴトっと音がして、マーシェン商会の支部長である男はようやくカレンの方へと振り向き……、驚愕した。この男のポーカーフェイス以外を見て、カレンは少しだけ意外におもう。
床に落ちて転がったのは6つの男女の首だった。
「……お前には到底及ばないが、うちの囲いの者たちか。どういうつもりだ」
支部長の表情が再び抜け落ちる。微かに声が震えていたのは自分の手の者が殺された怒りからか、それを為したカレンへの恐れからか。
「私とユーリへの干渉をするな。私はもう“キルレア“じゃない、カレンとして生きる」
「役に立つ部下を失い、お前まで抜けると言う。手酷い別れだな。わかった。お前らには手出しはしない。そもそも任せられる部下がいないし、暗部を立て直すのに時間がかかる」
少しくらい厭味を言わずにはいられなかった男である。
「……俺が黙認出来るのはうちの支部までだ。本部までは止められんぞ」
そんな言葉を聞きながら、カレンは窓から飛び出した。
「やれやれ、この部屋の掃除は私がするのか?」
今まで“キルレア“によって多いに助けられていた分をそっくりそのまま持って行かれたようだ。いや、まだ得た利の方がわずかに大きいか。
男は腰を上げると空気の入れ換えのために窓を開け、呟く。
「……いまさら普通の生活に馴染めるものかねぇ」
不思議と男の口から漏れた言葉はカレンへの呪詛ではなく、叶うといいがなという響きを含んでいた。
やれやれ、と現実へと向き合い片付けを始めた男であった。
マーシェン商会から飛び出したカレンはユーリの居場所から正反対へと走った。
本当はユーリの元へと急ぎたかったが、ユーリの前に汚れた格好で行きたくなかったのだ。
外壁を飛び越え、王都近くの湖へと向かうと衣服を脱ぎ、焚火を起こしてほうり込む。
カレンは湖に仰向けに浮かんで月を見ていた。その鍛えられていながらも女性らしさを失っていない裸身には全く汚れなどなかった。
6人の同業者を反り血一つ浴びずに倒したのだ。
すなわちこれは生まれ変わる決意の禊ぎであった。水面に広がる深い紺の髪は夜の湖に似てどこかおどろおどろしい。
同じ色の瞳と相まって不吉な子として捨てられたのだ。拾われた孤児院でもそれで嫌がらせをされたし、私を見る人の目はいつも不快なものだった。
マーシェン商会に引き取られて暗殺者となってからは気にしなくなったが、やはり無意識にひっかかっていたのだろう。
「私ね、この世界に来てからなぜかこんな色になっちゃってたけど、元々はカレンみたいな色だったのよ。」
ユーリと出会い、しばらく面倒をみていた頃のことだ。
「だからカレンと一緒だとなんだか落ち着くのよね。こっちの世界の人って赤とか緑みたいなゲームでしか見ないような人ばかりなんだもの。ってああ、私ももうソッチ側なのよね」
言っていることはよくわからなかったけれど、カレンから見ればうらやましいほどの綺麗な銀の髪のユーリが表情を暗くしていたのを見て唖然としたものだ。
湖の半ばまでプカプカと漂った頃正気に戻る。
篝火が焚かれた城から見る月より、今見ている月の方が綺麗なのは夜の闇が深いからだ。
だったら私は、前より自分が好きになれそう、カレンはそう思った。




