4話
4話
それからしばらくして──
平和が訪れた……かに見えた。
カウンセリングルーム。
田中は落ち着いた様子で座っている。
その足元には普通にいる、ポチ。
「先生、ついに安定しました」
「うん、よかったね」
ポチはのんびりとあくびをする。
消えない。逃げない。完全にただの犬。
「やはり適度な距離感が鍵だったんですね」
「人間関係の基本だね」
そのとき、ドアが開く。
「……失礼します」
入ってきたのは、見知らぬ女子生徒。
どこか様子がおかしい。
「どうしたの?」
佐藤先生が優しく聞く。
女子生徒は震える声で言った。
「先生……私の猫が……」
嫌な予感。
「触ると……増えるんです」
「増える!?」
田中、勢いよく振り向く。
ポチ、びっくりして一瞬半透明になる。
「詳しく聞こう」
事情はこうだ。
女子生徒・山本の飼い猫・ミケは、撫でるたびに増える。
最初は一匹。
撫でる→二匹。
さらに撫でる→四匹。
「指数関数的増殖じゃないか」
「今、何匹いるの?」
「……32匹です」
「やめなさい」
研究部、緊急再招集。
「これは犬学の範囲を超えている」
鈴木が真剣な顔で言う。
「新分野が必要ですね」
佐藤先生は黒板に書いた。
『量子ペット学』
「雑に広げたなあ……」
翌日、山本の家。
襖を開けると──
猫。
猫。
猫。
猫。
「うわああああ」
部屋一面、ミケ。
全部同じ顔。
でも、微妙に表情が違う。
「これ全部、同一個体なのか……?」
鈴木が震える。
一匹が近づいてくる。
「気をつけて! 撫でると増えます!」
「じゃあ撫でなければ──」
猫、自分からスリスリしてくる。
「強制イベント!?」
その瞬間。
ボフン。
猫、倍増。
「増えた!!」
「逃げろ!!」
数分後。
外。
「……今ので64匹です」
山本が遠い目をする。
「このままだと街が猫で埋まる」
「でも減らす方法は?」
沈黙。
そのとき。
足元でポチが「ワン」と鳴いた。
全員が見る。
ポチ、消えない。
そしてゆっくりと、家の中を見つめる。
「……?」
ポチは静かに中へ入っていく。
「危ない!」
止める間もなく、ポチは猫の群れの中へ。
猫たちが一斉にポチに気づく。
シーン。
誰も動かない。
ポチ、猫を一匹じっと見る。
次の瞬間──
猫、スッと一匹消える。
「え?」
もう一匹、見る。
スッ。
消える。
「減ってる!?」
数分後。
部屋には最初の一匹だけが残った。
ポチ、ドヤ顔。
「まさか……」
鈴木が呟く。
「ポチは、観測すると消す側に回ったのか……?」
「役割が逆転してる……!?」
佐藤先生は静かにまとめた。
「つまりこうだ──」
黒板(持参)に書く。
ポチ:観測されると消える
ミケ:観測されると増える
「そして、ポチが観測するとミケは消える──バランス型ペットだ」
「そんな分類ある!?」
山本は涙ぐむ。
「……元に戻った」
ミケは一匹、満足そうに丸くなる。
ポチはというと──
田中が見た瞬間。
スッ……。
「消えるのはそっちなんだよなあ!!」
こうして、世界はかろうじて均衡を保った。
佐藤先生は遠くを見つめた。
「……これはもう」
「学校の仕事じゃないですね」
「うん」
それでも次の日も、カウンセリングルームのドアは開いている。
なぜならそこには、ちょっと不思議で、だいぶ面倒な「日常」が、今日も普通に転がっているからだった。




