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 「あの、すいませんでした」


 「なにが」

 

 「介抱してもらう感じになっちゃって。家まであげてもらって、迷惑おかけしました」


 「真面目かよ。気にすんなって。むしろ介抱されたの私のほうじゃん。薫くんが倒れてる私を発見してお茶くれなかったら、今頃また通報されてたよ」

 

 駆けつけた警察も驚くだろう。墓地で倒れている女性がいれば、何らかの事件を疑うに決まっている。その後に手に持ったビールを見て、大方の事情は察するだろうが。


 「それじゃあ、お邪魔しました」


 「おっと、どこ行く。待て待て」


 香坂の腕は枝のように細いが、意外と力が強かった。


 「そんな物騒なもん鞄に入れた子をこのまま行かせるわけにはいかないでしょ。だって薫くん、死のうとしてんじゃん」


 「別にいいじゃないですか。僕が死んでも香坂さんには関係ないし」


 こういう事を言うと、ほとんどの大人は口を揃えてお決まりのセリフを放つ。もう聞き飽きた、上辺だけの意味のない言葉。本音では自分に関係ないと思っていても、まるでカウンセラーにでもなったかのように、自分だけは味方だというふうな顔で説教を垂れてくる。水野にとって、最も無意味で空虚な時間だった。


 香坂の酒臭い口からも同じ言葉が出ると身構えていたが、彼女は二本目の煙草に火をつけただけだった。二度、三度と深く煙を吸い、換気扇に向かって吐き出す。


 「うん、関係ない。どーでもいい。会ったばかりの少年が生きてようが死んでようが、私には関係ないこと」


 そんな事を言われたのは初めてだった。死のうとしている人間に救いの手を差し伸べないことを、大人たちは悪だと思っている。水野はそう考えていた。

 

 「でも薫くんからは本気を感じない。どうせ死ぬなら、派手に死んだほうがよくね?今の状態で死なせるのは、あまりに君が浮かばれないっていうかさ。なんか死ぬ前に一個、でっかい目標とか立てようよ。で、それ達成して気持ちよく死ぬってのはどう」


 「なんで死ぬのに目標が必要なんですか」

 

 「なんかないの、思い残したこととか。この世への未練とか!」


 まるで水野が幽霊のような言い草だ。そう言われても、未練など何もない。

 黙っていると、香坂がイライラしたように頭を掻いた。


 「そもそもなんで死にたいわけ?いじめ?家庭の問題?」


 「いえ、別に」


 「理由なく自殺なんてしないでしょ」


 それこそが水野にとって、一番難しい質問だった。なぜ死にたいのか。そう聞かれると、特に理由はない。学校で陰湿ないじめを受けたことはないし、家庭環境に問題があるわけでもなかった。思春期にありがちな親との衝突も、ほとんど経験してこなかった。


 ただ、生きている意味を見いだせないだけだ。死にたいわけじゃない。どちらかというと、生きていたくない。そう言ったほうが正しいかもしれない。

 

 だがそれを言語化するのは、水野にとって簡単な事ではなかった。何度も頭の中で言葉を組み立てたが、途中まで考えたところで、下手な積み木のようにガラガラと崩れていってしまう。


 「分かりません。死にたい理由が」

  

 「ほお、分からないときたか。なかなか面白いこと言うね、薫くん」

 

 二本目の煙草が短くなり、小指の爪ほどになったそれを灰皿でもみ消す香坂。灰皿があるなら、缶ビールに捨てずに最初から使えばいいのに。その灰皿もまったく洗っておらず、元の色が分からないほどに黒ずんでいた。


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