第18話 外から見た三人
町へ出た女中は、
何度も妻から預かった紙を確かめながら歩いていた。
商家が軒を連ねる通りは、人の行き交いで賑わっている。
魚を売る声。
豆腐屋のラッパ。
荷車の軋む音。
家の中しか知らなかった女中には、そのどれもが新鮮だった。
「まずは、お味噌屋さん……」
小さく呟きながら店先を探す。
ようやく見つけた暖簾をくぐると、年配の店主が顔を上げた。
「いらっしゃい」
「あの……こちらを」
妻から預かった書き付けを差し出す。
店主は目を細めて頷いた。
「ああ、いつもの奥様のところか」
「少し待ってな」
樽から味噌を量り、手際よく包んでいく。
「奥様は元気かい」
「はい」
「旦那さんも忙しそうだ」
「はい、おかげさまで」
店主は優しく笑った。
「しっかりした女中さんだな」
その一言だけで、女中は少し嬉しくなった。
「ありがとうございます」
包みを受け取り、深く頭を下げる。
乾物屋でも用事はすぐに済んだ。
妻に頼まれた品を一つずつ風呂敷へ納める。
残るは薬種屋だけ。
「あと一軒……」
そう思って歩き出した時だった。
「おや」
聞き覚えのある声がした。
女中は振り返る。
そこには、先日主人の家を訪ねてきた仕事仲間の男が立っていた。
「ああ、やっぱり」
「旦那さんのところの女中さんじゃないか」
女中はすぐに頭を下げる。
「こんにちは」
男は人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「一人かい」
「はい」
「奥様のお使いでございます」
「そうかそうか」
男は並ぶように歩き始めた。
「町は慣れているのか」
「いえ……まだ」
「迷わないか」
「大丈夫です」
女中は少し歩調を速めた。
亭主の言葉が頭をよぎる。
――知らない者に声を掛けられても、立ち止まるな。
この人は知らない者ではない。
主人の仕事相手だ。
だから無下にもできない。
けれど、どこか落ち着かなかった。
男はそんな様子に気づいたように苦笑する。
「そんなに警戒しなくても。
俺は悪い者じゃない」
「申し訳ございません」
「旦那様から言われておりますので」
男は少しだけ目を細めた。
「旦那さんも心配性だな」
その言葉に、女中は自然と微笑んだ。
「……はい」
「とても、お優しい方です」
その笑顔を見た男は、何かを考えるように女中を見つめた。
やがて静かに口を開く。
「旦那さんは」
「お前さんを大事にしてるんだな」
女中は首を横に振った。
「違います」
「私は、この家で働かせていただいているだけです」
「奥様にも、とても良くしていただいております」
迷いのない返事だった。
男はそれ以上何も言わなかった。
ちょうど薬種屋の暖簾が見えてくる。
「では」
女中は一礼する。
「失礼いたします」
「ああ」
男は立ち止まり、その後ろ姿を見送った。
そして、小さく独り言を漏らす。
「……なるほどな」
あの家に漂っていた空気の理由が、
少しだけ分かった気がした。
誰かが誘惑しているわけではない。
誰かが恋を語っているわけでもない。
それでも、あの家には危うさがあった。
互いに大切に思っているからこそ、誰も一歩を踏み出せない。
男は苦笑すると、肩をすくめて人混みの中へ消えていった。
一方、何も知らない女中は薬を受け取り、風呂敷を抱え直す。
「早く帰らないと」
そう呟き、主人と妻が待つ家へと足を速めた。




