表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

7

 「そういう時はさ、気持ちを文字にすればいいんじゃない。頭の中でずっとグルグル考えてても無駄。紙に書いて吐き出しちゃえば、案外自分の気持ちって理解できるもんだよ」


 「意味ないですよ、そんなの」

 

 「なんですぐに否定すんのさ。やってみないと分からないでしょ。私だってこう見えて結構悩んでてさ、書いてみたノートあるよ。見る?」


 水野が答える前に、A4サイズのノートがテーブルの上に置かれた。表紙の端が破けており、水を吸って変色した跡もある。


 「こういうのって普通、人に読ませるものじゃないのでは」


 頭の中を覗かれて気分のいい人間などいない。気持ちを書き綴ったノートを、会ったばかりの他人に見せるなど、水野には考えられなかった。


 しかし香坂は、その汚いノートを押し付けてきた。顎をしゃくり、開いてみろと促してくる。


 「じゃあ読みますけど…」


 一ページ目には、余白を贅沢に使って大きな文字でこう書かれてた。

 

 『死にたくない』


 それだけ。たったそれだけだ。次のページを開いても、また次のページを開いても、出てくる言葉はその6文字。ページによって筆跡は少し異なっており、文字がまっすぐの時もあれば、みみずがのたくったような文字の時もある。煙草を吸いながら書いたと思しきページには、箱を包んでいたビニールの切れ端が挟まっていた。


 「香坂さん、これ…どういう意味ですか」


 「ん?どういう意味って、そのまま」


 ふと、テーブルの上にあった錠剤が目に入った。先ほどはあまり気に留めなかったが、なにか重篤な病気を抱えていて、間もなく死期が迫っているということなのだろうか。

  

 水野の視線に気づいたのか、香坂がケラケラと笑って錠剤をつまみ上げた。

  

 「ああ、これ?そんな深刻な顔しないでよ。ただの薬だし、私って別に不治の病に犯されて、余命あと数か月とかそんなんじゃないから。悲劇のヒロイン気取んなとか思った?」


 「別にそんなことは」


 「いーよ、顔に書いてあるもん。マジで薫くんって表情に出やすいわ」

 

 何がそんなに面白いのか、香坂は涙を流しながら笑った。そういえば大人が泣くのを見るのは初めてだ。これを泣いている事にカウントしていいのであれば、だが。

 

 「私さ、アル中なんだよ。アルコール依存症、知ってる?」


 アルコール依存症は、もちろん聞いたことがある。具体的にどんな症状なのかは知らないが、いわゆる中毒の一種。酒が切れれば手が震え、まるで人肉を食らうゾンビのように、アルコールを求めてしまう。人間の尊厳などそこにはなく、生きているというよりは酒に生かされているだけの生き物。そんなイメージだった。


 目の前で明るく笑っている香坂と、尊厳を捨て去った人間の末路は結びつかないが、出会ってからの数時間、彼女がずっと酒を手放さないことが何よりの証明だった。おそらく水野がベッドで寝かされている間にも、何本か酒を開けていたに違いない。


 「アルコール依存症って、死ぬんですか」


 「私はこのままだと死ぬって先生に言われちゃった。結構体中ガタが来てるみたいでさ。肝臓がやばいのはもちろんなんだけど、心臓病?のリスクも高いらしくて、今すぐ酒を辞めないと、もう数年ももたないんだって。でもネットで調べたんだけどさ、酒やめても3割くらいは死ぬらしいよ」


 「香坂さんは、死にたくないんですよね」

 

 「うん、死にたくない。生きてたい。世の中のこと、そんな嫌いじゃないし」


 「そんなふわっとした理由なんですか」


 「悪いかよお」


 ああ、そうか。この人は自分と正反対で、なんとなく生きたいのだと水野は思った。なんとなく死にたい水野と、なんとなく生きたい香坂。互いの人生を交換できれば、どれだけ良かっただろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ