2話
数日後。
カウンセリングルームには、いつもより妙な設備が増えていた。
箱。
やたら頑丈そうな箱。
そして「開けるな」とマジックで書かれている。
「先生、それ何ですか?」
「対策だよ」
「……何の?」
「ポチの」
田中は嫌な予感しかしなかった。
「量子状態を安定させるにはね、“観測”をコントロールする必要がある」
「急にそれっぽくなりましたね」
「だからポチをこの箱に入れる」
「ダメなやつだ」
「もちろん安全には配慮している」
佐藤先生は胸を張る。
「エサも水も完備。さらに──」
箱をコンコンと叩く。
「中にカメラを設置した」
「観測してるじゃないですか」
「いいところに気づいたね」
「観測してるなら状態は確定するのでは?」
「その通り。だが──」
先生はドヤ顔で言った。
「その映像を“誰も見ない”」
「それ意味あります?」
「観測されたが、観測されていない状態」
「言ってることが完全に矛盾してます」
そこへ、校長先生が入ってきた。
「何をしているんだね?」
沈黙。
「犬の……量子実験です」
田中が正直に答える。
「そうか」
校長は頷いた。
「教育の一環ならよろしい」
「通った!?」
「ただし」
校長は箱を指差す。
「それ、中に本当に犬はいるのか?」
三人、固まる。
「……」
「……」
「……」
佐藤先生がゆっくり言った。
「誰も確認していません」
「じゃあ、空箱では?」
田中はハッとする。
「いやでも! ポチが入った“可能性”はあります!」
「可能性で犬を飼うな」
その瞬間。
箱の中から「ワン」と声がした。
「いる!!」
「いた!!」
「いたのか!!」
三人が一斉に叫ぶ。
「よし、これで存在が確定──」
佐藤先生が言いかけた瞬間、箱が静かに揺れた。
ガタン。
静寂。
「……」
恐る恐る箱を開ける。
中には、
・空の皿
・カメラ
・そしてなぜか、スリッパ一足
「ポチは?」
そのとき。背後から──
「ワン!」
振り返ると、ポチが廊下を全力疾走していた。
「逃げた!?」
「いや、最初からいなかった可能性も!?」
「じゃあ、今のは何だ!?」
混乱する三人。
そこへ通りかかった理科教師がぽつりと言った。
「それ、単にすばしっこいだけの犬では?」
沈黙。
「……」
「……」
「……」
田中は首を振った。
「違います。僕が見ると消えるんです」
その瞬間、ポチはピタッと止まり、ゆっくりと田中の方を見る。
そして──
スッ……とフェードアウトした。
理科教師固まる。
「……」
「ほら!!」
理科教師は静かに言った。
「すまん……これは物理ではない」
佐藤先生は深く頷いた。
「ついに我々は、新しい分野に踏み込んでしまった」
黒板に大きく書く。
『犬学』
「先生、それ絶対違う方向です」
しかしその日の放課後。
なぜかカウンセリングルームには、「犬学研究部」の張り紙が貼られていた。
部員:2名(人間)+状態未確定1匹
活動内容:観測
その下に、小さく追記があった。
※観測部員募集中
田中はそれを見て、ぽつりとつぶやく。
「……先生、これ人数増えたらどうなるんですか?」
佐藤先生は少し考えてから言った。
「たぶんポチ、安定するか──、増殖するね」
「……やめてください」




