第3話(2/3)
弘明はGパンのポケットを探った。
そこに昼飯のおつりがジャラジャラとある。
今日も金欠で、丼飯一杯にテーブルソースをかけて済ました。お代は六十円。五百円札で払ったから十円玉はある。これで電話は出来る。
弘明の金欠は自業自得。
親に無断で下宿を出て、近くのアパートへ引っ越した。やはり絵を描くには下宿ではなくアパート。そんな身勝手な考えで、同期の誘いにすぐ乗った。
だが、アパートの家賃は下宿代の倍、それに電気やガス水道。
それにも係わらず合コン用にシャツを買い、麻雀で大負けを食らった。
あと一週間は、学食の丼飯とインスタントラーメン、それに実家から届いた米で凌ぐしかなかった。
だが、いたって弘明は能天気――本を縛ったブックバンドをボックスの上に置くと、その下のケースから使い古しの電話帳を引っ張りだした。
(もう一度、彼女に会いたい)
その一心で、後はもうなにも考えていなかった。
店の軒先で公衆電話の前にしゃがみ込み、電話帳を捲る。
その一ノ瀬という米屋は、バ銀座通りの一番の奥の山の手にある。
周りに他の店や市場もあり、結構人通りが多い。やはり学生の住む町だけに、長髪はごまんといるものの、まさか米屋の店先にしゃがみこんで、電話帳を読み漁る男はない。
だが当の本人はなにも気にもせず、必死に県女の電話番号を探すと、目当ての番号があった。
立ちどころに電話帳を手に立ち上がると、
電話ボックスから受話器を取り出し、
それを肩にのせて首で挟んだ。
片手に電話帳、傾げた首に受話器、そのバランスを取りながら、おもむろにあいた右手でGパンのポケットから小銭を取り出す。
顎で受話器を押さえて十円玉を選ぶと、電話器に三枚落とし込んだ。
そして電話帳を二の腕にのせて、県女の番号をダイヤルする。
トゥ……ルー・ルーウ、
と何度か呼出音が鳴り、
やがて相手が出た。
「はい、長崎県立女子大学ですか……」
落ち着いた女性の声だった。
だが、出たと思った瞬間、弘明は頭が真っ白になった。
「もしもし……長崎女子大学ですが」
相手の訝る声がする。
だが声が出ない。
焦った弘明は、オウム返しに叫んでいた。
「すみません、長崎女子大学ですか――」
その浮ついた声が米屋の周りに木霊する。
それは前を流れる川のせせらぎとは違って、高い波長で店内まで聞こえたのであろう。ガラス越しに、鼻眼鏡の親父が顔を見せる。
だが弘明は無我夢中で電話に集中していた。
「あのう、工大のもので、えっ、いや長崎工科大の美術部の者ですが――」
と、なんとか言葉を絞り出したのだった。
「美術部の池田倫子さんに、連絡を⋯…」
怯えながらそう言うと、相手が驚いた。
「まあ――」
なぜか呆れたように、返事が途切れたのだった。
(つづく)




