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 香坂の住んでいるのは、学生マンションに毛が生えたような六畳1Kの賃貸だった。とても30手前の女性が住んでいるとは思えない。おそらく家賃もそんなに高くないだろう。


 部屋の隅に置かれたベッドの上で目を覚ました水野は、起きて一番にそう思った。


 「おはよ。結構寝てたね。てか薫くん、寝息静かだな。男ってもっとがーがーイビキかいて寝るもんじゃないの。全然音しなかったし、死んでるのかと思った」


 埃まみれのフローリングの上に敷かれたマットに胡坐をかき、香坂はまた缶ビールを開けている。


 「ここって、香坂さんの家ですか」


 「そ。築30年、私とほぼ同い年。駅から徒歩10分って書いてあったけど、実際は25分。風呂トイレ別だからここにした。ただ壁が薄いんだよね。隣に学生さんが住んでるんだけどさ、週に3回は聞こえてくんだよ」


 「なにが」


 香坂は片手の指でわっかを作り、そこにもう片方の人差し指を出し入れした。


 「元気だよね。若い子は」


 水野は何も答えなかった。女性も30代が近くなると、こうもおじさん臭くなるものなのか。

 

 香坂は台所の換気扇を付けて、その下で煙草を吸い始めた。台所は見たことがないくらい狭い。まな板を置くスペースすら見当たらない。コンロはIHではなく、ガスのタイプだ。水回りの掃除は手を抜いているらしく、コンロの隅には乾いた米粒や肉の欠片が飛び散っていた。


 「なんか飲む?てか飲みなよ。汗すごいし、脱水症状なっちゃう」

  

 香坂に言われて、水野は着ていたシャツに触れた。確かに寝汗がひどく、シャツの生地が肌に貼りついている。


 「すみません。ベッドシーツに染みちゃってるかも」

 

 「あー、いいよそんなん。すでに私の寝汗がびっしょり染みてるし、今更変わらないって。てかごめん。何飲むとか訊いときながら、酒かコーヒーしかない」


 なら選択肢は一つだ。


 香坂が淹れてくれたコーヒーは、安いインスタントの味がした。水野の自宅で飲んでいるメーカーのものではないのは確かだ。ガラスのコップには水垢がついており、前回使ったあとにしっかり洗っていないのか、口紅のあとも付着していた。香坂のような女性も、一応化粧はするものなんだと、水野は思った。


 ベッドの横に置かれたローテーブルには、見たことのない錠剤が置かれていた。香坂は何かの病気を患っているのだろうか。


 空になった缶ビールに煙草を投げ入れて、狭いベランダに放る香坂。


 「ゴミ箱とかないんですか」


 「あるよ。燃えるゴミのやつだけ。不燃ごみは置いてても腐らないから、なんか捨てにいくの面倒で。気づいたらベランダ空き缶だらけ。見てこれ、すごいでしょ」


 ベランダには足の踏み場がないくらいに、空き缶が転がっていた。可燃ごみも不燃ごみも、捨てに行く手間は変わらないと思うのだが、香坂の中では腐らなければため込んでもセーフということらしい。


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