3話
さらに一週間後。
犬学研究部は、部員が増えていた。
「失礼しまーす」
ドアを開けて入ってきたのは、理系っぽいメガネの生徒・鈴木。
「ここ、量子犬の研究してるって聞いて」
「口コミが早い」
「僕、観測装置持ってきました」
鈴木はリュックからゴツい機械を取り出す。
「これで、観測せずに観測できます」
「それ前も聞いたやつ」
「具体的には?」
佐藤先生が聞く。
「観測結果をランダムに破棄することで、観測の有無を曖昧にするんです」
「説明が余計に曖昧だよ」
とりあえず装置を設置。
カウンセリングルームは完全に理科準備室みたいになっていた。
「じゃあいきます」
スイッチON。
ピッ。
その瞬間。
部屋の隅に──ポチが現れた。
「出た!!」
「いた!!」
全員、息をのむ。
ポチは普通に座っている。
めちゃくちゃ普通に。しっぽも振っている。
「今だ、誰も直視するな!」
佐藤先生が小声で指示する。
「周辺視野で捉えろ!」
「……なんの訓練ですか」
鈴木がメモを取る。
「観測はしているが、認識はしていない状態……」
そのときドアが開く。
「すみません、ここに犬が──」
入ってきたのは教頭先生。
全員が振り向く。
その瞬間──
ポチ、消滅。
「……」
教頭首を傾げる。
「今、犬いなかったか?」
「「「いません」」」
即答。
教頭は怪しむように部屋を見回す。
「なんだこの機械は?」
「犬学です」
「帰りなさい」
強制解散。
その日の夕方。
落ち込む研究部メンバー。
「やっぱり、他人の観測が影響してる……?」
鈴木が言う。
「第三者が入ると状態が崩れる」
「じゃあ、完全密閉空間が必要ですね」
田中が続ける。
「あるぞ」
佐藤先生が言った。
翌日。
体育館倉庫。
「ここなら誰も来ない」
「なんでこんなとこにカウンセリング機能を拡張してるんですか……」
倉庫の中央に、例の箱。
さらに周囲にはカメラ、センサー、なぜかお札。
「それ何ですか?」
「念のため」
「何に対する?」
準備完了。
「では実験開始」
箱を開ける。
ポチ、いる。
「よし!!」
「今度は消えてない!!」
しかし。
ポチはゆっくりとこちらを見る。
「……あ」
全員がガッツリ目を合わせた。
その瞬間。
ポチは──
消えずに、普通に吠えた。
「ワン!」
「消えない!?」
「安定してる!!」
歓喜。
だが次の瞬間。
倉庫のスピーカーから放送が流れる。
「全校生徒に連絡です。体育館倉庫の無断使用は──」
全員、スピーカーを見る。
ポチ、消滅。
「放送でもダメなの!?」
鈴木が頭を抱える。
「観測は視覚だけじゃない……音声でも成立する……!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!!」
沈黙。
そのとき。
田中がぽつりと言った。
「……もしかして、ポチは注目されると消えるんじゃないか?」
全員、固まる。
「つまり──」
佐藤先生がゆっくり言う。
「陰キャ犬……?」
「言い方!」
試してみることにした。
誰もポチを気にしない。
見ない。話題にしない。存在をスルーする。
すると──
ポチ、普通に居座る。
しかも、めちゃくちゃリラックスして寝ている。
「いる!!(小声)」
「……ほんとだ」
田中は涙ぐむ。
「やっと一緒にいられる……」
そっと近づく。
「……ポチ」
名前を呼んだ瞬間──
スッ……消えた。
「ダメかぁ!!」
その日、研究部は結論を出した。
『ポチは、構われると消える犬』
対処法:
・過剰に干渉しない
・適度な距離感
・見守るスタイル
佐藤先生は満足げに頷いた。
「これは人間関係にも応用できるね」
「深いようで浅い」
その後。
田中はさりげなく共存する技術を身につけ、たまに気配だけ感じながらポチと暮らすようになった。
そしてある日。
田中の母が言った。
「最近ポチ懐いてるわね〜」
「え?」
振り向くと、ポチが普通に隣に座っていた。
「……なんで?」
「ずっと前からこうよ?」
田中が見ても消えない。
「観測してるのに……?」
佐藤先生は後日こう分析した。
「田中くん」
「はい」
「それ、慣れだね」
「量子どこ行った」
こうしてシュレディンガーの犬?・ポチは、ただの「ちょっと気難しい犬」へと収束していったのだった。




