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「それで少年はさあ…」
「水野です。水野薫」
「ふーん、薫くんか。あれだね。男女どっちでもいける名前だ。水陸両用みたいな」
中身の残っていない缶ビールを潰して、香坂はあたりをキョロキョロ見まわした。ゴミ箱を探していたようだが見つからず、あきらめて空き缶をポケットにねじ込む。香坂の太もものあたりの生地が、空き缶の形に膨らんだ。
「で、薫くんこそここで何してんの?見たところ中学…いや高校生か。その鞄についてるマーク、見たことある。あれでしょ、吹奏楽部が強いところ。ダメだぞ、高校生がこんな時間に墓地にいちゃあ」
年齢に関係なく、明け方の墓地にいる人間は得てして普通じゃない。
水野は鞄をとっさに背中に隠した。この中には自殺道具が複数入っている。中身を見られでもしたら、香坂は自殺を止めてくるかもしれない。大人はいつだってそうだ。生きていればいいことがある。辛いのは君だけじゃない。そんな上っ面だけの言葉を、まるで分かったようなふりをして言ってくる。香坂だって、見るからに社会不適合者といった感じではあるが、1999年生まれだから27歳。空虚な言葉を投げかけてくる大人の一人かもしれない。
「別に、ちょっと夜風に当たりたかっただけです」
「えー、ほんとに?うっそだぁ。夜風に当たりたい時ってのはね、酔って気持ち悪い時くらいしかないんだよ。分かる?薫くん。君は酔ってないでしょ。それともなに。もしかして飲んじゃってる感じ?うわあ、不良だ。大人しそうな見た目して、未成年飲酒だ」
「お酒なんて飲むわけないじゃないですか。僕の家、誰も飲まないんで」
「お父さんもお母さんも?信じらんない。24時間シラフってわけ?私ならそれ耐えられないなあ」
父親は仕事の付き合いで飲むことはあっても、家では一滴も酒を飲まない。親戚の集まりで勧められても、さりげなく断っている姿を見てきた。母親に至っては、結婚してからの飲酒経験は、片手で数えるほどだという。そんな家庭に生まれ育った水野が、酒に興味を持つはずもない。
「ね、夜風に当たりたいなんて噓でしょ。ううん、絶対嘘。分かるんだよ、君の顔を見てるとさ。なーんていうんだろうね。その年のわりには、オーラがどんよりしすぎてるというか、フレッシュさがない。青春してるか、薫くんよぉ?」
酒臭い息を吐きながら、香坂が肩を叩いてきた。酩酊状態から冷めたばかりとは思えないほど、力が強い。一発叩かれるたび、心臓が皮膚を突き破って飛んでいきそうになる。もう動く必要もなくなるが、今役目を終えられてはさすがに困る。
「青春…。してないです、そんなの」
「おっと、高校生だろ。部活は?」
「入ってません。帰宅部です」
「じゃあさ、クラスに好きな子はいるでしょ」
「いません」
「それは照れ隠しとかじゃなくて、マジのやつ?」
「好きな女子の一人でもいないと、ダメなんですか」
水野には気になる異性は本当にいなかった。クラスで人気の女子を見ても、付き合いたいとかそういう気持ちはまったく湧いてこない。いや、恋愛に興味がないというより、生きることそのものへの関心が薄れているせいだろう。
「ダメってことはないけどさあ。青春って今のうちしかできないんだよ?私も後悔してんもん。高校時代になんで人並の恋愛しとかなかったんだって」
香坂の目の下にはクマができており、頬はげっそりと落ちくぼんでいる。眠たげに細められた切れ長の目は、見ようによっては人殺しみたいな雰囲気さえある。だが化粧をして服装も整えれば、顔立ちは綺麗なほうだと思われる。決して煌びやかではないが、品のある大人の女性に変身できる可能性はあった。酒癖がこれでは、全て台無しだが。
香坂はスカジャンのポケットをまさぐり、煙草を取り出した。潰れたセブンスターの箱から一本抜き出して、乾燥した唇で咥える。
「しまった。ライター飲み屋に置いてきたかも。悪い薫くん。火、貸してよ」
「ライターなんて持ってないですよ」
「高校生のくせに煙草もやんないの?私が同い年の頃は、隠れて吸ってたのに」
どうやら香坂は非行少女だったらしい。
「あっ、ここにあるじゃん、着火用のライター!誰かが線香上げる時に使って忘れていったのかな。ちょっとお借りしますよっと」
香坂は、水野家の墓石の前に置かれていたライターを手に取り、煙草に火をつけた。
美味そうに煙を吐き出す香坂を見て、煙草の何がいいのだろうと水野は思った。




