第3話「ピンクの電話」(1/3)
弘明は学食で遅い昼食を取ると、履きなれた下駄を鳴らしながら下宿へ向かった。
また午後の講義をサボっている。
初めて大学を見学に来た時、
山城のような本館に現れた学生の姿を馬鹿にしていた。
だが、いつしか自分も同じ風体をしている。
なにしろ大学が辺鄙な所にあるせいで、バスで一時間近く掛る長崎へ出る機会もない。何もなければ、下宿と大学の往復で一日が終ってしまう。
そんな生活で、わざわざ着飾る必要もなく、自ずと着の身着のまま、下駄履きで闊歩するのが普通になってしまう。
(帰って絵でも描くか)
今日も、午後の講義を受ける気のない弘明は、坂下に広がる橘湾を見下ろしながら、カランコロンと下駄を響かせ、歩いていた。
いつもの通り、大学のある丘の中腹を、引っ越したアパートまで下っていくのだった。
アパートのある宿町一帯は、小学校や中学校、それに工大とその付属高校があり、片田舎にしては多少文教地区的な雰囲気がある。
だが至って牧歌的で、目の前には橘湾、
そこに浮かぶ牧島に日が当たり、
東向きの丘から見下ろす風景は、まさに春うららだった。
(こんな日に、授業で時間を潰すなんて)
そんな気ままな日々を弘明は送っている。
この春、弘明は今のアパートに移った。
前の下宿は工大の学生が大勢住んでいた。
それを嫌い、電気科の同期と二人で借りていた。
宿町は日見峠から流れる日見川の河口沿いにある。
川にかかる橋から表通りまでが、町の人が言う、いわゆる日見銀座通りである。
橋を挟んで、手前に一ノ瀬という米屋、向かいに酒屋、そして路地風の市場がある。表通りには銀行と郵便局があり、一応長崎へ出なくとも、日常生活は町内で賄える。
最初は、こんな辺鄙な町で――
と、後悔した弘明だが、今ではすっかり馴染んでいた。
橋の袂の米屋に、丸パイプの一本足に透明ボックスの、ピンクの公衆電話がある。店の前にあって、いつも弘明はそれで実家へ電話を掛けている。
――金送ってくれ――
その一言だけだが、あっという間に十円玉が落ちていく。
もう親もなにも言わず、電話を掛けて二三日もすれば金が届く。だが待つ身は辛い。それだけに。ピンク電話を見る度、恨めしくなるのだった。
合ハイのあと、連休中も弘明は前の下宿に行って、絵と麻雀三昧で遊んでいた。
だが、リンコのことは忘れられない。
ボールを追う姿が脳裏に浮かぶ。
ただ、彼女に連絡する術がない。
それが悩みの種だった。
今日も不完全燃焼のまま、米屋の前へ差し掛かった。
そこでピンク電話に目が行く。
(彼女の電話番号が分かればなあ――)
そんなことを思いながら通り過ぎた。
だがその時、ふと頭に閃いたことがある。
(今なら、彼女は大学いるはず――)
そう思うと、もう待てない。
大学へ電話すれば、彼女と話が出来るかも知れない。
もう居ても立てもいられなかった。
(つづく)




