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セブンスターの香りが漂う朝の墓場には、水野たちを除いて人の姿はない。一錠だけ飲んだ睡眠薬の効果が徐々に現れ始め、水野の意識は朦朧とし始めた。
「おお、どうした。しんどいの?どっか体調悪い?」
瞼が重い。ピントが合わなくなった視界に、香坂の顔が映った。煙草を咥えたまま顔を近づけてくるので、煙が目に入って痛い。おまけに臭いもひどい。
首を横に振ったつもりだが、実際に振れているかどうかは分からない。
「救急車…、あー、スマホ失くしたんだった。どこの飲み屋に置いてきたんだっけ。薫くん、スマホ持ってる?」
救急車を呼ばれてしまってはまずい。親に連絡が行くのは確実。スマホは鞄に仕舞ってあるが、ここは持っていないフリをするのが得策だ。
「…スマホ、家に置いてきました」
「まじかあ。じゃあ公衆電話…、やべえ、全然硬貨ねえわ。あー、どうしよ。ほんとにスマホないの?鞄の中とかに入ってんじゃない?」
「やめ…」
香坂は勝手に水野の鞄を開けて、中をまさぐり始めた。
その手の動きがぴたりと止まる。見つかった。ナイフにロープ。そして睡眠薬。この日のために集めた自殺グッズが詰め込まれた鞄。香坂の咥えた煙草から、灰がぽとりと落ちた。
「薫くんさ…」
ああ、またあの憐れむような視線。子供のことを分かったふりをする大人が向ける、あの視線だ。やはり香坂も彼らと同じなのか。
「なに、死のうとしてんの」
「…だったら、なんですか」
自分の声が遠くから聞こえてくる。どうせ説教されても、この混濁した意識ではろくに聞き取れないだろう。
しかし香坂の発した言葉は、水野が予想したどれでも無かった。
「用意周到すぎん?笑っちゃいそうなんだけど」
香坂は煙草をもみ消しながら、ぷっと噴き出した。
「いや普通さ、限界の人ってここまでしないよ。電車に飛び込んだり、ビルから飛び降りたり、衝動的にやっちゃうのがマジの自殺だと思うんだ。だって薫くんは、これ買いにわざわざ店行ったんでしょ?少なくとも2店舗は回ってるね。ナイフとロープと睡眠薬を全部売ってる店なんて私知らないし。ナイフとロープはホムセン?で、睡眠薬は薬局?そんな計画的にショッピングする余裕ある人間が、本気で死ぬとは思えないな」
勝手な推測をペラペラと喋る香坂に言い返してやりたいが、水野の口からはもう声が出ない。睡眠薬の服用を続けると耐性が出来てしまうと聞いたが、生まれて初めての睡眠薬だったので、水野の耐性はゼロだ。たった一錠でここまで効くなんて。
「さすがにこのままほっとくわけにはいかないか。よし、薫くん。お姉さんの家に行こう。大丈夫、汚いところだけど一応掃除はしてるし、ゴキブリとかは出ないって」
それが意識を失う前に聞こえた最後の言葉だった。




