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家の内側、女中の気配が変わるころ  作者: てきてき@tekiteki


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第77話 写真に残る私

 女中は写真へ目を向けた。

机の上には、先ほど写真館の男が持ってきた何枚かの写真が並べられている。


庭。

玄関。

そして、屋敷の外観。


普段見慣れているはずの場所なのに、写真の中ではどこかよそよそしく見えた。


「……不思議です」


「何がだ?」


「いつもの庭なのに、違って見えます」


主人は写真を一枚取り上げた。


「写真を見るのは初めてか?」


女中は少し考えた。


「……いえ」


「見たことがあるのか」


「はい。ですが……」


女中は写真をじっと見つめる。


「こんなに近くで見るのは、初めてかもしれません」


「そうか」


主人は写真を女中の方へ差し出した。


「なら、よく見てみろ」


「よろしいのでしょうか?」


「ああ」


女中は両手で写真を受け取った。

指先で縁をつまむ。

薄い紙。

その上に、庭の景色がそのまま閉じ込められている。


「……これが写真」


「ああ」


「どうやって、この中へ景色を入れるのでしょう」


主人は少し笑った。


「俺も詳しいことまでは知らん」


「旦那様もご存じないのですか?」


「写真館の男なら詳しいだろうな」


女中は写真を裏返した。

裏には何もない。


もう一度、表を見る。


「不思議なものですね」


「そうだな」


「絵とはまた違いますね」


「ああ」


「絵なら、描いた人によって違うのでしょうけど」


「そうだ」


「でも写真は……」


 女中は言葉を探した。


「見たものが、そのまま残るのですね」


主人は少し考えてから頷いた。


「そういうものだ」


「では」


女中は写真を見つめた。


「この庭も、いつかなくなってしまっても……」


そこで言葉を止める。

主人が女中を見る。


「写真の中には残るのでしょうか」


「ああ」


主人は静かに答えた。


「残るだろうな」


女中は写真へ視線を戻した。


庭木。

石灯籠。

縁側。

そこには、今この瞬間の屋敷がある。


けれど写真の中では、時間が止まっている。


「……面白いですね」


「何がだ?」


「時間を止めてしまうみたいです」


旦那様は写真を見る。


「確かに、そう考えると面白いな」


「では、人も?」


「ああ」


「人も写真に残せるのですか?」


「もちろんだ」


女中の目が少し大きくなった。


「では……旦那様も?」


「俺も撮ったことがある」


「奥様も?」


「ああ」


女中は少し黙った。

それから、写真を大切そうに両手で持ち直す。


「私も……撮れるのでしょうか」


主人は女中を見る。


「撮れるだろう」


「私が写真に?」


「ああ」


女中は自分の姿を想像してみた。

写真の中に、自分が残る。

なんだか不思議だった。


今まで自分が残るということを、考えたことなどなかった。


奉公して。

働いて。

一日が終われば、また次の日が来る。

それだけだった。


けれど写真なら。

今の自分を、そのまま残せる。


「……見てみたいものです」


思わず口にした。


「何を?」


「いえ、私が写真になったところを」


主人は少し笑った。


「なら、今度写真館の男が来た時に頼んでみるか」


「本当ですか?」


「ああ」


女中の顔が明るくなる。


「ありがとうございます」


その笑顔を見て、主人も自然に笑った。


写真の話をしているだけなのに。

二人の間には、いつの間にか穏やかな空気が流れていた。



女中はもう一枚、写真を手に取った。

今度は屋敷の玄関が写っている。


「これも……今の景色なのですね」


「ああ」


「では、写真を見れば、昔のことも思い出せるのでしょうか」


「そうかもしれんな」


「旦那様は、昔の写真をお持ちですか?」


「何枚かある」


「見てみたいです」


「今度、探しておこう」


「はい」


女中は嬉しそうに頷いた。

そして、ふと気づく。

写真そのものが面白い。


けれど、それ以上に。

旦那様の昔を知れることが嬉しい。


どんな子どもだったのか。

若い頃はどんな顔をしていたのか。

今とは違う姿を、写真なら見ることができる。


「……旦那様」


「何だ?」


「昔のお写真を見せていただくのが、楽しみです」


主人は少し照れたように笑った。


「そんなに大したものじゃないぞ」


「それでも、見たいです」


女中は迷いなく答えた。

主人は一瞬、女中を見つめた。

その視線に気づき、女中の頬が少し赤くなる。


でも、今度は目を逸らさなかった。


「……そうか」


主人は写真を机へ戻した。


「では、探しておこう」


「はい」


女中は笑った。


写真という小さな紙片をきっかけに。

二人の間には、また一つ新しい話題が生まれていた。

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